第16話 下賜の所以
気付くと、
天も地もわからないし、周囲の様子もよく見えない。
(……俺、死んだのかなぁ?)
発熱して動かない身体を無理に働かせた。相当な無茶をしたと自分でも思っていた。
だけど、あの状況でみんなを助けるには他に方法がなかっただろう。だから、後悔はしていないと思った。
自分が死んだのだと納得するのは、やはり少し怖かった。
あの蛇は、采希の力を欲していた。
それは龍やその姫から聞かされていた『力を求めて寄ってくる』という言葉を裏付けていたと、采希は納得していた。
ならば、自分が居なければそういうモノは寄ってこない、と言う事ではないのか。
自分という餌がなければ、那岐たちもこんな怪異にはそうそう出逢わないだろう。
那岐は元々霊に対抗出来る力を持っているし、
そこまで考えて、采希は
双子の兄とは真逆の、憑依体質。
どうせ自分が死ぬのであれば、消えてしまう自分の力を琉斗に渡すことは出来ないんだろうか、と考える。
それは采希には、名案のように思えた。
琉斗なら、自分よりも器は大きいだろう。身体も、精神も。
そもそも、なぜ、この力が自分に与えられたんだろう。
――器に見合わない、強大な力。
《そのために、白虎がいる》
采希の頭の中に、声が響く。
(……サーガラ?)
《白虎を上手く使えるようになれば、お前の負担も軽減される。白虎はお前の力に従って動く。自分で力を使うより効率がいいのは気付いているだろう》
「あー、それは……そう言われたものの、どうも上手く出来なくて。俺には大きすぎる力だから、誰かが白虎を付けてくれたってことなのか?」
《違うな。むしろ、白虎を扱える器量があるから、力を与えられたのだと思うが。もっと自信を持ってはどうだ》
「でも、結局こうして死にかけてるし。俺じゃ、ダメなんじゃないのかって思ってるんだけど」
《どうもお前は自信が持てないようだな。その徹底した自虐的思想の原因は何だ?》
「…………」
そこまで卑下しているつもりはなかった采希だったが、もしかしたらこれまで龍と接触するような人間は、みんな自信満々なタイプばかりだったんじゃないかと思った。
自分に自信のない霊能力者とか、あまり商売にならなさそうだ。
ふいに采希の目の前に、ぼんやりとした映像が浮かぶ。
次第に鮮明になったそこに映し出されたのは、さっきまでいた自分の部屋だった。
部屋の真ん中で横たわった采希の身体にしがみ付き、号泣している琉斗。
那岐は、小さく蹲るようにして泣いている。
(凱斗がいない?)
采希が視点を移動させると、
母親の青い顔を見て、采希は申し訳なく思う。
息子に先立たれる気分って、どんなだろう、と心が痛んだ。既に母は、伴侶も失っているというのに。
(俺が父さんの分まで頑張るんだ、って思ってた時期もあったのにな。何してんだ、俺は)
《なぜそんなに自分に自信が持てないのか、尋ねてもよいか?》
再び、龍の問い掛けが響く。
「俺の周りには、常に弟や従兄弟たちがいてさ。俺、何をしても他の四人には、敵わないんだ。例えば、俺でも勉強は結構得意だったんだけど、本気を出した凱斗には敵わなかった。身体を動かすことも琉斗や那岐には及ばない。人付き合いって点においても凱斗や榛冴の方が上だ」
《お前の周りの者たちは、そういった事で優劣をつけていたのか?》
少し考えて、ため息をつく。
「いや、少なくとも母さんたちは俺たちを平等に扱ったし、誰かと比べられる事もなかった。でも俺は強くないから、勝手に比べて勝手に絶望して……。何もかも嫌になって、考えることや努力することを投げ出したんだ。……力を持つにはふさわしくない。こんな大人になるって分かっていたから封印したんじゃないのかって、そう思ってるよ」
自分には、突出した、人に誇れる特技もない。
凱斗たちに嫉妬した訳ではなかったが、自分は
だからこそ、自分に与えられた力の理由が分からなかった。
(俺は、そんな大層な人間じゃない)
《いや、封印は、純粋にお前の身体の負担を考えた結果だと思うが。お前ならその力を使いこなせると、だからこそ、お前が自覚することが封印の鍵の一部になっているのだろう》
龍が慰めようという意図で言っているのではない事は、采希にも理解できた。
いずれにせよ、もうそんな悩みも終わりだけどな、と采希は自嘲気味に笑みを作る。
「最後に教えて欲しいんだけど、俺の力を誰かに移し替えることは出来るか? 分けるんでもいい」
《移し替える? 自分の力を分け与えるのは、出来なくはないが》
「俺の従兄弟で一人、憑かれやすいのに力を持たないヤツがいて……」
《
「そいつに、身を護るための力をあげたいんだ。俺が死ぬなら、おかしな奴らに狙われない程度の力を渡せないかなって思って。方法があれば教えて欲しい」
《命が消える前に力を移す事は、できる。だが采希、お前はまだ命運が残っている》
「……え?」
《まだ、死なん》
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
采希は戸惑いながら、浮かんだままの映像を見つめる。
「……あの様子だと、俺の心臓、止まってないか?」
