第5話 アキラ、説明する!

「……で、どういうつもりよ、あんた」



 久菜は屋上前の踊り場までアキラを連れてきていた。本当ならば屋上にまで出たいところだったが、如何せん最近の学校は屋上への侵入を禁止しているところも多い。久菜たちが通う八泉高校もそんな学校だった。仕方がないので、その一歩手前である踊り場でアキラを尋問することになったのだ。



「何がでござるか?」



 アキラは相変わらず久菜に胸蔵をつかまれている。こうでもしないとすぐに平伏という名の土下座をしてしまいそうになるからだ。



「何がじゃないわよ! 何よ、殿って。私があんたの殿様だとでも言いたいわけ⁉」


「そうでござる」


「そんなわけあるかぁ!」



 久菜は力の限り叫ぶ。今は各クラス朝のホームルーム中のはずなので、ほとんどの生徒や教師は教室の中にいるはずだ。多少騒いでもその声を聞かれることはないはずだが、それもここまで大きな声を出してしまえば気づかれるかもしれない。しかし、そんなことにまで久菜の頭は回っていないようだった。



「一応聞いておくわね。なんで私があんたの殿様だと思ったわけ? こんなアザ一つでわかるわけないでしょう?」


「それがそうでもないでござる。これを説明すると話が長くなるでござるが、よろしいでござるか?」


「三行で説明しなさい」


「ふむ。しからば――」



 アキラは少し考え込み、自らが納得したかのように口を開いた。



「尼子家滅亡。

 お家再興。

 四百年前の呪術。


 わかったでござるか?」


「なるほど。わからん」



 久菜の頭では何一つ理解できなかった。しかし、ここで久菜に思わぬ助っ人が登場することになる。



「話は聞かせてもらったわ!」


「誰⁉」



 今は朝のホームルーム中だ。しかもここは普段人通りのない屋上前の踊り場。普通の生徒が来ることはないはずだった。それでもここに来たということは、その生徒はもちろん――。



「あたしよ!」


「なんだ、七夏か」


「反応が薄い⁉」



 久菜の友人である七夏だった。きっと教室から抜け出した久菜を追ってここまで来たのだろう。短時間で久菜を見つけるあたり、さすがは親友といったところか。



「いや、さっき久菜が大声で叫んでたから気づいただけなんだけどね」


「私のせいかーい!」



 意外と普通の理由だったので、思わずツッコミを入れてしまう。



「で、話は聞かせてもらったって言ってたけど、今の話を聞いて七夏は何かわかったの?」


「ええ、だいたいね」



 どんな理解力だ。あれで理解できるとしたらそれはもはや超能力だろう。人間をやめている。



「つまりこういうことよ。話は四百年以上前に遡るわ」


「すごいスケールの大きな話になったわね」



 確かに先ほどのアキラの言葉には『四百年前』という単語が出てきた。しかし、それをどう解釈すればいいというのか。



「今から四百年以上前といえば日本は戦国時代だったわ。今の中国地方に尼子家という戦国大名の家があった。でも、ある日その尼子家は滅亡してしまったの、滅ぼしたのは同じ中国地方の戦国大名である毛利家だったわ」


「そうでござる」



 アキラは大仰にうなずく。ここまでは七夏の言っていることが当たっているということなのだろう。



「でも、その尼子家の血筋は残っていた。生き残った人物の名前は尼子晴久。『とある人物』はその尼子晴久を守って尼子家の再興を目指したんだけど、結果は失敗。尼子晴久とその『とある人物』は一緒に死んでしまったわ」


「うむ」



 またしてもアキラが頷いた。これも当たっているということだ。歴史オタクの七夏が言うのだから間違いはない。



「で、ここからはあくまで予想になっちゃうんだけど、その尼子晴久が死ぬときに呪術か何かで仕掛けを施したんじゃないかしら。『尼子家の血をひくものの左目の下に星型の赤いアザが現われるようにする』っていう呪いとか」


「その通りでござる。何一つ間違っていないでござるな」


「いや、もうあんたら私を騙そうとしてない? あらかじめ口裏を合わせてたんじゃないかってレベルなんだけど」


「何言ってるのよ。あたしとアキラくんは初対面だよ? そんなことできるわけないじゃない」


「七夏ならそのくらいのイタズラを仕掛けていてもおかしくはない」


「信用ないなぁ」


「信用されるような生き方はしてないでしょう?」


「確かに」



 七夏はニシシと歯を見せて笑った。それが小悪魔のように可愛く見えてしまうからずるいと思う。



「で、話は戻すけど、きっと久菜はその尼子晴久の血をひいているのよ。アキラくんはその尼子晴久を守って尼子家の再興を目指したっていう『とある人物』の子孫。だから久菜を殿って呼んだんだと思うわ」


