第8話 アキラ、お宅訪問をする!
久菜はアルバイトを終え、午後八時に帰宅する。家に明かりは点いていない。玄関のドアノブを回すが、しっかりと鍵がかかっていた。
「今日もお母さんは残業かぁ」
自分のために働いてくれているとわかっているのだが、やはり親子が同じ家に住んでいて滅多に会うことがないというのは寂しい。久菜は近所の書店でアルバイトをして家計の手助けをしているのだが、それでも状況はあまり変わっていない。
「こんなときに、父さんがいたらなぁ」
久菜は幼い頃に亡くしてしまった父のことを思った。もう昔過ぎて顔もはっきりとは覚えていないが、力強くてやさしかったイメージがある。もし自分が恋をするとしたら、父のような男性と恋をするのだろうか。
「なるほど。ここが殿の城でござるか」
そんな久菜の思考の隙間に、久菜の父とは似ても似つかない男の声が割り込んだ。
「で――」
久菜は振り向き、後ろにいる男を睨みつける。
「なんであんたが私の家までついてきてるわけ⁉」
「何を今さら言っているでござるか。神風殿も言っていたでござろう。殿を狙う不逞な輩がいるから、拙者が護衛するようにと」
「確かに言ってたけどさぁ! 断ったよね、私! 家の場所も教えなかったはずなんですけど⁉」
「神風殿が教えてくれたでござる」
「七夏ぁぁぁ!」
もはや近所迷惑など考えずに久菜は叫ぶ。七夏はどちらの味方なのか。いや、きっとどちらの味方でもないのだろう。彼女は面白いことの味方だ。
「とにかく、私の家には一歩もあがらせないわよ。あんたはさっさと自分の家に帰りなさい!」
「問題ござらぬ。拙者は一晩ここで見張っているでござるよ」
こことは久菜の家の玄関先のことだ。田んぼと畑以外にはほとんど何もなく、街灯も点々としているだけでほとんどが暗闇に支配されていた。
「……春っていっても、夜はまだ冷えるわよ?」
「殿のためなら、そのくらいの苦難はむしろご褒美でござる!」
「あ、うん。あんたがドMだってこと、忘れてたわ」
それならもう勝手にしてくれ、と言わんばかりに久菜はため息をついて家の中に入っていく。アキラは無理やり家の中に押し入るようなことはせず、敷地内にも一歩も入らなかった。そこはやはり忠義というものなのか、やけに礼儀正しい。
母親の分も合わせて夕食を作り、久菜は先にいただく。待っていても母親が早く帰ってくることはないとわかっていたのだ。
「うっ、今日の夕飯、ちょっと失敗したかも」
二階にある自分の部屋に戻り、カーテンを少しだけ開けてみる。家の前にはじっと県道のほうを向きながら仁王立ちしているアキラの姿があった。その姿に恐れをなしたのか、今日はあのまとわりつくような不気味な視線を感じない。
「……別に、あいつが勝手にやってるだけのことだし、私には関係ないもん」
久菜は頭の中からアキラのことを追い出そうとした。
今日は数学の宿題が出ていたはずだ。それを終わらせてからお風呂に入ってしまおう。
そんなことを考えながら、久菜の夜は更けていくのだった。
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