第63話 軽挙妄動

 榛冴はるひが淹れたお茶を那岐なぎが一口啜ると、凱斗かいとが那岐を促した。


「――で? 采希さいきの何がバラバラだって?」

「多分、身体と魂――魂魄が」


 凱斗の問いに、那岐は即答する。


「身体から意識が離れてる状態ってこと?」

「そうだよ、ハル」

「それだけで、全く気配を消すことなんて出来るんですか?」

「それだけじゃ、無理だと思うよ、陽那ひなさん」

「まだ、あるのか?」

「おそらく、身体と魂魄、両方が麻痺させられているような……そんな状態なんじゃないかな。そうでなかったら兄さんは、何とか僕らに連絡すると思うんだ。琥珀さんたちもいるしね」

「だったら紅蓮が琥珀と繋がれないのは何故だ?」

「兄さんから引き離されている、かな?」


 那岐の言葉に、全員が首を傾げる。

 言葉に出してはみたものの、那岐にも自信はなかった。


「身体はまだしも、魂魄を麻痺させるって……そんな事、出来るの? 相手は采希兄さんだよ?」


 訝し気な榛冴を、那岐も少し不安そうに見返した。


「僕らのような力が、身体と魂魄のどちらに宿っているのかは僕にも分からない。だけど、身体と魂魄を切り離して、それぞれを封じてしまえば、通常状態の采希兄さんを相手にするよりは容易いかなって、そう思ったんだ」


 琉斗りゅうとと榛冴が、嫌そうに眉を顰める。

 凱斗は眼を閉じて一瞬天を仰ぎ、ふうっと息を吐いた。


「封じるって……采希にそんな術が効くのか?」


 那岐はちょっと考えながら宙に視線を彷徨わせる。


「采希兄さんなら、身体も魂魄もそんな術には簡単に掛からないと、思う。……だけど、直接ではなくて……例えば、術を掛けた何某なにがしかのモノで身体の周囲を覆ったら?」


 全員が一斉に固まった。


「――那岐……どうしてそんな事がわかるんだ?」

「僕なら、そうするだろうって思ったから」


 那岐は心から、采希が味方でよかったと思った。あれ程の力を持ちながら使いこなせずに持て余している。

 なのに、上手く使えない状態の采希にすら、那岐は全く勝てる気がしなかった。

『自分なら』と、そう言ったものの、自分では采希を抑える事はできないだろうとも思っていた。


「で、那岐? お前はどうやって采希を捜そうと思ってるんだ?」


 凱斗に聞かれ、那岐はちょっと自信なさげに視線を逸らした。


「――魂の、色の方を追おうかと思ってる。身体は眠っていたり麻痺させられたりしたら【気】が弱くなるけど、魂の色は不変だと……たぶん」


 榛冴が小さく溜息をついた。


「那岐兄さんでもそんなに自信がないの?」

「…………魂まで、何かに覆われて隠されていたら……捜せないかもしれないな、って」


 凱斗が頭を振りながら腕組みをした。


「身体は何かに閉じ込めておけるかもしれないけどな。魂を閉じ込めるなんて、出来ないんじゃないか?」

「いや、そうでもないかも」

「は? だって那岐、どうやって……」

「目に見えない魂魄でも、【呪】でなら縛れるんじゃない?」


 陽那以外の三人が一斉に息を飲んだ。

 呪術のスペシャリスト、瀧夜叉姫は采希の中にいる。采希が抱えている眷属たちの誰とも繋がれない今、その呪を目指して捜索することは出来ない。


 陽那はただ一人、魂魄を縛るにはどんな呪なら可能かを懸命に考えていたが、那岐が小さく頭を横に振るのを見て悄然と俯く。

 本当に采希の魂が呪で縛られているのなら、その魂を見つけ出す事はほとんど不可能ではないかと那岐は思っていた。


(采希兄さん……)


 静まり返った居間で、榛冴は那岐から立ち上る気配を感じて眼を見張った。見た事もないような朱金の気が那岐の身体を覆っていた。


(――それでも。僕は兄さんを見つけ出す)



