第16章 逆説の虜囚
第81話 滝神様と警告
「どう考えたって、みんなが1台に乗れる方がいいだろ?」
「いや、俺はどんな道でも走れるように四駆のSUVがだな――」
「え~! 表に停めてあるシュウさんのスポーツカーにしようよ~」
「だから、それだと2台に分乗しなくちゃならないだろが」
口々に自分の希望を主張する
「……決まりそうにないな。那岐、榛冴、お前ら先に風呂に入って来たらどうだ? 今日中には決まらんだろ」
小さな溜息とともに
「じゃあ、今夜はみんな泊まって行くんだな? 黎、何かデリバリーしてもらおう」
「俺が作るつもりだったんだが……まあ、それでいいなら」
楽しそうにはしゃぐシュウに、黎も頷いた。
「あいつら、車にはこだわりがあるのか?」
「そんなに詳しくないからこそ揉めてるんだと思うよ。どうしてこんなに統率がとれないんだろうね」
那岐と榛冴が大きく肩を落とした。
みんなで旅行に行きたいと提案した采希に、凱斗たちは一斉に賛同した。――だが、意見が一致したのはそこまで。
車での旅を主張する采希に、榛冴と那岐が難色を示した。
「旅行って言ったら、電車とか飛行機とかでしょ。時間も節約できるしさ」
「榛冴、お前、飛行機苦手じゃなかったっけ? ちなみに旅費は誰が出すんだ?」
凱斗の一言で榛冴が黙り込む。
「でもさ、ほら、電車の窓からの見知らぬ景色とか駅弁とか、楽しそうだよ」
「電車や飛行機で、お前がじっと座っていて、凱斗が静かにしていられるならそれでもいいが」
琉斗が横目で那岐を制した。
采希は、車でみんなでお喋りしながらのんびり旅行できたらと考えていたので、双子の援護射撃は嬉しかった。
「車はどうするんだ、采希?」
「黎さんのとこに色々揃ってるみたいで、相談したら『いつでもどうぞ』って」
「揃ってるって、黎さん、そんなに車持ってんの?」
采希と琉斗の会話に凱斗が割り込む。
「個人所有じゃないらしいけどな。一応、黎さんが当主だから」
「んじゃ、早速借りに行こうぜ。そのまま旅行に出発だ」
意見がまとまらない采希たちを眺めながら、シュウが感心したように呟く。
「同じ環境で育った双子でもこんなに性格に違いがあるのになぁ……。なんで采希と黎が似通っているのか、不思議だな」
「僕も不思議に思って、采希兄さんの子供の頃からの写真と黎さんのを比べさせてもらったんです。そしたら、二十歳前後の写真がびっくりするくらい似てて。それ以前とその後はそこまでそっくりじゃないんですけどね」
榛冴がシュウにスマホの画面を見せた。
二枚の写真にそれぞれ映った采希と黎は、シュウには見分けがつかなかった。
「……面白いな。だったら十年後にはそんなに似ていないかもしれないな」
「そうかもな。そういえば、世の中に自分にそっくりな人が三人はいるって婆様が言ってたっけ」
黎の言葉に那岐がすかさず反応した。
「じゃあ僕にもそっくりな人がいるのかな? みんなで集まったら面白そう」
黎と榛冴が思わず息を飲む。
「…………それは、ちょっとどうかと……」
「……うん、ちょっと怖いと思うよ、那岐兄さん……」
那岐が意外そうに眼を見開く。
「そっかな……僕は楽しそうだと思うけど。僕らが来た時に黎さんがお話ししていたあの人、僕と眼が合った瞬間に忍者みたいな動きでいなくなっちゃったけど、あの人の気配もちょっと采希兄さんに似てたよね」
双子を説得するのに疲れた采希が那岐の隣に座りながら、那岐の言葉でその人物を思い出して、ふと動きを止めた。
この家にやってきた時、黎は家の中にいなかった。
外に捜しに出た采希と那岐は、家の裏側、
那岐の言うように忍者かと思うような身のこなしに、采希と那岐は口をあんぐりと開いたまま、消え去る影を見送った。
「あれはうちの警備部門のトップだな」
黎も采希たちの間抜け面を思い出し、含み笑いをしている。
「采希の気配に似ているというより……お前の方が近いぞ、那岐」
「――僕に? 忍者の人が?」
「ああ、トリッキーな動きをするところとか、あいつと手合わせしてるのかと錯覚しそうになる」
なるほど、と采希は首を小さく縦に振った。黎が道場で那岐の動きについていけていたのは、その動きの軌跡に覚えがあったからだったと言う事かと思った。
ふと、思い付いて尋ねてみる。
「黎さんのとこの組織って、警備部門の他にはどんな部署があるんですか?」
