第11話 久菜、虎之助と出会う!

 その日、アキラは転校二日目にして早くも学校を休むことになった。理由はもちろん久菜の裏庭の修復のためなのだが、学校を休んでまでそのことに取り掛かるのがいかにもアキラらしい。それほど久菜に忠義を尽くしているということなのだろう。たった一日会っただけの人物によくそこまでできるものだと思う。



「というわけで、今日は平和な一日になりそうだわ」



 久菜が七夏と肩を並べて廊下を歩く。実際は七夏の身長のほうがだいぶ低いので、肩を並べるまでとはいっていないが。


 今は美術室への移動時間である。休み時間中に移動することになるので、他のクラスの生徒も廊下に入り混じっていた。



「でも、あたしの作戦は大当たりだったでしょう? ストーカー問題もこれで解決だね」


「別の問題が発生しているんですが、それは……」


「アキラくんのこと? いいじゃない。あんなにも久菜に尽くしてくれる男の子は他にいないよ。親も公認してくれたんでしょう? そのまま付き合っちゃえば?」


「断固として嫌!」


「そんな照れなくても」


「照れてないわ!」



 七夏は「またまたぁ」と明らかにからかった様子で久菜の顔を覗き見る。楽しんでいることは明白だ。まさかこのことを見越して久菜の用心棒としてアキラを使ったのか。七夏ならありえるところが恐ろしい。


 そのとき、七夏との会話に夢中になっていた久菜が、廊下の角を曲がったところで誰かとぶつかってしまった。



「きゃっ」



 久菜は思わずよろめいたが、何とかその場に踏みとどまる。対する久菜とぶつかった相手はびくともしていない様子だった。



「すみません」



 久菜は謝りながら相手の様子をうかがう。思わずぎょっと目を剥いてしまった。なぜなら、そのぶつかった相手というのが全身に包帯を巻いた身長二メートルはあろうかというミイラ男だったからだ。包帯の隙間から飛び出した目玉がギロリと久菜を見下ろす。


 ミイラ男は久菜をじっと観察したあと、無言のままその場を通り過ぎた。いつもなら相手の非礼を咎める久菜だったが、今回はミイラ男の威圧感に委縮してしまったようだ。



「な、何あれ。あんな生徒、うちにいた?」


「う~ん。あの身長だと、二組の吉川くんかなぁ。でも、あの包帯はどうしたんだろう?」


「吉川? ああ、あの身長のやけにでかいボクシング部の子ね」



 吉川虎之助(きっかわ とらのすけ)。八泉高校ボクシング部の期待の星と言われる肉体派だ。高校を卒業したらプロになるらしく、その実力は折り紙付きである。高校生である現時点でもプロからの視線は熱い。



「どうしたんだろう。怪我でもしたのかな?」


「あそこまでの怪我なら休めって感じよね。そんなに無理して学校に来なくてもいいのに」


「真面目なんだよ、きっと」



 真面目にもほどがあるだろう。しかし、プロを目指すような人はそれくらいではないといけないのかもしれない。何事にもストイック。ある意味尊敬すべきスタイルだ。



「っと。あんまりのんびりしてられないわね。もうすぐ授業が始まるわよ」


「えっ、もうそんな時間⁉ 久菜、早く早く」



 七夏は久菜を置いて走り出してしまう。こういうときの七夏は薄情だと思う。



「ちょっと、待ちなさいよ」



 久菜も七夏のあとを追う。その姿が完全に見えなくなるまで、虎之助はじっと二人の後ろ姿を見続けていたのだった。

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