 * * * * * *



「よお、久し振りだなぁ。――起きろや。今、身体に戻してやるからよぉ」


 采希の感覚は聞き慣れない声を捉える。

 鼓膜ではない、空気の振動を脳が直接読み取っているような、おかしな感覚だった。

 采希の意識は再び徐々に浮上する。


「おい、お前ら、この箱の電磁波を切れ。そこのお前はケースの鍵を開けるんだ。フラスコの方も解除しろ。――これで魂が身体に戻るはずだよな? あ? 許可? こいつを捕まえた功労者のオレが言ってんだぜ? いいから言う事聞けや。こいつの魂を器に戻せっての。さっさとしろ!」


(誰だ? 魂を、戻す? 何のことだ)


 ふいに采希は、ずしりとした身体の重みを自覚した。


(あ……俺の、手? ……動く……ここ……瞼、重い。開けて、様子……確認……身体、重……)


 何やらおかしな臭いがしたと思うと、急激に身体の感覚が戻ってきた。意識も刺激されたようにはっきりとしてくる。


「ほら、動けるようにしてやったぜ。さっさと起きろ」


 今度はきちんと采希の鼓膜が音を捉えた。

 聞き覚えのない声に訝しみながら、采希は瞼を無理矢理こじ開ける。

 視界に入ったのは――采希の身体が横たえられていたのは、透明な細長い箱の中だった。


(ガラス……? いや、もっと硬そうだ。まるで棺だな)


 腕を伸ばして棺桶のような箱の上部を押し上げる。透明な蓋は簡単に開いた。


「へぇ、本当に動けるのか。――なるほど、あいつが警戒する訳だ」


 声の主の方に視線を向ける。

 采希が意識を失う直前に見た、ニット帽にサングラス。派手めの色彩の服を着た男。


「覚えてるか、上代? もう6~7年前か? お前にボコボコにされたっけなぁ」


(6~7年前? ……高校生……?)


 采希は記憶を探る。

 ボコボコにした相手は確かに何人かいたが、男の口調からは自分一人が相手だったように聞こえた。


「思い出せないのか?」


 そう言いながら、ニット帽の男がサングラスを少し降ろす。


(――?!)


 目元を覆っていたサングラスから現れたその眼は、ヒトの物とは思えなかった。


「……おま……」

「やっと思い出したか?」


 采希は自分が目にしたその異様な眼球に鳥肌が立った。

 白目の部分は限りなく黒に近いグレイ。虹彩は銀色で、瞳孔が見当たらない。

 こんなヒトではない風体に覚えはないが、その顔の造作と笑い方には覚えがあった。



 学校からの帰り道、すっかり暗くなった道を急いでいると、日中でも人通りのほとんどない路地裏から聞こえた、くぐもった声に気付いた。

 何事かとビルの間の狭い路地を覗き込むと、女性の脚と男の背中が見えた。男が誰かを押し倒している。

 くぐもった声は、女性の悲鳴だった事を察した采希は男に飛び掛かった。



「せっかく、ヒーローになれるところだったのになぁ? 女は逃げ出して名乗り出ることもせず、お前は傷害の現行犯でしょっ引かれたんだもんな。なのに、なんでお前は拘留されただけでのうのうと生きていやがるんだ? ……オレの腹が治まらねぇんだよ」


 思い出すまでもなかった。采希が一時期人間不信に陥った事件だった。

 女はいつの間にか逃げ、采希は警察に連行された。どんなに説明しても初老の警察官には信じてもらえなかった。

 絶望しかけたその時、碌に事情も知らないはずの凱斗たちが救いの神を連れて警察に駆け込んで来た。

 ――目撃者だった。

 路地に連れ込まれる所を見た人、逃げ去る被害者を目撃した人、そして、ビルの階段に面した窓からほんの一瞬悲鳴を聞いた人。

 もう遅い時間だったにも関わらず、凱斗たちは走り回ってそれらの人々を捜し出し、証言してもらえるよう説得してくれたと聞いていた。


 あの日から、采希は自分の中の正義感を封じ込めるようにして生きてきた。


「お前、その眼……」

「ああ、これか? 契約の証だ。中々だろ?」


(――契約? それって……)


