第12話 七夏、軍師に就任する!

 アキラが転校してきてから一週間が経った。その間アキラはひたすら久菜に尽くしながらも、尼子家再興の夢をあきらめていない。まだ一週間だというのに、その噂は全校に響き渡っていた。


 久菜も負けていない。ストーカー対策としてアキラを裏庭に住まわせつつ、尼子家再興の話は断り続けていた。ちなみに、アキラは裏庭に自分の住居をしっかりと作っている。ブルーのテントとストーカー対策の物見やぐら。他にも建造中の施設がいくつかあるらしい。たくましい限りである。


 七夏からは、「アキラくんには世話になってるんだし、尼子家再興に協力するくらいいいじゃない」と言われているが、なぜかそこは久菜が納得しない。ここまで来ると意地でも尼子家再興などというふざけた勧誘には乗りたくなかった。



「っていうか、大体尼子家再興ってどうするのよ。何か具体的な方法はあるわけ?」



 久菜はアキラがあまりにもしつこいので朝のホームルーム前に訊いてみることにした。一緒にいた七夏も興味深げにアキラを見る。



「確かにそれはあたしも知りたいかな」


「ふむ。ついに殿も尼子家再興に興味をしめしてくれたでござるか」


「あんた、どれだけポジティブシンキングなのよ……」



 これほどプラス思考の人間も珍しい。それくらいでないと尼子家再興などというふざけた思考には至らないのだろうか。



「だいたい、お家再興ってのがいまいちピンとこないわ。私は尼子晴久ってやつの血をひいてるのよね? 確かに尼子って名前じゃないけど、もう上月家って名前でお家再興はなってるんじゃない?」


「違うでござる。拙者が目指しているのは尼子家という国家の再興でござる。それはただの家柄の存続とは違うでござるよ」


「国家の再興って、えらく話のスケールがでかくなったわね。でも、まだわからないわ。どうやって国家を再興するのよ」


「簡単でござる」



 アキラは腕を組んで胸を張った。その堂々とした態度がいやに風格があるので、久菜は少しだけイラっときた。



「尼子家再興とは、新しい国家を造って日本から独立することでござる!」


「スケールでかすぎぃぃぃ!」



 久菜が想像していたよりも百倍以上スケールの大きな話だった。せいぜい日本の総理大臣を目指すとかその程度――いや、総理大臣を目指すのがその程度というのもおかしな話だが、そのくらいかと思っていたのだ。


 しかし、実際にアキラが口にしたのは国として尼子家を再興するという突拍子もない話だった。これは総理大臣を目指すとかそういうレベルではない。本当に一から百までのすべてを造り上げようとしているのだ。



「あんた、そんなことできるわけないでしょう⁉ もう少し身の程を知りなさいよ!」


「できるでござる! 拙者は殿を信じてるでござるよ」


「私はまったくそんな気はないけどね!」



 久菜は椅子に座り直す。こんなやつの話をまともに聞いていたら頭がおかしくなりそうだ。できれば今すぐにでも関係を切りたかったが、如何せんアキラはすでに久菜といろいろと関係が出来上がってしまっている。それは久菜の母親をも巻き込んだ人間関係だ。今更すぐにこの人間関係を解消するというわけにもいかない。



「あんたの言うことには具体性がないのよね。国家を造るって言っても、まず何をするのかわからないじゃないのよ」


「ふむ。確かにそうでござるな」


「まさか、あんた何も考えてなかったの?」


「いかにも」



 久菜は呆れて乾いた笑いしか出てこなかった。ここまでスケールのでかい夢を人に押し付けておいて、実行方法はまるでなっていないのだ。無計画にもほどがある。



「ん~、でもでも、国を造るってのは面白そう。ちょうどいい暇つぶしになりそうじゃない?」


「七夏は当事者じゃないからそんなことが言えるのよ。いざ自分が旗頭に担ぎ上げられて見なさい。死ぬほどめんどくさいから」


「うん。私もそれは嫌かな」



 七夏はニシシと歯を見せて笑う。いつものことながら、七夏は久菜をからかって遊んでいるだけなのだ。たまには頼りになる友人であるが、基本的にはまともに話を聞くだけ損をする。



