第6話 アキラ、スカートの中を覗く!

 一時間目の授業が終わり、十分間の休み時間に入った。この間にトイレを済ませたり、友人とおしゃべり、さらには早弁という様々な行動に出るのが高校生というものだ。


 そんな中、久菜はストーカー対策のために七夏と作戦会議をする――


 ことはできなかった。



「殿ぉぉぉ!」



 休み時間に入った瞬間、アキラは久菜のもとに突進してきた。そしてまたもや制服が汚れることも厭わないで土下座を敢行する。



「だからやめて! なんか私があんたをイジメてるみたいになるからやめなさい!」


「殿の前で頭を高くするなどもってのほかでござる。それよりも、尼子家再興の話、考え直していただきたく、ここにはせ参じてまいったでござる!」


「ああ、もう。私はそんなことにかまってる余裕ないのにぃ」



 久菜はアキラを無視して七夏のところに向かおうとしたが、一歩足を踏み出したところで動きが止まる。右足を踏み出し、左足を動かそうとしても、その左足がまったく動かなかったのだ。


 何事かと思って足元を確認してみると、そこにはがっしりと手でつかまれた左足があった。もちろん、犯人は土下座をしているアキラである。



「何してんのよ! 放しなさい!」


「殿が考え直してくれるまで放さないでござる! 殿、尼子家再興を!」



 アキラが久菜の顔を見るために頭をあげた。しかし、その角度から上を見るというのはスカートの中身を見ることと同義。当然、アキラの目にも久菜のスカートの中身が――。



「見るなぁ!」



 久菜は右足でアキラの頭を踏み抜いた。アキラの頭が何度も久菜の足でプレスされる。カエルがつぶれたような声が漏れてくる。



「頭が高いのよ、このエセ侍がぁ!」



 久菜は容赦なくアキラの頭を踏み続けた。その度アキラの悲痛なうめき声が教室内に鳴り響く。



「久菜、久菜。さすがにそれくらいにしておいたほうが……」



 見かねた七夏が久菜の肩を叩いて落ち着かせる。息を切らせ、久菜はようやくアキラの頭から足をどけた。



「いや、でも七夏。今のは明らかにこいつが悪いわよ」


「そうかもしれないけど、暴力はダメだよ」


「うっ……」



 確かに少しやりすぎたかもしれない。そう思った久菜は地面に倒れ伏したアキラに手を伸ばした。



「ほら、私も悪かったから、あんたもいい加減土下座をやめなさい。立てる?」



 アキラの反応はない。久菜がつんつんと突いてみたが、ぴくりとも動かなかった。



「ひ、久菜、これ、まずいんじゃない?」


「えっ……。もしかして、私、やっちゃった……?」



 保健室に連れていけばいいのだろか。それとも救急車か。とにかく早く治療をしなければならない。



「ど、ど、どどどどうしよう。七夏ぁ」


「と、とりあえず先生に連絡を。久菜はアキラくんの側にいて何かあったらすぐに――」



 あたふたと慌てる二人だったが、次の瞬間、アキラが沈黙を破るかのように飛び起きた。



「わっ」



 アキラを覗き込んでいた久菜は思わず尻餅をつく。



「失礼したでござる。あまりにも激しい行為だったので――」


「ご、ごめん」


「興奮したでござるな」


「……は?」



 罪悪感にさいなまれていた久菜は思わず目が点になる。この男は何を言っているのだろうか。頭を踏まれて興奮した。それはつまり――。



「ドMじゃん!」


「いかにも!」


「堂々と肯定するなぁ!」



 確かに多少顔が汚れているものの、アキラは怪我一つなく無事のようだった。なおさら先ほどまでの罪悪感を返してほしい。



「拙者はご先祖様と同じく三日月に『願わくば我に七難八苦を与えたまえ』と祈った身でござる。このくらいの苦難はむしろご褒美でござるな」


「い、いや。あんたのご先祖様は苦難を喜んでいたわけじゃないと思うわよ?」


「……?」



 アキラは久菜の言っていることがわからないのか、首を傾げてキョトンとする。ダメだ。こいつとは話にならない。



「とにかく、無事ならそれでいいわ。でも、これから私の前で土下座するのはやめて」


「土下座ではないでござる。平伏でござる」


「平伏でもダメ! とにかく、私の前では地面に額をこすりつけるな!」


「それは命令でござるか?」


「そう。命令よ」


「ならば仕方ないでござるな」



 アキラは渋々ながら納得した様子で頷いた。しかし、これで本当に土下座をやめてくれるかどうかは未知数である。



「しかし、尼子家再興の話は聞いてもらいたいでござる。これは譲れないでござるよ」


「ああ、もう。私はそれどころじゃないってのにぃ」


「尼子家再興以上に重要な話があるとでもいうでござるか⁉」


「私にとっての優先順位、今日のお昼ご飯を何にするかよりも低いからね」


「将来の結婚相手を誰にするかよりかは高いでござるか?」


「あんたの中での物事の優先順位、どうなってるのよ!」



 もう久菜はアキラと話しているだけで疲れてきた。まだ一時間目の授業が終わっただけだというのに、もう早く帰って眠ってしまいたい。


 そんな不毛な言い争いを続けている間に、二時間目の授業開始のチャイムが鳴る。次の授業は数学だ。教科担当の先生がチャイムと同時に教室の中に入ってきた。



「ああ、もう。結局何も話せなかったぁ」


「拙者とはよく話したではござらぬか」


「私は七夏と話したかったのよ!」



 久菜はそう言い捨てて自分の席に戻っていった。まだだ。まだ休み時間はいっぱいある。それがダメでも昼休み、授業後と七夏と話す機会はあるはずだ。さすがにその全てにアキラがつきまとうことはないだろう。


 久菜はそう思い、七夏と話すべき内容を頭の中でまとめるのだった。

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