屋上、傍らに鳩。

天石蓮

屋上から見えたモノ

ある日、それは唐突に、世界は、悪魔に侵略された。

太陽は黒く蝕み、月は砕けた。

これから永遠に黒いであろうその空。

人間たちは、追い詰められ、地下で生活するしかなかった。

そうしないと、悪魔の餌食となるだけだから。

そんなある日、それは偶然に、見つかった。

悪魔に対抗する方法を。

それは、心のこもったパフォーマンスだった。

良いも悪いも全部ひっくるめて、感情豊かな人間だからこそできる事。

心のこもった歌と踊りは悪魔を遠ざけた。

人間は、地下から這い上がった。

ビルとビルとビルを折り重ねて一本の大木のような小さな人間の国を作った。

その小さな国には、ところ狭しと並べ、貼り付けられたパネルからは、シアン、マゼンタ、イエローなどの色とりどりのネオンの光で満ち溢れていた。

その色とりどりのパネルからは、千差万別な音で満ち溢れていた。

うるさい程に。

その小さな国に住む人間たちは、歌い踊る。

明けない朝から月のない夜まで。

ずっとずぅうっと。



屋上には初めて来た。

まぁ、空にも悪魔はいるのだから。

屋上にいけば、チカチカと点滅するネオン色の光も、うるさい音も、悪魔に怯える人々の声も、悪魔の薄気味悪い声も、どれもこれも小さい。

そして、ここは薄暗い。

瓦礫を避けて、そっと縁に近づく。

肩甲骨程の長さの黒のメッシュが所々入った水色の髪を風になびかせながら。

「寒い・・・」

風は、結構、冷たかった。

黒いダボッとしたパーカーを引き寄せる。


私は、縁に立ち、下を見下ろす。

真っ黒。

底なしの沼の様だ。

もしかしたら、本当に沼なのかもしれない。

死ぬには良いかも。

身体ごと、全部、全部、跡形もなく消えればいい。

そんな時、ポケットに入っていた携帯端末から音が鳴り出す。

私を押し潰してしまいそうな、突き刺す様な、そんな力強すぎる歌声と音楽が、静かな屋上に鳴り響く。

私は、乱暴に電源を切る。

疲れた。

毎日、毎日、毎日。

血を吐きそうな程、歌って。

足がもげてしまいそうな程、踊って。

だけど、悪魔は、消えない。

逃げるだけ。

終わりがない。

私は、永遠に歌って踊るカラクリ人形の様だ。

なんか、そんなの嫌だ。

永遠に終わりが来ないなら

私が、強引にエンドロールにしてやる。


よし、後は、ここから飛び降りるだけ。

この世界にお別れの時。

ほら、最後に恭しく、この世界と、自分と、後は・・・悪魔に。

礼をしたらゆっくり倒れて・・・

カタッ!

「っ!?」

悪魔がいるのか。

いっそのこと、悪魔に食べられてエンドロールにする?

・・・うん。良いかも?

悪魔を知るチャンスだ。

知った所で、この先に待つのは『死』なんだけどね。

まぁ、いいよ。

私は、そっと近づく。

そこに居たのは

灰色の、小さな

悪魔・・・

「ぽぉ」

ぽ?ポ?PO?

え?

「鳩・・・?」

そこに居たのは

鳩だった。

私は、固まる。

鳩なんて久しぶりに見るなぁ。

いや、じゃなくて!

鳩かよ。

鳩か・・・鳩なら、まぁ、いいや。

さ、私は、飛び降りなきゃ。

くるりと踵をかえそうとした時。

ガタンッ!

鳩が、ぼへっと乗っていた瓦礫が崩れる。

鳩は飛ばないままだ。

いや、お前、鳥だろ?

飛んでよ!?

「っ!!」

私は、腕を伸ばして鳩を掴み取る。

ガシャン!

瓦礫は崩れ、穴に吸い込まれる様に落ちていく。

万華鏡の様な、ネオン色のパネルが無数に展開される、この穴に。

チラリと下が見えた。

その瞬間、冷や汗がどっと出た。

怖い。

身体が急速に冷えていく。

穴から離れる。

大丈夫。いや、何が大丈夫なんだよ。

まぁ、いいや。

無事だった鳩を安全そうな場所に降ろす。

私は、再び、縁に行く。

チラリと下を見る。

真っ黒な沼の様な地面に

赤黒い瞳。

赤黒い瞳がコチラを見たような気がした。

私は、後ずさる。

怖い。怖い怖い怖い。

嫌だな。

まだ死ねない。

未練なんて何もないのに。

私はしゃがみこむ。


そんな時だった。

鳩がパタパタっと私の傍に寄って来る。

「でぇ~でぇ~ぽっぽ~」

突然、鳩が鳴き出す。

てか、鳩って

低い、でーでーって鳴いてからぽっぽーて鳴くんだ。

鳩の鳴き声なんて、ちゃんと聞いた事がなかったな。

鳩は、規則性があるような無いような感じで静かな屋上で私の側で鳴いていた。

なんとなく、心地良かった。

音楽とは違う、不思議なリズムの鳩の鳴き声を聴きながら

ふと、私は、月のない空を見上げる。

月は確かにないが

小さく、柔らかく、光る

金平糖みたいな星が幾つもあった。

鳩の鳴き声と、星を見ていたら

スルリと私の身体に纏わりついていた重い何かが剥がれ落ちた様な気がした。

「私の、人生の終止符はまだ先かな」

今はまだ、その時じゃない。

前髪の隙間から覗く私の金色の瞳は

月のない、だけど、星がある空を

映していた。

ちょっと前まで静かだった屋上では、1人と1羽が寄り添っていた。

辺りには、でぇ~でぇ~ぽっぽ~と言う、鳩の鳴き声が響いている。

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屋上、傍らに鳩。 天石蓮 @56komatuna

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