「でも、あたし思いついちゃったよ。国を造るのにまずやらなきゃいけないこと」


「えっ?」


「なんと!」



 アキラは恭しく片膝をついて七夏に頭を下げる。傍から見ればスカートの中身を覗こうとしている変態に見えなくもない。いや、変態なのは間違っていないか。



「神風殿。ぜひその方法というのを拙者に教えてほしいでござる」


「え~、どうしようかなぁ」



 七夏はこれ見よがしにアキラをじらす。しかし、こういう態度には慣れているのか、アキラもなかなか動じない。



「何か要望があれば聞くでござる。何なりと言ってほしいでござるよ」


「なんでもいいの?」


「武士に二言はござらぬ」


「いや、あんた普通――じゃないけど、ただの高校生でしょう? いつから武士になったのよ」



 アキラは久菜の言葉が聞こえていないかのように七夏に頭を下げ続けた。それが存外気持ちよかったのか、七夏の態度が目に見えて大きくなる。



「じゃあ、アキラくん。今日の昼食はデザートがほしいなぁ。ケーキがいいかも」


「承知したでござる。それくらいで国が買えるなら安いものでござるな」


「いや、確かにケーキ一個の国ってどうなのよ」



 ケーキ一個分の価値しかない国なんてすぐに潰れてしまいそうだ。アキラはそこのところは気にならないのか、七夏と一緒に気分よさそうに頬を緩めている。



「して、国造りのためにやらなければならないこととは何でござろうか?」


「ふっふっふ、それはね――これよ!」



 七夏は久菜の机の上に一枚の紙を叩きつけた。久菜とアキラはその用紙を覗き込む。




  生徒会立候補者応募用紙




 紙にはそう書いてあった。



「なにこれ。前期生徒会の応募用紙じゃない。まさか、国造りのためにはまず生徒会に立候補しろってこと?」


「その通り! 国を造るのにはまず何より人望が大切。そして高校生にとって一番人望がある生徒といえば、生徒会長しかありえないわ!」


「なるほどでござる!」



 アキラは七夏の手を握って目を輝かせた。アキラの行動が思いもよらなかったのか、若干七夏の頬が赤く染まる。久菜から見れば意外な反応だ。



「その見識、まさに現代の黒田官兵衛! ここは三顧の礼をもってしてでもぜひ神風殿を拙者たちの軍師に迎え入れたいでござる」


「えっ、あ、あたしが軍師⁉ いや、確かにあたしは黒田官兵衛とか好きだけど、あたしなんかが軍師でいいのかなぁ」


「いいでござる! いや、神風殿が軍師でなければダメなのでござるよ!」



 アキラは七夏の手をさらに握りしめ、顔も近づける。七夏は七夏でわかりやすいほどに顔を真っ赤に染めていた。



「拙者には、神風殿が必要なのでござる!」



 その言葉が決め手になったのか、七夏は頭から煙を出してオーバーヒートした。いつも七夏には攻められてばかりいたので気づかなかったが、意外と七夏は攻めに弱いのかもしれない。


 オーバーヒートから少し回復した七夏は、まだ赤い顔をアキラに向けながら言う。



「し、仕方ないね。そこまで言うならあたしが軍師になってあげてもいいわよ。あたしが久菜を新しい尼子家の殿様にしてあげようじゃないの」


「さすがでござる! 感謝するでござる!」



 七夏の手を握って飛び跳ねるように喜ぶアキラ。そして顔を真っ赤にしてそれを受け入れる七夏。もうお前ら付き合っちまえよ、と久菜は心の底から言いたかった。



「っていうか、私出ないわよ、生徒会選挙なんか」


「なぜでござるか!」



 アキラは七夏の手を放して久菜に近づいてくる。顔が近い。こいつは女の子との距離感を間違えていないか。



「なんで私がそんなめんどくさいことをやらなきゃいけないのよ。私にメリットがないわ」


「メリットならあるよ」



 七夏がオーバーヒートから回復した顔で胸を張る。胸を張っても大きくないぞ、とはさすがの久菜も言えなかった。



「久菜がこれから進学するにしても、就職するにしても、生徒会経験者ってのは大きなアドバンテージになるのよ。特に進学ならうまくいけば推薦をもらえるわ」


「うっ。確かに私だってみんなと同じように大学に行ってキャンパスライフとかやってみたいけど、私の家、お金がないからやっぱり就職になりそうだし……。推薦をもらっても別に意味はないんじゃ……」


「甘いわね。今は返還義務のない奨学金とかあるのよ。でも、そのためにはやっぱり学業ですぐれた成績を残さないといけない。学校生活で言えば生徒会役員だったってことはものすごい有利になる。つまり、久菜が大学に進学したいのなら、生徒会役員にならないといけないってことよ!」


「うっ、確かに……」



 考えてみればその通りだった。家にお金はない。奨学金を利用するにしても、生徒会役員になったほうが断然有利だろう。母親を少しでも楽にさせてあげることができる。



「どう? これでもまだ生徒会に立候補しないつもり?」


「うぅ……」



 久菜は頭を抱えて悩みだした。確かに生徒会に立候補したほうがいいのはわかっている。しかし、アキラや七夏の思惑に乗ってしまったようで納得がいかない。



「……そんな子供っぽい意地を張ってる場合じゃない、か」



 久菜は覚悟を決めて顔をあげた。



「わかったわ。私、生徒会に立候補する! あんたたち、応援頼むわよ!」


「任せるでござる!」「任せて!」



 アキラと七夏は同時に右手で胸を叩く。何とも頼もしいのか頼もしくないのかわからない二人だったが、仲間がいるというのはいいことだ。


 久菜は七夏の持ってきた生徒会立候補者応募用紙に自分の名前を記入したのだった。

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