朔を統べる者 後編
あきらを引き取って一緒に暮らすようになったある日。
別邸の畑の隅の方から、声にならない悲鳴が聴こえた気がして作業を中断し、立ち上がる。
(……何だ? 一体なに…………は?)
広い畑の一角で、盛大な火柱が上がる。
それは実際の炎ではなく、念が発動した現象だとすぐに気付いた。
「――あきら?!」
火柱の向こうに小さな人影。固まったように立ち尽くしている。
慌てて駆け寄ると、錆びついた機械のような動きでこちらに顔を向けた。
「
「どうしたんだ?」
「虫……」
「……はい?」
「虫が……脚がたくさんある…………手に……」
怯えたように眼を見開いて凍り付いている姪からの事情聴取を諦め、全てを見ていたはずの俺の八咫烏の眼を確認する。
うきうきと胡瓜を収穫していたあきらの腕に
気付いたあきらが凄い勢いで腕を振り、百足が地面に落下したその瞬間、無意識のあきらから発動した念の炎が百足の周囲に立ち上った。
そっと溜息をつく。
(百足に驚いて――咄嗟に排除する方法がこれかよ……)
まだコントロール出来ない強大な力の出現に、半ば呆れながらあきらの身体を抱き上げる。
「びっくりしたんだな? 大丈夫、お前に危害を加えるような生き物はいない。お前には守護がついているんだ。知っているだろう?」
静かに眼を覗き込みながら囁く。
まだ怯えた表情をしながらも、あきらは微かに頷いた。
「……あの大きな鳥?」
「そうだ、鳳凰って言うんだ。最強の守護なんだぞ」
「黎さんのヴィオより?」
「うん」
ヴィオ――八咫烏は千里眼を持つ俺の守護だ。まだ言葉も話せないうちから、あきらは八咫烏を認識して懐いていた。
本人の守護である鳳凰は、その強大すぎる力ゆえか、滅多に姿を現わさない。
『守護者なのに姿を見せないってのも、アリなのか?』
そう尋ねた俺に、生前の婆様は当然とばかりに頷いた。
『姿を現わさずとも護る事が可能な程に大きな力、という事だろうね。基本的にはあきらが望まなければ現れない。さすがに命に危険があれば発現するだろうが、大きすぎる力は周りにも影響を及ぼすからね。うちの家系にも過去に一人、鳳凰の守護を受けた者がいたそうだ』
『――ひとり……』
『あきらの力は鳳凰でなければ護り切れぬ程に大きい、と言う事なのだろうね。……時代が動く時期にしか現れないらしいが。どうやら先頃、四神も動いたようだよ』
『どう言う意味だ、婆様?』
『基本、四神は守護者には向かない。力が強すぎるからね。だがその四神の一柱――
『――は? 白虎が? 子供に?』
『おかしなことではないだろう。あきらもお前も、産まれた時から守護がいる』
『いや、まあ、そうなんだけど……』
『四神が、しかも産まれてすぐに守護に就く……恐らく、あきらと同じ位の力なんだろうけど、環境が違いすぎる。その子は普通の家庭に育っている。過去には神職にあったようだが、誰もその子に力の使い方を教える事は出来ない。――先々が不安だと思ったものだけど、龍神は心配いらないと言っていたよ』
一体、どんな子供が白虎を従えたのか。
(あきらみたいな子が、他にもいるってのか?)
しかも、一般家庭に生まれたらその力は持て余すばかりじゃないのか?
