第17話 七夏、改竄する!

 きっちり三分後、七夏が職員室のドアから顔を出した。その瞬間、アキラの放ったコルク銃の弾丸が七夏の鼻先をかすめる。



「ひぃっ!」



 七夏は一度職員室に顔をひっこめるが、またおずおずと廊下を覗き込むようにして辺りをうかがった。左右を見回し、問題がないことを確認してからアキラのほうへと駆けだす。



「神風殿でござったか。これは失礼したでござる」


「本当だよ。危うくあたしが撃たれるところだったんだからね。それで、吉川くんはどうしたの?」


「うむ。それが先ほどから気配がないのでござるよ。念のため深追いはせず、神風殿のいる職員室の扉を見張っていたでござるが、どうやら本格的に逃げたようでござるな」


「そう。それならよかった」



 七夏はほっとない胸をなでおろす。職員室の中で書類の改竄を行っていたときも時折空気を震わせるような銃声が鳴り響いていたので、アキラはずっと戦っていたのだろう。久菜の生徒会応募用紙を改竄しようとする七夏を守るために。



「それで、これからどうするの? もう目的は達成したんだし、帰る?」


「いや、まだあのミイラ男が戻ってくる可能性があるでござる。拙者たちが帰ったあとにあのミイラ男が殿の生徒会応募用紙をまた改竄し直したら、拙者たちの苦労は水の泡でござるよ。だから、拙者はここで一晩見張っているつもりでござる」


「吉川くんが久菜の生徒会応募用紙を狙ってるって決まったわけじゃないけど」


「可能性がある限りは全力を尽くさなければならないでござる」


「ま、確かにそうね」



 七夏はそう言うとアキラの隣に座った。アキラは先ほどから片膝をついてコルク銃を肩にかけている。



「……何をしているでござるか?」


「何って、一晩ここで明かすんでしょう? 長期戦になりそうだから、あたしも座ったの」


「神風殿は帰宅してかまわないでござるよ。というよりも、帰宅しないと危ないでござる」


「女の子をこんな真夜中に一人で歩かせるつもり? それよりかはアキラくんと一緒にいたほうが安全でしょう?」


「まあ、拙者を信用してくれるのはうれしいでござるが……」



 アキラは七夏の瞳をじっと見つめる。そこにはアキラのことを信用しきっている純粋な黒い宝石があった。



「仕方ないでござるな」



 アキラはあきらめたようにため息をつく。なぜか七夏はうれしそうにエヘヘと笑ってアキラに体重を預けてきた。



「日の出まででござる。日が昇ったら神風殿は一人で帰るのでござるよ」


「アキラくんは?」


「拙者は用務員殿が来るまで待つでござる。さすがにあのミイラ男も、八泉高校の生徒である限り、人が集まってくる朝方にまでなって派手な行動は起こさないでござろう。それまではここで待機でござるな」


「マジメだね」


「殿のためでござるからな」



 七夏はアキラが発した「殿のため」という言葉に不満を持った。こんなに頑張っているのも、結局は久菜のためなのだ。七夏のためではない。さらに言えば尼子家再興という大目標のためだ。久菜や七夏はアキラにとってどういう存在なのか。七夏は訊いてみたいと思ったが、訊いて傷つくのも怖かった。



「どうして、あたしが尼子家の血をひいていなかったのかな」



 嫉妬ともとれるような七夏のつぶやきは、アキラの耳には届かなかった。

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