第2話 久菜、気配を感じる!

 ――おかしい。


 久菜は自室である二階の窓から路上を覗き見していた。カーテンにその身を隠しながらだ。特に変わったところのない道路である。街灯に照らされた県道が久菜の眼下に広がっていた。向かい側の竹林の暗闇が不気味に感じられる。



「おかしい」



 久菜は口に出してつぶやいた。


 誰かに見られているような気がする。それが誰なのかはわからない。注意して周りを見ても人影すら確認できない。しかし、確実に誰かの視線を感じるのだ。


 気のせいではない。


 親に相談してみようかとも思ったが、父親は久菜が小さいころに他界している。母親は今日も仕事で夜が遅い。頼れる親戚もいなかった。



「ストーカーかなぁ」



 久菜は身震いした。自分がストーカー被害にあうなんてとんでもない。狙うならもっと可愛い子を狙え。私を狙ってもいいことないぞ。だからどこかに行ってしまえ。


 なぜ自分が狙われるのか。久菜は考えてみたがよくわからなかった。


 ここはやはり頼れる友人である七夏に相談してみるのが一番だろう。そう思って久菜は勉強机に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。



「いや、待てよ……」



 七夏に電話をしようとしたところであることを思い出す。それは先日七夏が久菜と一緒に写真を撮って、そのままツイッターにアップロードしてしまった出来事だ。あのあと教室に戻ってきた七夏を次の休み時間に捕まえ、胸倉をつかみながら写真を削除させた。


 時間にして一時間かそこらのはずである。しかし、一時間ほどあの写真はネットの海をさまよったことになるのだ。その程度でどれだけの人があの写真を見ることができただろうか。


 しかし、原因はそれしか考えられない。誰かがネットで久菜の写真を見て、興味を持ったその誰かがストーカーとして現われたのだ。だからネットに写真を載せるのは嫌だったのに。



「七夏のやつぅ……! これは一言文句を言ってやらないと気が済まないわね」



 そう思って七夏に電話をした久菜だったが――。



『はい。神風七夏です。現在電話に出ることができません。ごめんねー。御用の方はピーという発信音のあとに――』


「このアホがぁぁぁっ!」



 久菜は手に持っていた携帯電話を力の限りベッドに叩きつけた。柔らかいベッドの弾力が久菜の携帯電話の破損を防ぐ。


 ちなみに久菜の携帯電話はスマートフォンではない。今どき珍しいガラケーと呼ばれるガラパゴス携帯だ。貧乏一家である上月家では働いている母親ですらスマートフォンを持っていないという。そのため、スマートフォンのアプリであるラインやスカイプを使っての連絡は不可能だった。



「またスマートフォンをどこかに置いて歴史小説でも読んでるのね。こうなると七夏は読み終えるまで他のことに目もくれないからなぁ」



 久菜にとって、七夏の他にこんなことを相談できる友人はいない。


 フラストレーションはたまる一方だったが、今日はもう寝てしまったほうが賢明だろうか。



「うん、そうしよう。いざとなったらストーカーくらい返り討ちにしてやるわ。中学時代ソフトボール部主将、そして今は書店のアルバイトで鍛えたこの筋力を見せつけてくれる」



 久菜は二、三回シャドーボクシングをすると、そのままの勢いで部屋の電気を消してベッドの中に入ってしまった。


 寝れば明日になる。明日になったら学校だ。みんなに会える。七夏にも会える。一言文句を言って、それから一緒に解決策を考えてもらおう。きっと七夏なら何とかしてくれる。


 そんなことを思いながら、久菜の意識は深い闇の中へと沈んでいったのだった。

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