第30話 神の楽園
私は医務室で眠っている間、この世界に来る前の事を思い出していた。
話はこの世界に来る数年前まで遡る。
私は二人兄妹の妹だった、特別周りと違う事もなく、ごく一般的でありふれた家庭だった。
私はその家庭のどこにでも居る一人の女の子だった。
私にはお兄ちゃんがいた、お兄ちゃんは明るくてとても優しくて温かな人だった、それに比べて私はとても人見知りで、とても臆病な子だった。
当然、そんな私は友達も居なければお母さんもお父さんも仕事であまり家に居なかったので喋り相手なんてお兄ちゃんくらいしか居なかった。
「ヒマリ、ご飯できたぞ」
「はぁーい!」
お兄ちゃんは忙しい両親に変わってよく私の面倒を見てくれていた、当時私は中学生でお兄ちゃんは高校に入ったばかりだった。
友達と遊びたい盛りのはずなのにお兄ちゃんは両親が仕事で遅い日は欠かさず、私の面倒や、家事をこなしていた。
「美味いか?」
「うん!
お兄ちゃんが作るご飯が一番美味しい!」
「そっかそっか、ヒマリは育ち盛りだからな
たんと食いな」
「えへへ、それはお兄ちゃんもでしょ!」
そんな他愛もない話をしながらいつも食事を二人で取っていた。
食事を終えたら、私が食器を片付けてテレビを見ながら笑い合うそれが私の幸せな時間だった。
そんな生活は私が19歳になっても、相変わらずお兄ちゃんは私の面倒を見てくれていた。
私はそんなお兄ちゃんの事が大好きだった。
その思いは年々膨れ上がっていき、今ではもう止まらないほどに私は好きの気持ちで溢れていた。
中学生の時はお兄ちゃんとして大好きだったけど18も過ぎたら、私はお兄ちゃんの事が一人の男の子として好きになっていた。
それに最近は顔を合わせると、胸の鼓動が早くなる。
私は鏡の前に立って自分の姿を見る、19にもなればもう大人の女性だ、お兄ちゃんも今年で23になる、もう立派な男性だった。
「……よし!」
私はお兄ちゃんへの好きが止まらず、少し前から私の気持ちを伝えようと心に決めていた。
この時の私は、本当に愚かだった。
後の後悔を止めれるのなら、私はいつだってこの時の自分を全力で止めていただろう。
そして、ついにその日は訪れる。
いつもの様に夕食を片付けて、一緒にTVを見る時に私はお兄ちゃんに告白した。
「えっと……お兄ちゃん……?」
「ん? どうした、珍しくしおらしいな?」
あははと笑うお兄ちゃんの顔をちらっと見て私は話を続ける。
「あのね、私お兄ちゃんの事がその……好き」
「お、おう?俺もヒマリの事は好きだぞ?
改まって言われるとなんか気恥ずかしいな」
そうやってあははとまたお兄ちゃんは笑っている、でもそう言う事じゃない。
今のは家族としての答えだ、だから私はハッキリともう一度伝える事にした。
「違うの……私はお兄ちゃんの事が
その……男の人として好きなの!」
「ん?……冗談だよな?」
「冗談じゃ……ないよ?」
私はそう言ってお兄ちゃんの顔をちらっと見る、そこにはとても真剣な顔のお兄ちゃんが居た。
しばらくの間気まずい沈黙が続く、私は咳を切った様に口を開く。
「ダメ……かな?」
「あぁ、ダメだな」
お兄ちゃんは真剣な顔でハッキリと私を拒絶した。
「ヒマリ、お兄ちゃんはなヒマリの事好きだぞ?
でも、俺達は兄妹だしそう言うのじゃないだ
ろ?」
「どうして……?」
「どうしてって言われても、俺はヒマリを
そんな目で見れないから……ごめんな。」
「じゃあ、お兄ちゃんはなんで私に
ずっと優しくしてくれたの!」
「……そりゃ、大切な妹だしな」
私は気付きたく無かった、あまりにも当たり前の答えに、私の目から涙が溢れる。
「ごめんな、俺が悪かったな。」
「お兄ちゃんは……悪くない……
でも、お兄ちゃんは私の全てだから……」
「……ヒマリ?」
「な……に?」
「ヒマリは可愛い俺の自慢の妹だ」
「うん……」
「だからな、ヒマリには幸せになってほしい。
少し人見知りな所はあるけど、これから
ヒマリは色々な人に会う。」
「……」
「その中できっと、ヒマリが本当に好きな人が
これから出てくる。」
「お兄ちゃんじゃダメなの……?」
「あぁ、俺じゃダメだ」
「どうして……?」
「今のヒマリは俺しか見えてないからだよ」
「わからないよ……」
「……ごめんな、俺が悪かった。」
そう言って、お兄ちゃんは私の頭を優しく撫でて家を出て行った。
それから、お兄ちゃんは家に戻ってくる事はなかった、お母さんから聞いた話だと少し離れた所で一人暮らしを始めたらしい。
住所も教えてくれないし反抗期だわなんて愚痴を私に溢していた。
お母さんはそれ以外に何も言わなかった、きっとお兄ちゃんは私との事を何も言わなかったのだろう。
そしてお兄ちゃんが帰らないまま1年の時が過ぎた、私はずっとあの日の事を思い出す。
あの時、何も言わなかったらずっと一緒に入れたのだから……でも本当はわかっていた。
この世界にいる限り、私はお兄ちゃんと一緒になる事は絶対に出来ない、それはきっと兄妹だからだ。
私は一人森の奥で木に括り付けたロープへ手を伸ばす。
「ごめんなさい……」
私は誰にも届かない言葉を呟いて、そのロープを首にかける。
その時私の目の前に大きな光が現れた。
『悲しき、青年よ…』
「誰……?」
『私は女神エイレネ…汝何を望む…? 』
「貴方は誰なの?」
『私は女神エイレネ…汝何を望む…?』
光は同じ事を2度繰り返して私に告げる。
私は死に前だから幻覚を見ているのだろうか。
それとも本当に神様がここに現れたのだろうか?
