第10話 アキラ、罠を仕掛ける!

「そういえば、ストーカーの件はどうなったのよ。本当ならそれが一番の目的だったはずでしょう?」


「昨晩は怪しい人物はいなかったでござるよ」


「まあ、そうよね。そう簡単に見つかったら私も苦労してないし」



 久菜は漬物を箸でつまんで口の中に放り込んだ。市販のものではない。しかし、上月家では漬物など漬けていなかったはずなので、アキラが自分の家から持ってきたものなのだろう。なかなかの美味である。何だ、こいつ。男なのに女子力カンストしていないか。



「そうでござるな。しかし、強いて言うならば――」



 アキラも久菜の向かい側に座って味噌汁をすする。



「全身包帯まみれの身長二メートルはあろうかというミイラ男と、逆立ちしながら時速三十キロほどで疾走する子供と、『チェストーッ』って叫びながら竿竹を振り回す女子高生しか見なかったでござる」


「全員怪しいぃぃぃ!」



 何だ、それは。怪しい人物のオンパレードではないか。百鬼夜行と言われても納得してしまう。



「あんた、そいつらを見て何も思わなかったわけ⁉」


「この辺に住んでいる人たちは愉快な人が多いと思ったでござる」


「愉快で済ませるなぁぁぁ!」



 アキラは自分が変人なので同じ変人仲間を見ても特に変だと思わないのだろうか。思わないだろうな。きっとそうだ。



「いい? 今度からそういう人たちを見たら私に報告しなさい。本当に怪しい人なら警察に連絡するから」


「承知でござる」


「でも、あんたも今日からこの家で寝泊まりするのよね。……私は心底嫌だけど。その場合、家の周りの警戒はどうするのよ」


「それなら心配はいらないでござる。なぜなら――」



 ドカーンというアキラの言葉を吹き飛ばすかのような爆音が久菜の家の裏手から聞こえてきた。あまりの衝撃に久菜の家が大きく揺れる。天井の埃が久菜の頭の上に降りかかってきた。



「な、何。今の」


「ふむ。賊が罠にひっかかったようでござるな」


「罠ぁ⁉ あんた、私の家の周りに罠をしかけたの⁉」


「いかにも。今の音は地雷が爆発した音でござるな。きっと犯人は木っ端みじんの肉塊に――」



 スパーンッと丸めた新聞紙でアキラの頭を叩く。痛くはないだろうが、なかなかいい音がした。



「撤去しなさい! 今すぐ! ああ、それよりもさっきの爆発に巻き込まれた人を救助しなきゃ」


「なぜでござるか。きっと犯人は殿を付け狙っていた刺客でござるぞ」


「だとしても殺すやつがあるかぁぁぁ!」



 久菜はアキラの胸倉をつかんで裏庭へと向かっていった。アキラはまだ食事中だったので箸を置くことはできなかった。箸を持ったまま前のめりになった情けない恰好のアキラは、久菜のあとをついていくことになる。


 そして、久菜が裏口のドアを開けると、そこは久菜の記憶にある裏庭とは似ても似つかない荒野になっていた。地面は爆風で荒れ果て、ブロック塀は倒れている。朝早かったために通行人がいなかったのだろうか、それほど騒ぎにはなっていなかった。



「どうするのよ、これ!」



 久菜はアキラに自分のやったことをわからせるために頭を突き出させた。まるで子供を説教する母親そのものだ。



「ふむ」



 対するアキラはじっと裏庭の様子を見つめている。何かを見定めているかのような目つきだ。



「妙でござるな」


「何が」


「罠にかかった刺客がいないでござる」



 久菜はもう一度荒れ果てた裏庭を見直してみた。確かにメチャクチャになっているが、そこに怪我人などはいない。血の跡もなければ、もちろん死体があるわけでもなかった。



「誤作動でもしたんじゃないの?」


「そんなはずはないと思うでござるが」



 自分の設置した罠にそれほど自信があるのか、アキラは何度も首を傾げた。それよりも久菜としてはこの荒れ果てた裏庭をどうにかしてほしい。



「とにかく、あんたはこの裏庭を元通りにしなさいよね。終わるまで家には入れないから!」


「つまり、終わったら家に入れてくれるということでござるか?」


「うぐっ」



 言葉の綾でそういう意味のことを言ってしまったが、もちろん久菜にそんなつもりはない。こうして自宅で二人きりになることすら不本意なのだ。今朝はなし崩し的にアキラを家の中に入れてしまったが、今夜はそうあってはならない。



「とにかく、まずはこの裏庭を修復すること! それまでは裏庭に住んでもらうからね」


「承知でござる」



 アキラは久菜に向かって片膝をつき、頭を垂れた。右手にはまだ箸が握られたままだ。


 その姿をじっと見つめる視線があることに、久菜たちは気づいていなかった。

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