第16話 アキラ、虎之助と戦う!

 アキラと七夏が職員室の前にたどり着くと、そこは昼間にきたときとはまた違った雰囲気を醸し出していた。ちょっと怖いという気持ちと、何があるんだろうという好奇心が入り混じる。主にそう思っているのは七夏だけだったが。



「では、入るでござるよ」


「カギは?」


「そこも用務員殿にお願いして片側を開けておいてもらったでござる。どちらを開けてもらったかは試してみないとわからないでござるが――」



 アキラは目の前のドアに手をかけてみた。ドアがカギに阻まれてガチャガチャと鳴る。どうやらこちら側のドアのカギは締まっているようだった。



「向こう側のようでござるな」



 アキラと七夏は廊下の奥にあるドアへと視線を向ける。月明かりに照らされてぼんやりと職員室のドアが浮かび上がっていた。


 二人がそのドアのほうへと足を踏み出した、次の瞬間、廊下の奥の暗闇から何かが現われた。大きい、そして白い何かだ。



「ひっ」



 幽霊かと思った七夏は小さな悲鳴をあげた。慌ててアキラの背中にしがみつく。だが、よく見るとそれは生きた人であることが分かった。全身を包帯にくるまれた大きな男だった。



「って、あれ? 吉川くん?」


「知り合いでござるか?」


「うん。隣のクラスの子だよ。あたしも話したことがないからよく知らないけど」



 包帯まみれのミイラ男、吉川虎之助はゆっくりとした足取りでアキラたちに近づいてきた。その無言の圧力がアキラたちの胸を圧迫する。



「止まるでござる。なぜ生徒であるおぬしがこんな夜中にこんな場所にいるでござるか」


「アキラくん、それ、あたしたちにも言えることだから……」



 アキラの制止の声が聞こえないはずはないのだが、虎之助はその歩みを止めない。アキラと七夏は身構える。


 そして、虎之助がアキラの目の前に立った。アキラもなかなかの長身だが、虎之助はそれ以上だ。七夏と比べると巨人と小人である。



 次の瞬間、虎之助の拳が闇夜を引き裂いた。



「ぬっ!」



 アキラが真っ先に反応した。いくら虎之助が将来を期待されているボクサーだとしても、それはあくまでアマチュアの世界でのこと。幾多の苦難を乗り越えたアキラにとって、その拳は蠅が止まるほど遅く見えていた。


 七夏を突き飛ばし、自身も虎之助の拳を寸前のところで――。



「ぐへぇぇぇ!」


「って、食らうんかーい!」



 アキラは七夏のそばまで倒れながら滑ってくる。鼻からは血が流れていた。



「いやはや、まさかこれほどまでとは」


「いや、アキラくん、結構余裕で反応してたよね⁉ なんか主人公っぽく簡単にかわす雰囲気出してたじゃん!」


「雰囲気があるからといって本当にかわせるかどうかは別問題でござるよ。将軍足利義昭が信長に勝てる雰囲気があるからといって、本当に反織田同盟を画策したら、意外にも武田信玄が上洛途中に病で死んでしまい、逆に窮地に陥ったという歴史からもそれがわかるでござる」


「なるほどね。ついでに言っておくけどその例え、たぶんあたしじゃないと通じないと思うよ?」


「こんなにわかりやすいのにでござるか⁉」


「それがこの世の世知辛いところよねぇ」



 アキラと七夏はやれやれといった様子で首を左右に振った。歴史に通じているもの同士、何か感じるものがあったのだろう。



「って、こんなことをやってる場合じゃなかった。なぜだか知らないけど、吉川くん、あたしたちに敵意むき出しじゃない?」


「理由はわからないでござるが、拙者たちの邪魔をするのなら容赦はしないでござる。押し倒してでも職員室に行かせてもらうでござるよ」


「いや、アキラくん、今一発殴られたばかりじゃない。明らかにこっちが押されてると思うんだけど」


「そこは心配いらないでござる」



 アキラは廊下に設置されている掃除道具入れのうしろから何かを取り出した。細長い筒状の何かだ。取っ手があり、引き金がある。まるでそれは――。



「って、それ銃じゃない⁉」


「いかにも」



 アキラは片膝をつき、肩で銃を支えて銃口を虎之助に向けた。さすがの虎之助もこれには驚いたのか、ゆっくりと詰めてきていた距離をバックステップで引き離す。



「いやいやいや、さすがにまずいって! っていうか、なんでそんなものアキラくんが持ってるわけ⁉ 銃刀法違反でしょう⁉」


「大丈夫でござるよ。これは祭りの屋台とかで使うコルク銃でござるから」


「え? ああ、あのおもちゃの銃か。それなら確かに安全だし、当たってもちょっと痛いくらいで――」



 ズドーンという爆音が夜の校舎内に鳴り響いた。銃口からは白い煙が立ち上り、発射されたコルクは学校の壁に埋まっていた。とてもおもちゃの銃の威力とは思えない。虎之助は何とか曲がり角に身を隠すことができたのか、怪我はないようだった。



「ちっ、外したでござるか」


「明らかに威力がおもちゃの銃じゃないんですけどぉぉぉ⁉」


「うむ。拙者が改造したコルク銃でござるからな。これなら骨を砕くくらい簡単でござる」


「なかなかの殺傷能力じゃない⁉ もうちょっと笑えないんだけど⁉」


「そんなことよりも神風殿」


「はい。全然そんなことって言っていいような内容じゃないけどね」


「今がチャンスでござる。拙者が援護するでござるから、神風殿は職員室に入って殿の生徒会応募用紙を改竄するでござるよ」



 七夏が見ると、確かに虎之助は職員室前の曲がり角でこちらの様子をうかがっていた。まさかアキラが銃を持ち出すとは思ってもみなかったのだろう。それはそうだ。七夏ですらそうなのだから。



「わかったわ。あたしが戻ってくるまで、職員室のドアは確保しておいてね」


「任せるでござる。殿のため、神風殿のために、拙者はここで命を懸けるでござる!」



 なお、やろうとしていることは書類の改竄である。


 七夏が職員室のドアに向かって走り出す。その小動物のような動きに、虎之助が反応した。曲がり角から飛び出そうとしたが、すぐさまアキラのコルク銃が火を噴いた。コルクは廊下をえぐり、虎之助は飛び出してきた曲がり角の陰に戻っていく。暗い上に全身を包帯でぐるぐる巻きにされている姿なので表情は見えないが、きっと悔しそうな顔をしているに違いない。


 そうこうしているうちに七夏が職員室のドアの前にたどり着いた。小さな手でドアをひいてみる。驚くほどすんなりとドアが開いた。用務員は確かにアキラの要望通りにカギを開けておいてくれたのだ。



「神風殿、急ぐでござる! こっちはあまり持たないでござるよ!」


「わかった。三分で終わらせるわ!」



 七夏が職員室の中に入っていくと、廊下ではアキラと虎之助が対峙することになった。アキラはコルク銃で闇の中から飛び出そうとしてくる包帯まみれの猛獣を狙っている。そして猛獣もアキラ、今職員室に入っていった小動物を狙っていた。



「さあ、来るなら来いでござる」



 アキラのコルク銃が、月明かりに照らされてキラリと光っていた。

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