ちょっと眉間に皺を寄せて考え込んだ俺に、婆様が何度も頷く。
『いずれ、お前とも縁が繋がるかもしれないね』
『……同じような事を生業にするってこと?』
『さあ? 私には視えないからね。――あきらには視えたようだよ』
婆様によると、あきらが大きな白い猫が視えた、と部屋に飛び込んで来たという。
眼をきらきらと輝かせながら、自分もあの猫が欲しいとねだったそうだ。
その猫は他の人のための猫で、あきらにはあげられないと婆様が説明すると、とてもがっかりしながらも楽しそうに言った。
『あのね、しましまのねこさんでね、すごくおおきくて、おとこのこがそのねこさんといっしょにねてたの! すごくふかふかそうで、きっときもちいいとおもったから、あきらもあのねこさんとあそびたいんだけど、それはだめなんだよ。おおきくなってもあのねこさんにはあえないの。だからあきらもほしかったんだ』
その話を聞かされた翌日、俺は四歳になったばかりのあきらを動物園に連れて行った。
『あきら、あれが虎だよ。猫じゃないんだ』
『……? あきら、しってるよ?』
『え? でもお前、白い虎を猫さんって……』
『だって、おとこのこがねこさんっていってたもん』
俺は思わず頭を抱えた。――動物園に連れて来るべきだったのは俺の姪じゃない、白虎が守護する子供の方だった。
小さな姪を抱きあげたまま唸る俺に、虎を指差しながら嬉しそうに言った。
『じゃ、ほんとはあのこのねこさんも、とらさんなの? いいなぁ、あんなにおおきくてかっこいい』
『……そうだな。あきらもいつか、その白虎に会えるのかもな』
何気なく口をついた言葉に、あきらがきょとんとした顔をする。
『それは、れいさんだよ』
『……は?』
すぐに幼い姪の興味は大きなキリンに移り、垣間見せた先見の予言は聞くことは出来なかった。
* * * * * *
曾祖母に続き、両親までも失った姪が小学五年になった頃だ。たまたま元バンド仲間全員がうちに泊まりに来ていた。
同じ組織にいるものの、ゆっくり飲む機会など中々ない。
シュウも交えて久々の勢揃いだった。
時に騒いで、時に真面目に語りながら酒杯を重ねていた。
突然、
幼い頃から変わらないゆるい癖毛は、無造作にうなじの辺りで束ねられている。
「柊耶、どした?」
カイが多少呂律も怪しく問い掛けた。
「――――黎くん、あきらちゃんが……」
最後まで聞かずに、俺は居間を飛び出した。あきらの部屋に向かい、ドアをノックする。
一瞬ためらってドアを開けると、中はもぬけの殻だ。ベッドの掛け布団が跳ね上げられたように斜めになっている。
「どうやら跳んだみたい。何かの光が追っていったから心配ないと思うけど」
俺に付いて来た柊耶が淡々と告げる。
(光……? あきらの守護たちも動いたなら、確かに心配は不要だろうけど……)
「いや、でももうこんな遅い時間だし……」
「黎くん、過保護すぎ。あきらちゃんはもう、立派に家業を手伝ってるんだよ」
「心配なら、八咫烏に映像繋いでもらおうぜ。いきなり飛び出すなんてよっぽどの事なんじゃねぇの?」
カイが両手を頭の後ろで組みながらゆっくりとした足取りでやって来る。
「ヤバそうなら俺たちが行けばいいんだし、まあちょっと様子を見ようや」
どこかの山中にある、古びた小さなお堂。
倒れた男の子が視える。
傍にしゃがみ込んだ俺の姪と、倒れた子に縋るように座り込んだもう一人の男の子。
(こいつ……白虎がいる!)
いつだったか、婆様が言っていた『白虎が守護に就いた子供』。それがこの少年なのか?
もう夜なので、読唇できる程には映像が鮮明ではない。それでもあきらがドーム状の小さな結界を作り出したのが確認できた。
「……あきら、何を始めたんだ?」
シュウの言葉にカイが低く呻く。
「…………さっきの少年、死んでなかったか?」
「僕にもそんな風に見えた。何があったかは分からないけど、呼吸は止まっていたようだね」
柊耶も腕組みしながら眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、あの中で何が起こっているの?」
怯えた声で問い掛けるシンの隣で、柊耶がぽつりと呟く。
「…………反魂……」
その単語を聞いた瞬間、俺は立ち上がり一瞬でかの地に跳んだ。
「――あきら!!」
小さなドームの傍に降り立った俺の頭上から声が降って来る。