「っていうか、誰よ。その『とある人物』って」


「あたしの予想と知識があっているのなら、その『とある人物』とは――」



 七夏は久菜に胸倉をつかまれたままのアキラの瞳をじっと見つめた。その澄んだ瞳が七夏の瞳を見返してくる。




『山陰の麒麟児と言われた武将、山中鹿之助よ!』




「や、山中鹿之助……!」



 久菜は雷に打たれたような衝撃を受けた。



「……って、誰?」


「っておい! 山中鹿之助知らないの⁉」


「知らないわよ。そんな人。だいたい、さっきの尼子晴、久だっけ? その人も知らないし」


「メチャクチャ有名でしょう⁉ 山中鹿之助といえば、尼子家再興のために『願わくば我に七難八苦を与えたまえ』って三日月に祈った逸話もあるくらいだし!」


「何それ。ただのドMじゃん」


「ドMって言うなぁぁぁ!」



 今度は七夏が学校中に響き渡るような大声を発した。そろそろ本格的に教師が来てもおかしくはない。むしろまだ七夏以外の誰も来ていないのが不思議なくらいであった。



「だいたいね、私は戦国武将になんて興味はないの。せいぜい織田信長と豊臣秀吉と徳川家康を知ってればテストで点はとれるわ」


「甘いわね。今どきの女子高生は歴史に精通していないと生きていけないわよ。せめて増田長盛とか安藤守就とかは知っておかないと」


「マニアックすぎる!」


「乙女の常識でしょう?」


「そんな歴史オタクな乙女がいてたまるかぁ!」



 だが、実際目の前にいる七夏はそんな歴史オタクな乙女だった。こんな女子高生が世間の常識でないことを切に願う。



「で、あんたは本当にその山中鹿之助って人の子孫なの?」


「いかにも」



 アキラは澄んだ瞳で頷いた。そのキラキラした眼差しがまぶしい。


 確かに苗字も同じ『山中』だ。しかし、久菜の苗字は『尼子』ではなく『上月』である。本当に自分は尼子晴久の血をひくものなのだろうか。



「私の苗字は尼子じゃないわよ」


「そこでござる。尼子家は長い年月の間に名前を消してしまったでござるよ。だからこそ、殿の代で尼子家の再興を目指すべきではござらぬか」


「私が尼子家を再興しろってこと⁉」


「いかにも」



 アキラは大きく頷いた。



「無理に決まってるでしょう? だいたい、本当に私が尼子晴久の子孫とも限らないし」


「いや、それは確定でござるな。その星型の赤いアザは尼子家にしかあらわれない呪いのようなもの。それが左目の下に出ているということは、殿が殿である証拠でござるよ」


「でもこれ、最近できたものなんだけど」


「星型の赤いアザは尼子家を継ぐのにふさわしい能力を備えなければ発現しないようになっているでござる。おそらく、殿も成長して尼子家の殿として一人前になったのでござるな。だから最近になって殿の左目の下に現れたのでござるよ」


「くっ、もっともらしいことを」



 何とか言い逃れようとする久菜だったが、アキラにもっともらしい理屈をつけられてしまえばどうしようもない。これでは本当に尼子家再興の旗頭として担ぎ上げられてしまいそうだ。



「というわけで殿。ぜひ拙者と一緒に尼子家の再興を目指そうではござらぬか!」


「私が?」


「いかにも」


「嫌に決まってるでしょう」


「了承してくださるか」


「嫌って言ってるのよ!」


「尼子家再興は一族の悲願でござるからな。まさか断るわけがないと思っていたでござるよ」


「人の話を聞けぇぇぇ!」



 久菜はつかんでいたアキラの胸倉を前後に揺する。そんな状況になってようやく久菜の言っていることが理解できたのか、アキラは驚きのあまり目を丸くした。



「ま、まさか。断っているのでござるか⁉」


「最初からそう言ってるでしょうが。私は上月久菜。普通の女子高生よ。尼子家再興なんて時代錯誤な茶番、付き合ってられないわ」


「茶番ではござらぬ!」


「茶番にしか思えないのよ!」



 久菜は思いっきりアキラを睨めつけてやったが、アキラも引けないのか、毅然として睨め返してきた。その態度が少々意外だったので、久菜は思わずひるんでしまう。



「と、とにかく。私は尼子家再興とか関係ないからやるなら一人でやりなさいよね。もう行かないといけない時間だから、教室に戻るわよ」



 久菜はようやくアキラの胸倉を解放すると、屋上前の踊り場から階段を下りていった。



「ほら、七夏も行くわよ」


「え~、でも……」



 七夏は久菜とアキラを見比べてみた。アキラはじっと耐えるようにして久菜を見つめている。その視線が痛いと思うからこそ、久菜は早くこの場から逃げ出してしまいたかった。



「いいからっ!」



 ついに久菜は七夏の手をつかんで階段を下りだした。これでは七夏も一緒になって下りるしかない。



「ちょ、ちょっと待ってよぉ」



 屋上前の踊り場に残ったのは、厳しい顔をしたアキラ一人だけだった。じっと久菜が消えていった階段の下を見つめている。



「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」



 山中鹿之助が三日月に願ったという言葉を、アキラも口にした。それこそが、今のアキラの心境だったのだろう。


 アキラは、まったくあきらめていなかった。

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