 こんな眼が契約の証なら、その相手は間違いなくに属するモノだと采希は思った。


「さあ、思い出話はこれくらいにして。――ケリ、つけようぜ」


 きゅっと采希の眉間に力が入る。


 あの日のケリをつける。それは、御多分に漏れず、八つ当たりと言われるものだ。

 女を襲おうとしていた自分の行為を棚上げし、采希を逆恨みしているだけだった。

 何を言っても聞く耳は持たないだろうと判断した采希は、透明な棺からゆっくりとコンクリートの床に足を降ろした。薬の影響か、身体がフラついた。


(この状態で……ヤバいな)


 相変わらず、采希の中に守護たちの気配はなかった。

 嬉しそうに采希に拳を繰り出すニット帽が、スローモーションで殴りかかって来た。

 ぎりぎりで躱すが、采希の身体は思うように動かない。


(とりあえず……那岐、聞こえるか?)


 弟の返事を待つ間もなく、ニット帽から何かの気配が揺らぎながら立ちのぼった。


「ヒトの念では縛れない、か。あいつの言ったとおりだな。では、これならどうだ?」


(――は? 何のこと……)


 ――ぷつん。


 視界が暗転する。唐突に、采希の眼はその機能を止めた。

 視覚だけではなかった。采希の身体のあらゆる感覚が遮断された。

 腹部に鈍くて重い衝撃が走る。采希の胃が内容物を吐き出した。

 頬にも何度も衝撃が加わり、その度に采希の頭部が左右に揺さぶられる。なのに痛みは全く感じない。

 ただでさえ足元が覚束ない状態の采希は、堪らず膝を付く。

 いつもの采希なら、眼に映らなくとも気配で分かるはずだった。なのに、今はそれすら当てにはならなかった。



 かすかに空気が変わったような気配を感じ、采希の感覚は、再び軽くなる。


「なんて事を! 絶対に身体に戻してはいけないとあれほど! 人の話を聞いていなかったの?!」


 身体の重さから解放されると同時に采希の頭に響いた声があった。

 どこかで聞いた気がするような女性の声。音量に波があるように不安定だ。


「聞いてましたぁ。でもさ、オレがそうしたいって言ったんだから、いいだろ?」

「良くない! たとえ一瞬であっても、この人の力は開放してはならない……」


 聞こえていた声に、ざあっというノイズが入る。


「もう一度――流して――今度こそ――完全――捕え……」


 そうか、と采希は理解した。


(俺の身体と心は、また引き離されたんだ)


 力を使えないようにと縛られ、そして守護から切り離された。


(琥珀……ヴァイス……一体、どこに……?)



 * * * * * *



「――!! 捕まえた! 采希兄さん!」


 采希の呼び掛けを捉えて叫んだ那岐の視界に、あり得ない光景が入った。

 和太鼓のような音が聞こえたと思った途端、琉斗の身体から大きな青い炎が上がる。

 そして、その表情を認めた那岐は瞬時に気付く。


(琉斗兄さん? 怒って……マズい! 跳ぶ気だ!)


 那岐は慌てて琉斗の背中に跳び付く。


「りゅう……どあああああああああああ」


 琉斗の背中にしがみ付いたまま、那岐の身体はどこかへ運ばれて行く。身体がバラバラになるような痛みと共に。


「那岐さん!」


 陽那と榛冴が慌てたように手を伸ばす姿が、すぐにブレて見えなくなった。




「――どこだ、ここは? 采希はどこにいる?」


 全身から盛大に青い炎を上げながら、見た事もないような形相の琉斗が仁王立ちしていた。

 那岐は身体の痛みに耐えながら顔を上げる。


「分かりません。琉斗兄さんがいきなり跳ぶから――」

「俺が? お前の力じゃないのか、那岐?」

「違いますって。……いたた……どんな跳び方したらこんなに身体中ぼろぼろになるんすかね」

「――は?」

「いや、いいです……」


 那岐に采希の声が聴こえたのは一瞬だった。

 那岐はその声を――声が発せられた場所を捉えた。

 実際にどこの場所なのかを特定する余裕などはなかった。だが琉斗は、那岐の感覚を読み取ったかのように、ほぼ正確にその場所へと跳んだ。


(こんな事、僕にだって出来ないのに……)