《宮守の当主、止めてくれ、巫女が――》
「ナーガ、まさか、あきらは反魂の術を……」
《その様に言っておった》
「……マジか……」
一度失われた命を再び戻すことは、してはならない。そう婆様から言われていた。どんな反動があるか分からないからと。
唇を噛みしめた俺の肩にぽんっと手が乗せられる。
思わず振り返ると――
「……柊耶? お前、跳んで来たのか?」
小さく頭を横に振りながら、柊耶の眼が笑う。
「僕は跳べない。黎くんが跳ぼうとしてたから咄嗟にシャツの裾を掴んで付いて来たんだ。――落ち着こう、黎くん」
「あー……」
そうだったのか。そんな事にも気付かない程、俺は慌てていたらしい。
「やっぱり、さっきの子の魂を呼び戻そうとしていたんだね」
「……柊耶、お前、どうして分かったんだ?」
底が見えないような不思議な瞳が俺を見返す。
「何となく……亡くなっているのは分かったから、あきらちゃんならどうするかな、って思った。――凄いね、そんな事もできるんだ」
「いや柊耶、感心してる場合じゃなくて……」
「僕には視えないけど、さっき黎くん、誰かと話してたよね? その内容から推察すると、反魂術はやっぱり禁忌なのかな?」
驚きに眼を見開いて柊耶を見つめる。
(……こいつ、もしかして物凄い切れ者なんじゃ……)
わずかな情報から、きっちりと真理を見つけ出す。
恐ろしく勘がいいのもあるのだろうが、心底、味方でよかったと思った。
柊耶には視えないし、聞こえない。なのに柊耶は、幼い頃から確実に俺の周囲の状況を把握していた。
「……そうだな、太古の昔から反魂と錬金は人類の悲願なんだろうけど、成功した話は聞いた事がない。特に反魂は、全く違うモノを呼び出してしまうらしいと何かで読んだことがある」
「…………」
「さっき俺が話していたのは、宮守を守護している龍神だ。龍神が止めてくれと言っているって事は、かなりの禁忌なんだろうけど……あきらの結界は、俺には解除できない」
「……心情として? 物理的に?」
「物理的に、だ。俺とあきらの力は質が違うらしくてな。無理に破ろうとすると中身まで壊しちまう」
柊耶が大きく息を吸い込む。
「……それは……ヤバいね」
「うん、だから――」
きゅるきゅると微かな音が聞こえ、俺は慌ててあきらの結界に視線を移す。今の音は、結界が解除される音だ。
真っ白なドームが徐々に薄れ、さっき見た光景と寸分違わない位置で子供たちが座り込んでいた。
「あ……あ……あああああああ!!!」
白虎が守護しているはずの少年の喉から悲鳴が絞り出される。
あきらが慌てて手を差し出すが、その手は少年の身体に届く前に大きく弾かれた。
「黎くん、あの子、力が溢れて凄い事に……」
柊耶の台詞を聞くまでもない。
びりびりと身体に伝わってくる、力の奔流。
それは視る力を持たない柊耶ですら、思わず身体を庇おうとする程の衝撃だった。
俺は一瞬で白虎の少年の背後に跳んだ。後ろから左手で身体を抱き締め、右手でそっと彼の両眼を塞ぐ。
ぴくりと強張った身体から、ゆっくりと力が抜けるのを感じた。
「そう、力を抜いて。大丈夫だ、君の事は俺が護ってやる」
眼のあたりを抑えた俺の指の間から、暖かい涙が伝ってくる。
「…………黎さん……」
「あきら、反魂は【成った】のか?」
怯えたように俯きながら、小さく頷く。
「
「お前も落ち着け、あきら。反魂術の反動か……ナーガ、どう思う? この子の守護は白虎だろう? 白虎はどうしたんだ?」
《白虎はその子の内部で力を抑えようとしている。恐らく、力を制御することが出来なくなっているのだろうと考えるが……》
夜空に大きく浮き出した龍神も、狼狽えているように俺には見えた。
(力の制御が出来ない? でも、このままにしておく訳にはいかないし……)
思わずぎゅっと眉間に力が入る。
そんな俺を見つめながら、柊耶がゆっくりと近寄って来た。
「……その子、自分の力が抑えられない状態なの?」
「そうらしい。今は俺と――多分この子の守護霊獣が抑えているが……長くはもたないな」
柊耶が口元に手を当て、ちょっと首を傾げる。
「このままじゃ、この子の身体ももたないよね? ……あきらちゃん、この子の力、封印出来る?」
はっとしたようにあきらが柊耶を見返す。