答えのないまま、私はその問いを告げる。
「お兄ちゃんと一緒にいる世界……」
『真にそれを望む……?』
「はい……」
『ならば、アトラタにある神の楽園に訪れて
さすれば、其方の願い叶えれる。』
「アトラタ……?神の楽園……?」
『エリスを討って。
異界の物ならそれが出来る』
女神エイレネは私にそう告げると同時に私の頭の中にエリスや神の楽園の景色が流れ込む。
まず、地図が浮かびその最南端に位置する大きな建物が浮かびその扉を守る様に位置する、黒い岩の様な怪物が浮かび上がってくる。
そしてその奥には光の扉があった。
その扉は所々黒く染まっていて、その中に黒い翼を持つ女性が佇んでいる景色が流れてきた。
『神の楽園が崩壊すれば、世界は消え願いは届か
ない……全て元どおり、貴方は同じ人生を
この世界でもう一度繰り返す事になる。』
「崩壊……?」
『異界の物よ、3年以内に世界を救って』
その言葉と同時に私の首は強く締め付けられる。
徐々に意識が遠のいていき、目覚めると私はここアトラタのいた。
ーー
私はリンコにこの世界に来た理由だけを伝えた。
「そっか、3年以内にエリスを倒さないと
私達は死んでしまうって事ね?」
「はい、魔王は門番に過ぎません。
エリスを倒さなければ、どの道この世界は
崩壊してなくなるらしいですから」
「ねぇ?もしこの世界を救ったら
私達はどうなるの?元の世界に戻るのかな?」
リンコは少し悲しそうな顔でそう私に聞いてくる。
「リンコさんはこの世界に来る時
女神様に何かお願いしませんでした?」
「うーん……」
「ザハールさんもきっと何か大切なお願い事をし
たはずです、だからリンコさんに託したんだと
思います。」
「そっか、でも私がもしお願い事したとしたら
もう叶ってるからなあ……」
「そうなんですね、じゃあもしこの世界が
消えてなくなってまた同じ人生を繰り返す事に
なるとしたら、リンコさんはそれを受け入れま
すか?」
「絶対に、やだ……」
「私も嫌です、だからエリスを必ず倒します
リンコさんも協力してくれますか?」
「うん!私は元々そのつもりだしねっ!」
そうして、リンコが私に左手を差し出してきた、私はそれに応える様に手を合わせる。
「じゃあヒマリこれからも宜しくねっ!」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。」
私はリンコと顔を合わせる。
私はふと考える、もし神の楽園へ辿り着いたときに願いが叶うとしたらこの世界から元の世界に戻ってしまうのだろうか……
私はこの世界に来てひとつだけ本当に嬉しい事があった、それはお兄ちゃんが言っていた通り私に好きな人ができた事だった。
見た目はお兄ちゃんと瓜二つだけど、お兄ちゃんとはまた違う優しさと温かさを持った人。
もし元の世界に戻ったらもう会えなくなってしまう、それはそれで私は嫌だった。
だけど元の世界に戻れなかったらお兄ちゃんとは会えなくなってしまう、それも嫌だ。
私はその事にジレンマを感じながら、この場を後にするのだった。
リンコと別れて自室へ戻る途中でお兄ちゃんが部屋から出てくるのが見える、私は自信を持って挨拶する事にした。
「お兄ちゃん、お疲れ様です!」
「ヒマリ、身体はもう大丈夫か?」
そう言って心配そうな顔でお兄ちゃんは私を見てくる、私はその顔を見てしまうとどうしても上手く口が回らなくなる。
「はい……もう…ぅぶです…」
「そ、そうか、良かったもう大丈夫なんだな」
そう言ってお兄ちゃんは私の頭を優しく撫でてくれる。
「はい……」
「そういえば、ヒマリ。
リンコは見なかったか?」
「リンコさん……ですか?」
「あぁ、あいつに言われたんだ
これから、どうするのって。」
「そうだったん…ですね…リンコさんは
今は自室に居ると思います……
お兄ちゃんは、これから…どうするんですか」
「そうか、ありがとうなヒマリ!
俺は神の楽園って所に行こうと思ってる」
「お兄ちゃんも、思い出したんですね…」
「あぁ、さっきな。
ヒマリはこれからどうするんだ?」
「私も…お兄ちゃんと…一緒です……
だから、一緒に…戦いたい…です…!」
「あぁ、俺からも宜しく頼む!
リンコにも伝えて来るな!」
お兄ちゃんはそう言ってリンコさんの元へと向かって行った、私はそのまま自室に入って一息ついていた。
夜を告げる鐘が鳴ると同時に私の部屋をノックする音が聞こえる。
「ヒマリ、今大丈夫か?」
そう言ってお兄ちゃんが声を掛けてくれたので私は部屋を出た。
「遅い時間にごめんな。
レイジさんとリンコに話はつけてきた、早くて
明日には王国を出る予定だけど、大丈夫か?」
「はい…大丈夫です…」
「良かった、じゃあ明日朝一緒に
みんなの所に向かおうか?」
「……はい」
そうして、お兄ちゃんはおやすみと言って自分の部屋へと戻った。
私はしばらく窓から外を眺めて、これからの事を考えながら眠りについた。
転生賢者の大陸英雄譚 ヤス @celine
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