口の中で微かに唸りながら黎が中空に視線を漂わせる。
「……朔の一族としてだと、特にどの部署にも属さない連中も多いが。俺の直轄という意味だと、事務と情報と警備かな、一応。その三部門のトップは昔のバンド仲間だから、どの担当でも何でもやってる感じだけどな」
「各部門のトップがみんなバンド仲間? それって黎さんが当主だから……」
「いや、違うぞ采希。あいつらをそれぞれの部署でトップに据えたのは、俺の婆様と婆様の主な部下だった連中だ。あいつらの能力は凄いぞ。色んな資格や技術を手当たり次第に身に付けた事務部門トップ。情報部門のトップは天才ハッカー、白い方な。警備は――お前が見たとおりだ」
そんな凄い人材が仲間だったのか、と眼を見開き、無意識に采希の視線はシュウに向けられる。
「俺は組織を外からサポートするのが役目だ」
シュウが気取った仕草でウインクする。
黎が指先をこめかみに当てて、眉間に皺を寄せた。
「こいつは俺と同じで特技がある訳じゃないからな。組織の中には在籍していないが、時々手伝ってもらっている。サトリの力が必要な事もあるからな」
采希と那岐、榛冴は思わず返答に窮してしまった。
(ここでシュウさんを気の毒に思ったら……それはそれで失礼になりそうだな。――ああ、もしかして、サトリの力のせいか? あえて組織から外したのかも)
少なくとも黎に特技がないと言う分析には賛同できなかった。
那岐と榛冴も同意見らしく、揃って頬を引きつらせている。
(まさか、他のバンドメンバーにも霊能力があったり……いや、逆かな)
霊能力がないからこそ事務方に従事できているのかもしれないと思った。だからこそ、わずかとはいえ能力者のシュウは組織に属していないのではないのだろうか。
(仲間うちにサトリがいるのは、俺でも躊躇しそうだしな……)
那岐が眼を輝かせて呟く。
「僕、会ってみたいなぁ」
「……
那岐のような動きをする人物が二人になった事を想定した采希が思わず唸る。見てみたい気持ちもあるが、自分の動体視力では追えないかもしれないと思った。
「ああ、そうだ采希。お前さん、旅行に行くなら三郎を置いて行ってくれないか? ちょっと貸して欲しいんだ」
「三郎? 何でまた……」
突然の黎の申し出に、采希がちょっと戸惑っていると武将の御仁が現れた。
《儂は貸し借りする道具ではないと、以前にも申したはずだが》
「まあそう言うなって。お前にも関わる事だぞ。――太閤がらみだ」
黎の言葉に三郎がぴくりと反応する。
《采希……》
「うん、三郎さんがそれでいいなら、俺は構わない」
戦国時代を生きていた彼には、色々と面倒なしがらみもあるのだろう。未だにこの世に残っている彼も、いずれは輪廻に還ることができるのだろうか、と采希はぼんやり考える。
采希はこの武将が気に入っていたし、何よりも自分には無用の長物である巫女の太刀を有効利用してくれるのはありがたかった。
元々、采希はこの武将の御仁を巫女から預かっているだけなので、巫女の上司ともいうべき当主の意に逆らう気は全くない。
《事が片付けばすぐに駆け付ける。――くれぐれも、無茶をするでないぞ》
鋭い眼をした武将が采希の顔を覗き込み、真顔で言い含める。
(……どうやら俺は、人外生物を含めた周囲全般からそう思われているらしい)
無理無茶を絵に描いたようなこの御仁にまで心配されるのは、我ながら心外だと采希は思った。
* * * * * *
「結局、いつものワゴンかぁ……たまにはスポーツカーとか、運転してみてぇじゃん」
「この狭い国で、そんなに速度を出す必要はないだろう。それよりちゃんとナビに行先は入力したのか?」
助手席の凱斗が、ハンドルを握る琉斗にきょとんとした顔を向ける。
「……え? 行先って、決まってたの?」
前方を見据えたまま、琉斗が凱斗の右肩に裏拳を叩き込んだ。
「じゃあ俺は今、どこに向かってこの車を走らせてるんだ!」
中央と後部の座席から一斉に笑いが起こった。
「まあ、いいじゃん琉斗。行先は風まかせって事で」
「適当な事言わないで、凱斗兄さん。琉斗兄さん、僕、海が見たいからさ、途中で高速道路降りてくれる?」
「僕、富士山に登ってみたいなぁ」
真っ向から対立した榛冴と那岐の希望に、琉斗が片方の眉を吊り上げたのがルームミラー越しに見えた。凱斗がにやにや笑いながら琉斗の肩を叩く。
「ここはドライバーの権限で、いいんじゃね?」