「出来る……と思うけど……これだけの力だと、すぐに封印の効果はなくなる気がする。采希が意図的に力を使おうとしたら、今の自分が作る封印よりも采希の力の方が強いと思う」
ふーん、と小さく頷きながら柊耶が少年の頭を撫でる。
「采希、っていうんだ、そっか~……。――ねえ、あきらちゃん、だったら意図的に力を使おうとしなければ大丈夫ってこと?」
柊耶の言葉の意味を測りかねるように、あきらがちょっと首を傾げた。
「100%ではないけど……たぶん」
「……柊耶、何を考えてる?」
恐る恐る問いただした俺に、柊耶がにっこりと笑う。
「記憶、なければいいんじゃない?」
「「……は?」」
俺とあきらが同時に聞き返す。
「自分が持つ【力】を認識していなければ、力を使おうとは思わないんじゃないかなって」
「……それは、この子の記憶を消すってことか? そんな事が可能なのか?」
「僕には、出来るよ」
「……まさか、実力行使……じゃないよな?」
「……?」
「殴って記憶を飛ばす、とか?」
俺の少し怯えた声に、柊耶がくすくすと笑う。
「まさか、いくら何でもそれはないよ。親方がね、僕に伝授してくれたんだ。――暗示を掛ける。恐らく采希くん程の能力者なら、僕の暗示に更に力を乗っけてくれそう」
親方というのは、警備部門トップの呼び名だ。
「催眠暗示か? ……なるほど、それならあきらの封印と合わせて何とかなる……かな?」
問い掛けるように、空に浮かぶ龍神とあきらの守護をしている光を纏った存在に視線を移す。
《現時点では、それが最善かと》
《そうだな、人として普通に暮らすのであれば、その力も記憶も邪魔になる》
まだ何か言いたげな龍神と光の守護者に、大きく息をついて笑ってみせる。
「お前達が心配してるのは、この子の事よりあきらだろ? ま、先見の力が無くてもこれからも何とかなる」
《黎……気付いて……》
「……曲がりなりにも、当主と呼ばれているからな。その位は俺にも分かるよ。――じゃ、あきら、柊耶、この子を頼む」
* * * * * *
「で? 親方直伝の秘術はうまく効いたんだろ?」
眠そうに大あくびをしながらカイが尋ねると、柊耶が固い表情で黙って俯く。
「え……まさか失敗したの?」
シンが不安そうに言うのを咎めるように、カイがシンの肩に手を乗せる。
「柊耶に限って失敗はないだろう。――何を懸念しているんだ?」
「う~ん、効き過ぎたというか……采希くんに暗示を掛けたら、どう言う訳か、もう一人の子の記憶も飛ばしちゃったみたいなんだよね」
「どう言う事だ?」
困ったように口元に手を当てながら話す柊耶に、シュウが首を傾げる。
「わかんない……。それに、どうやら他にも繋がっていた感じがするんだよね……」
柊耶の説明は時々、言葉が足りずに理解が追い付かない。
今も元メンバーの顔には疑問の表情が見て取れる。
「あ~……あのな、力を封印するためにまず采希少年に暗示を掛けた。そしたら暗示に掛かった采希少年が、無意識に傍にいた子にも暗示を掛けたらしいんだ。その後、あきらと龍神が力を封印して彼らを宿舎まで送っていったんだが……心配して外でうろうろしていた別の子にも同様に、その少年は暗示を掛けたようなんだ」
俺の説明に、シンが難しい顔で応える。
「……その子、そんな力があって、それでも普通の家庭に育ってるの? 危険な気がするんだけど」
「まあ、だからこそ白虎なんかが守護してるらしいけどね」
溜息まじりに告げると、カイが反応した。
「うちの組織に引き込んじゃえば? その方が安全だし、その子のためにもいいんじゃない?」
「……あの子は……」
言いかけて、ちょっと考え込む。
(どうも、組織に組み込まれるタイプじゃない気がするんだよなぁ……。何か必要があって預けられた力を白虎が護っているように思えたし、ナーガとミシェールも何か隠しているみたいだった)
姪のあきらが抑え込めない程の力。それも、どうやら俺に近い系統らしい。
(だから俺には抑えられたんだろうけど……)
柊耶が暗示を掛けた瞬間、彼――采希の眼が金色に見えた。
口の中でぶつぶつと何か呟き、ふと横に倒れていた少年に視線を移した。
気を失っていたはずの少年がゆっくりと眼を開け、はっきりと声に出した。
「わかった、采希」
これには催眠暗示を掛けていた柊耶も硬直するほど驚いていた。
ゆっくりと采希の意識が浮上してくるのを確認した俺は、そのまま柊耶を抱えてこの屋敷に戻って来た。