 あの状態で那岐に出来るのは、せいぜい意識だけを飛ばすことだった。


(ああ、一度だけ、采希兄さんの所に跳んだ事があったっけ。でも……琉斗兄さんがきちんと跳ぶ方法を知っているはずは……)


 身体中が軋んでいるような気がした。那岐は自分も采希も、跳躍してもこんな状態にはならないと知っていた。

 ましてや、跳んでいる最中にまで身体がバラバラになりそうな痛みを感じるとは思ってもみなかった。


 自分と琉斗の力はどこか違っているのではないかと考えながら、那岐は痛みを堪えて座り込んでいた草むらから立ち上がる。

 大きく息を吐きながら周りを見渡すと、どうやら常緑樹の森のようだ。見える範囲に建物らしき物はない。


「――あ~……どうしてここに、着地したんだろう?」


 那岐がぼそりと呟く。


「何も……ないように見えるが」

「僕にもそう見えるよ、琉斗兄さん」

「では、何故ここだったんだ?」

「…………だから、跳んだのは琉斗兄さんでしょ? 僕が導いた訳じゃ――」


 ふいに那岐の全身がぞわりと粟立った。


(なんだ、この気……。良くないモノ……危険なモノ……何かが近くに……)


「……うるさいな」


 唐突に琉斗が呟く。

 森の中は奇妙なほどにしんと静まり返っている。

 何がうるさいと言うのだろう、と那岐は思った。同時にこんなに深い森で何の生き物の気配もない事に気付く。

 そのせいか、那岐はこの場所がとても不快に感じた。湧き上がってきたのは『ここは生き物がいてはならない場所』という思いだった。

 自分の中に浮かんだ思いに、那岐は思わず眉を顰める。


「これは何の音だ、那岐?」

「……音? え? 琉斗兄さん、何を……」

「だから、さっきからずっと何かの音が聞こえるだろう? 耳障りな音だ。……一体、何の音なんだ?」


 那岐には、何も聞こえなかった。風がないので、葉擦れの音すらも聞こえない。


「えっと……どんな風に聞こえる?」

「――そうだな、チューニングされていないラジオに掘削工事の音が混じったような……」


 那岐はモスキート音のような物を想像していたが、琉斗から告げられた内容に首を傾げる。

 仮にモスキート音なら那岐には聞き取れるはずだった。だが琉斗の言うような音が那岐には聞こえなかった。


「琉斗兄さん、ずっと聞こえてる?」

「ああ、そうだな。ここに到着した時からずっとだ」


 何だろう、と那岐は考え込んだ。琉斗にしか聞こえない音。


「あ!!」


 急に声を上げた那岐に、琉斗がびくりと反応した。


「どうした、那岐?」

「琉斗兄さん、その音って、聞いているとどんな感じ?」

「どうって……不愉快、だな。この場から立ち去りたい気持ちになるが」


 そういう事か、と那岐は破顔した。


「ありがとう、琉斗兄さん! だったらここで正解だ!」

「……何のことだ?」


 怪訝そうに眉を顰める琉斗に、那岐は嬉しそうに笑いながら肩を叩く。


「琉斗兄さんが不快に感じたその音、僕には全く聞こえないんだ」

「…………うん」

「なのにね、聞こえないのに、僕はこの場所が不快だって思った」

「……そうか」

「だからね、僕のには聞こえないだけで、僕の脳や心はその音を聞いていると思うんだ」

「…………えっと……」

「だから、この場所で正解」

「……あの、那岐?」

「その音は、ここら一帯に人を寄せ付けないための措置だよ」

「……あ~……那岐……」

「こんな森の中なのに、鳥の声すら聴こえないなんて、変だと思った。――そうか、やっと分かった!」

「…………」


 眼を瞬かせている琉斗に、那岐はもう一度笑ってみせた。


「ここで間違いない! さ、琉斗兄さん、采希兄さんを見つけよう!」



 * * * * * *



(うるさいな……)