「いや、違うな。――采希、お前の希望は?」
「ほあ?」
唐突に振られ、采希の口からおかしな声が出た。
「今回の発案者は采希だからな。最終決定権は采希に預ける。みんな、それでいいだろう」
那岐と榛冴が顔を見合わせて『いいよ』と揃って応えた。
「俺かぁ? 俺は特に希望とか、ないな」
「じゃあさ、僕らがそれぞれ行きたい所とかやりたい事とかを言ってさ、采希兄さんが決めるってのは?」
「あ、それいいかも」
「……結局、行き当たりばったりか。出来るだけ早めに指示してくれ」
琉斗も諦めたように笑いながら、PAへのウインカーを出した。
「凱斗、窓閉めてくれないか? 俺、ちょっと酔いそう」
采希が眼を閉じたまま凱斗が全開にした窓を指差す。
「酔いそう? 大丈夫か、采希?」
心配そうに采希を覗き込む凱斗を遮り、榛冴が後部席から采希の肩に手を掛けた。
「采希兄さん、酔いそうなら風に当たった方がいいんじゃない?」
「……いや、この匂い……何だか、かなり生臭くないか?」
「「は? ……何が?」」
榛冴と凱斗が同時に首を傾げる。口元に手を当てながら、那岐も考え込むような仕草をした。
「……采希兄さん、僕にも生臭さは感じられないんだけど。……何か、いるの?」
采希はちょっと驚いて那岐を振り返る。
(こんなにはっきり臭うのに……那岐には分からない? ……じゃあ、これって……)
ふいに身体がずしんと重くなる。
途端に襲い掛かる眩暈と吐き気。この感覚には覚えがあった。
(ヤバい……何か拾ったか? それだけにしてはこの気持ち悪さは……)
ぐるりと回転する視界。自分の身体が真っすぐに保てない。
こみ上げてくる吐き気を抑えながら、隣の座席に倒れ込んだ。
「采希!!」
「兄さん!」
「どうした、采希? 大丈夫か?」
助手席から凱斗が覗き込む気配がする。
「だいじょ……那岐……俺に、何か……乗って……」
途切れ途切れの言葉に那岐が的確に反応した。
采希の身体に触れ、辺りを見回す。
小さく陶器を弾くような音が聞こえたが、采希の体調に変化はなかった。
(那岐の結界が効かない……?)
それは那岐にも分かったようで、慌てて琉斗に車を停めるように叫ぶ。その那岐を榛冴が押し留めた。
「待って! この先に滝がある! 琉斗兄さん、そこに向かって!」
そこは、かなり有名な大きな滝だった。
琉斗と那岐に両脇を支えられ、よろよろと滝へと向かう階段を降りた采希は、滝を前にした途端に症状が霧散した事に驚いた。
「采希兄さん、具合、どう?」
「榛冴……何ともない。――どういう事だ?」
さっきまでの眩暈も吐き気も、一切感じない。
怪訝そうに双子が見つめるのをにっこりと見渡して、榛冴が滝の上の方に視線を移す。
釣られるように采希がそちらを見ると、滝の上部で何かが光っているのが視えた。
「あれは……?」
「この滝の神様だね」
那岐が眩しそうに眼を細めながら教えてくれた。
「うん。采希兄さんの具合が悪くなって、かなりしんどそうだったし、どうしようって困ってたら、あの神様の声が聴こえたんだ。『こちらに来なさい』って」
(……滝の神様が俺に憑いていたモノを除いてくれたのか?)
采希は顔を上げて滝を見上げる。
辺りには人の眼には映らない、オーブが漂っていた。
榛冴は視線を滝の神様に留めたまま、さらに告げる。
「この辺一体から、早く離れなさいって。――どうする、凱斗兄さん?」
額の辺りに手を翳しながら滝の神様を見つけようとしていたらしい凱斗が、諦めたように溜息をつく。
「……やっぱり俺には視えないけど。ま、神様がそう警告してくれてんなら、さっさと次に向かおうぜ」
「この辺一体って、何かあったのか?」
「何かって、何?」
琉斗の質問に、榛冴が首を傾げる。
「そうだな……古戦場とか、だな。采希に憑こうとしたモノの正体は分かるのか?」
琉斗が今度は那岐に尋ねる。
「それが……全く分からないんだ。僕の結界も無効化されたみたいだし……」
「ちなみに古戦場なら近くにはないはずだな。大きいヤツは」
しょげたように肩を落とす那岐の背を軽く叩きながら采希が答える。
「とにかく、早くこの土地から離れようよ。神様に急かされているみたいだからさ」
ちょっと早口で告げる榛冴に、慌てて一斉に走り出した。
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