混乱状態だった白虎の少年は、おそらく俺と柊耶のことは認識していないはず。記憶が戻っても思い出すことはないだろうと考えた。
それでも、何かのはずみで自分の力が暴走した事を思い出させるのは良くないだろうと言うカイの意見に賛同し、今夜の出来事はあきらが一人で成し遂げたことにしようと一致した。
その後の事は俺たちの後から帰って来たあきらに翌朝、確認した。
宿舎の外で白虎の少年たちを探していた弟も『わかったよ。朝までには忘れるね』と言ってにっこり笑ったそうだ。
『もし自分がそんな状態になっても、無意識にそんな事は出来ないと思う。采希にどれ程の力があるのか――黎さん、巻き込んだのは間違いだった? もしかして……封印なんて、取り返しのつかない事をしたんじゃないだろうか……』
俺に反魂術を行使できる力があったとして、同じ状況になったら俺の行動も同じだったと思う。
あのまま琉斗と呼ばれた少年を死なせていたとしたら、采希の精神が正常に保たれていたとは思えなかった。
一族唯一の巫女としての一番重要な能力を失った俺の姪は、自身の事よりも彼の事を気遣っていた。何となく、俺にはその事が嬉しかった。
「もともと采希の力が大きかったから、柊耶の暗示にも強く反応したんだろう。お前のせいじゃない。俺でも魂を追えるなら追っただろうと思ってる。……それより先見の力を失った対応をどうするかだな。顧客よりも親類どもの方がうるさそうだ」
「――? 黎さん、本当に力は消えたんだと思うか?」
「……どういう意味だ?」
「夢を、見た。普通の明晰夢とは違う、確かに先見の夢だった」
「……」
「黎さんを公家風の怨霊から助けるらしい。だけど、今の黎さんよりもずっと若い気がした。だからちょっと不思議に思った」
「……だったら先見の予言じゃないだろ。公家風の怨霊なら何度か対峙してるし、昔の夢を見たんじゃないのか?」
「確かに先見の夢と同じ視点だった。過去見の力は無いし、新たに発現したとも思えない。それに、蓮の結界を使ってまで黎さんを助けた事はなかったと思う」
「…………それ以外に似たような昔の夢を見た事は?」
「今のところ、ない」
あきらは鮮やかに彩られた明晰夢をよく見るらしい。
先見の夢はそれとは違い、複数視点から同時に眺めるような仕様になっているという。
何故その夢に俺の昔の姿が映ったのかは分からないが、何か意味があるのかもしれない、とは思った。
「ナーガもミシェールも、力は失われたと断言したからな。先見の夢のように見えたとしても、出て来たのが昔の俺なら、それは先見じゃないんだろう」
「そう、なのかな……先見以外であんな仕様の夢を見たことはないし、うーん……」
ぱたりと卓に顔を伏せるあきらの頭をそっと撫でる。
まだ疲れているだろうし、かなり気も張っていただろう。
卓に頭を乗せたままあきらが顔だけを俺に向ける。不安そうに結ばれた口から、ふうっと息を吐いた。
「……采希、大丈夫だろうか。柊耶さんの暗示は信頼しているけど、あの力の大きさだと何か危険が迫ったら白虎は勝手に発動するってナーガも言ってた」
「まあ、そうだろうな」
あっさりと同意した俺に、あきらは少し頬を膨らませて考え込む。
「そんなに心配なら、必要な時には八咫烏の眼を貸してやる。だけど、大丈夫だと思うぞ。あの少年の暗示、恐ろしく強力に効いていた。もう一度、あの場所に来れば思い出す可能性は高いけどな。――どうやら、俺と同じくサイコメトリーが出来るようだから」
「眼……そうか、危険な事に遭わなければいいのか。だったら常時……いや、危険時にだけ発動する結界を。それだとこまめに張り直す必要があるか。だったらいっそ封印に
ぶつぶつと不穏な事を呟き出したあきらを、俺は頬が引き攣れるのを感じながらそっと覗き込む。
「もっと、力が必要だな。これじゃ全然足りない。黎さん、もっと力をつけたい。必要な時に必要な人を護り切れるくらいに」
まだ幼さの残るその顔に決意を張り付け、俺の姪が宣言する。
すでに化け物じみている自分の力を自覚する気もない巫女さまを前に、俺は思わず大きな溜息をついた。
(これ以上の、力を? 勘弁してくれ……婆様、助けてくれねぇかな)
俺の苦悩は、まだまだ序章のようだ。
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