アキラ、アキラめない!

前田薫八

第1話 久菜、星型の赤いアザができる!

 艶やかなストレートヘアー。宝石のような大きな瞳。そしてその瞳がある左目の下には――。


 太陽の日差しが差し込む朝の教室。上月久菜(こうづき ひさな)は自分の席に座りながら、百円ショップで買ったことが一目でわかるチープな手鏡を覗いていた。


 これはなんだろうか。指で押したり、爪で軽くひっかいたりする。



「やっぱり、アザ……よね、これ」



 鏡に映る久菜の左目の下には、世にも珍しい星の形をした真っ赤なアザがあった。まるで星が燃えているようでもある。


 洗ってもひっかいても取れない。決して汚れなどではないのである。



「いやいや、星型のアザなんて聞いたこともないわよ。しかもこんな目立つところにできるなんて、最悪……」



 久菜は机に突っ伏してため息をつく。


 こうなってしまっては仕方がないとは思うが、やはりテンションは下がってしまうもの。何とか化粧で誤魔化すしかないだろうか。


 そこに、久菜の背中をバチーンと大きな音を立てて叩く人物が現われた。



「いたーいっ!」


「何しけた顔してるのさ、久菜」


「うぅ……。やっぱりあんたか」



 久菜は自分の背中に真っ赤な紅葉を作った人物を睨みつけた。栗色のショートカット。笑顔が似合う小さな顔。その顔に似合うほどの小さな体。ついでに小さな胸。それが小動物的な可愛らしさを演出している。一言でいえば、可愛い女の子だ。


 神風七夏(かみかぜ ななか)。それが今久菜の目の前にいる女の子の名前だ。



「相談なら乗るぜ。恋の相談ならなおさら乗るぜよ」


「あんたはどんなキャラで話してるのよ。あと、恋の悩みとかじゃないから」


「何だ、つまらないの」



 七夏は本当につまらなそうに唇を歪めてみせた。表情の豊かな女の子である。



「久菜ってそういう話を全然聞かないから期待したのに」


「はいはい、私はどうせモテませんよーだ」



 久菜は少しだけ頬を膨らませて視線をそらした。窓の外には春を告げる桜の花びらが舞っている。



「気づいてないだけで久菜は十分モテるんだけどなぁ。まあ、いいや。それよりも、恋の悩みじゃなかったらなんで悩んでたの?」


「私の顔を見てわからない?」



 久菜は自虐的になりながら自分の顔を突き出した。この面白い顔を笑うなら笑ってくれとでも言わんばかりだ。



「はははっ、面白い顔ね」


「はったおすわよ」



 しかし、本当に言われるとむかつくものだ。



「この左目のところ見てよ。変なアザがあるでしょう?」


「あー、確かにあるね。星型のやつが。けっこう大きくない?」


「そうなのよ。だから困っててさ。これ、やっぱり目立つよね」


「まあ、確かにね」



 久菜は高校二年生の年頃の女の子だ。容姿には人一倍気を使う年齢なだけあって、このアザは悩みの種だろう。



「でもほら、一種のメイクだと思えばむしろ可愛くない?」


「可愛い……か?」



 可愛い。


 可愛いかもしれない。


 久菜は無理にでもそう思うことにした。



「確かにこういうメイクをしてる人いるよね。うちの高校だとこういうの禁止だけど、これはメイクじゃないから大丈夫だし」


「そうそう。こういうのは気持ちの問題よ」



 七夏はそう言うと制服のポケットから黄色いスマートフォンを取り出した。手早く操作し、カメラを起動させる。



「というわけだから、記念に一枚撮っておこうよ」


「何の記念よ」


「久菜に星型のマークができた記念かな」


「あんたはただ写真が撮りたいだけでしょうが」


「そうとも言う」



 七夏はニシシと笑って久菜の座っている椅子を半分奪った。一つの椅子に二人の女の子が座っている。



「はい、久菜ポーズ!」


「ポ、ポーズ⁉」



 久菜は急にそんなことを言われて狼狽した。ただ写真を撮るだけではダメなのか。いや、そんな面白みのない写真で七夏が満足するはずもない。



「何でもいいよ。あ、そのアザを強調するようなポーズがいいな」


「そんなこと言われても……」



 久菜は少しだけ逡巡したが、すぐに意を決して左手で星型のアザを指さした。真っ赤な舌も出して「あっかんベー」のポーズだ。七夏も一緒に星型のアザを指さす。



「はい、チーズ」



 カシャッというシャッター音が教室に響く。七夏は今撮った写真をスマートフォンの画面で確認して満足そうに頷いた。



「うん、きれいに撮れてる」


「どれどれ」



 久菜も七夏の手元を覗き込むようにして身を乗り出した。確かにこうして見てみると悪くない。変に意識するからおかしな顔になっていたようだ。



「ありがとう。なんか元気でたわ」


「でしょう? また何かあったら相談に乗るよ」



 七夏はそう言うとスマートフォンをいじくりながら立ち上がった。今撮ったばかりの写真をどうかするつもりなのか。



「七夏、何してるの?」


「ん~? 今撮った写真をツイッターにアップしようかと思って」


「やめろぉぉぉ!」



 七夏が七夏自身の写真をネットにあげるのは文句ない。自己責任だ。しかし、久菜からしてみたら自分の写真をあげるのはやめてほしい。ネットリテラシーというものがないのか、この娘は。



「大丈夫だって、可愛く撮れてるから」


「そういう問題じゃないから! 私の素顔をネットに晒すことが問題だから!」


「そんな恥ずかしがらなくても大丈夫だって」


「恥ずかしいとかそういう問題じゃないから!」



 無理やりスマートフォンを奪おうとした久菜だったが、一足遅かった。椅子から立ち上がった瞬間には、七夏はすでに写真のアップを完了していたのだ。



「はい、完了っと。これで久菜もネットアイドルだよ」


「消せ! 今すぐ消しなさい!」


「やだよ~」



 七夏は踊るように飛び跳ねながら久菜から離れていく。そのまま教室を出てどこかに行ってしまった。


 結局、七夏は久菜を励ましに来たのか、からかいに来たのかよくわからない。


 もうすぐ朝のホームルームが始まる。それまでには七夏も戻ってくるだろう。



「次会った時はただじゃおかないわよ、七夏ぁ」



 久菜は拳を握って整った顔を歪ませた。机に置き去りにされた鏡にはそんな久菜の横顔が映し出される。


 赤い星型のアザが、朝の日差しに輝いているようだった。



   ###



 ネットの世界は便利だが怖いものだ。不特定多数の善悪定かではない人たちが存在している。その中の一人が、先ほどネットの海に放り込まれた一枚の写真を発見した。



「これは――」


 二人の女子高生が写っている。二人とも可愛い女の子だ。それだけでもこの写真を見つけた価値があるというものだろう。しかし、その人物は彼女たちの美しさとは別のところに興味を惹かれたようだ。




 ――左目の下にある星型の赤いアザ。




 普通ならばただのメイクかと思うかもしれない。しかし、その人物はそうは思わなかった。



「ついに、見つけた……!」



 自然の光がまったくない暗い部屋の中で、その人物はニヤリと笑う。


 久菜の数奇な運命が、今動き出そうとしていた。

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