 采希の意識が半覚醒のままぼんやりと考える。

 実際に耳が捕えた音ではなかった。

 ざらざらとした感じの、心を苛立たされるようなノイズ音がずっと聞こえている。

 時折、会話のような音が聞こえるが、何を意味しているのかまでは聞き取れなかった。


(――何か、俺の力を起動させないための妨害みたいな術を施されているって事か? 俺の身体、棺みたいなケースに入れられていたし……あのケースが乗っていた台、何かの装置みたいだった……)


 ゆらゆらと漂うような感覚の中、采希は自分がきちんと考えていることに気付く。

 さっきまでの途切れ途切れの思考ではなかった。


 そう言えば、どうやって自分の身体と意識を分離したんだろう、と考える。これまでも何度か意識が身体から離れたことはあったが、どれも自分の意思ではなかった。

 意図してこんな事が出来るような存在がいると言う事か、と思い、さっきのニット帽の異様な眼が頭に浮かんだ。

 捕らえられてから、どのくらいの時間が経ったのかは分からないが、家族は心配しているかもしれないと思った。


(咄嗟だったけど、那岐に届いたかな……)


 うまく那岐に届いたとしても、自分の居場所を伝える術はなかった。

 自分から引き剥がされた守護や武将たちもどこにいるのか分からない。


(まさか、野に放たれたりとか……でもそれなら黎さんとか誰かが見つけてくれそうだ)


 ……りん。


(俺と同じように捕らえられて何かの術を施されたとしたら……それって俺には解除できないのか?)


 ――ちりん……


(……? とにかく今の自分の状態くらいは把握したいけど……)


 ――りぃん……


(……あれ? 今の音、普通に聞こえたような……)


 ――りぃぃぃん……


(――この音、神楽鈴……?)


 ――しゃらん


(ああ、やっぱりそうだ。でもなんで聞こえたんだ? ……他の音と違ってきちんと……)


 ――しゃん、しゃらん


(――あきら?! この鈴……あきらだろ?)


 半覚醒状態のまま漂っていた采希の意識が、急激に覚醒する。

 采希の視覚が光を捉え始め、周囲の風景が徐々に鮮明になり、聴覚が音を捕える。


 そこはどこかの研究室のような機械類に囲まれた白い部屋だった。

 白衣の女性が機械の傍で何かをチェックしている。他にも数人の白衣の男が見えた。

 ニット帽は部屋の隅の椅子で憮然とした様子で足を広げて座っている。

 采希の視覚は部屋中の様子を全方位カメラのように映し出していた。


 部屋の中央で透明な棺に横たえられた采希の身体は、顔に痛々しいほどの痣をつくっている。その棺の下は配線が巡らされ、強力な電磁波を発していた。


 采希の意識の周りは、透明なガラスの大きな球体のようなモノで囲まれていた。その周囲には黒い鎖が巻かれているように見えた。

 その鎖はゆっくりと動いており、よく見ると小さな黒い文字が連なって、球体の周りを回っていた。


 それは普通の視覚では確認できない呪の鎖だった。采希の意識はその鎖をぷつりと断ち切る。



「――!! 【呪】が……消える? ちょ……マズい! 誰か!」


 モニターを覗き込んでいた白衣の女が慌てて振り返り、采希の意識が捕らえられている方を見た。同時にガラスの球体が粉々に砕け散る。


「危ない!! 至急、避難してください!」


 白衣の男が女を庇うようにして部屋の外に飛び出して行った。


(さて……どうやって身体に戻るんだ?)


 球体から解放された采希だったが、不思議なことに自分の身体の傍に近寄れなかった。


 部屋の隅で、ニット帽がゆらりと立ち上がる。

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