《止まっているな》
「なのに、まだ死んでないのか?」
《身体はボロボロだがな。戻ったらかなり苦しいだろう。覚悟を決めて戻るのだな》
「戻るって……うおっ!」
いきなり足元の感触がなくなった。不安定に揺れたまま、空中に浮いているかのようだ。
《いつでも力を貸そう。忘れずに、呼びなさい》
「……ちょ……待っ……力を分ける方法……」
《【気】を交わせばよい》
「……は? ……気って……おい! うぁぁぁぁ!」
采希の言葉を待つことなく、急激にブレる視界。
頭部から足元に向かって風が吹き抜けていく感覚で、身体がどこかに飛ばされているのがわかった。
(毎回、もう少し静かに戻してもらえないもんかな……)
――どっくん。
心臓が鼓動を再開する。
ただの鼓動なのに、ものすごく、痛い。思わず采希の口から苦痛の呻きが漏れる。
その声に、采希の身体に縋っていた琉斗が気付いた。
身体を震わせながら采希の顔を覗き込むと、大きく眼が見開かれた。
「……さい……」
「きったねー泣き顔だな」
苦痛に顔を歪めながら采希が発した声に、周りにいた全員が一斉に寝ている采希の身体に圧し掛かり、歓声を上げる。
「……采希……お前……」
「あ、母さん、ただいま」
まだ涙を目に溜めたまま、くしゃりと顔を歪めて朱莉が采希の両の頬を思いっきり左右に引っ張る。
「重いし……って、痛い! 痛い痛い……ちょ……ごめんなさい!」
那岐も采希の首に抱き着いて、首の辺りに顔を埋めるようにして泣き出した。
「采希兄さぁん……」
「那岐、ごめんな。みんなもごめん、心配かけて」
榛冴は頬を膨らませながら、凱斗は笑いながら、まだ泣いていた。
「……采希……」
琉斗が、頭を下げる。
「いつも、俺のせいで……。すまない……俺は……」
采希は琉斗の言葉を遮るように、左手を琉斗の顔の前に翳した。
「琉斗が憑かれやすいのは、体質だって言っただろ。体質に文句言ってもしょうがないじゃん」
やっと琉斗が采希の顔を見る。
「悪いと思ってるなら、今後は二度とあんな無謀な行動はやめろ。俺たちもいつでも対処できて解決するとは限らないんだ。……頼むから」
眼を見開いた琉斗は、真面目な顔で大きく頷いた。
* * * * * *
「采希兄さん、ここにいたの? まだ、やっと起き上がれるようになったばかりなのに」
那岐の声に、采希は首だけで振り返る。
「フラついて縁側から落ちたりしないでね」
「うん、もう少し。風が気持ちいいんだ」
縁側に座って庭の方に降ろした片足をぶらぶらさせながら、もう一方の膝を抱えて座る采希の隣に、那岐が座った。
「榛冴がね、あの子、すっかり元通りだって。本人は全く覚えていないらしいけど」
「いいんじゃないか? あんなモノに憑かれていた事なんて、覚えていない方がいい」
「うん、僕もそう思う」
「……もう二度と神様クラスの相手はごめんだ」
「そう言えば、あのお稲荷様から榛冴に贈り物があったのは聞いてる?」
采希は微妙な顔で頷いた。
「嬉しそうに見せに来た。あれ、
管狐といえば、いつの間にかその数が増えてやがては術者の家を滅ぼす、と言われている。ましてや、未熟な術師ではうまく扱う事も困難だ。
「どうやら、期間限定で貸してくれたみたいだよ」
「期間限定?」
「榛冴が『
「へぇ、そりゃまた、随分親切だな。榛冴より、もっと必要なヤツがいるんじゃないか?」
「それがさ、ダメみたい」
那岐が少し俯きがちに首を横に振る。
「琉斗兄さんを、管狐が嫌がって……」
「……あ~、そうなのか」
どうして管狐が嫌がったのか、那岐にも分からなかった。
凱斗の手の平には自ら乗っていた管狐は、琉斗が近寄った途端に榛冴の背後へと逃げ出した。
とても傷ついた表情の琉斗に、どう慰めていいものやら那岐は本当に困った。
凱斗が笑い話にしてくれなければ、那岐と榛冴は今でも琉斗と顔を合わせづらかっただろう。
――風が、ざぁっと通り過ぎる。
二人の前髪が風でかき上げられた。
「那岐、龍神が言ってたんだけど」
「うん?」
「俺の力を、誰かに分けてあげることが出来るって。気を交わすって、何だ?」
「……力を、分ける? 『気を交わす』は、気を交換することかな?」
そう言いながら、那岐は腕組みをして視線を庭の隅の方へ向ける。
「気の交換?」
「多分。どうすれば気を交換できるのかは知らないけど」
「……だよな」
「お婆ちゃんなら、知ってるかなぁ?」
「まあ、いつか龍神に聞いてみるか。急にこっちに戻されてきちんと聞けなかったしな」
「…………うちの息子は、一体何を始めたんだ?」
朱莉が訝し気に眉を寄せながら食器を両手に立ち尽くす。
母屋での夕食後、那岐を隣に従えて、采希と琉斗が向かい合って正座していた。
采希は眼を閉じて琉斗に両手の掌を向け、何やら唸りながら力を込めている。
榛冴は既に自室に退避しており、凱斗はごろりと横になってテレビを眺めていた。
「ああ、母さん。采希兄さんの力を琉斗兄さんに移す実験だよ」
にこにこと答える那岐に、朱莉はどう対応すればいいのか分からず戸惑う。息子の言葉が通じなくなったような錯覚がした。
そんな朱莉の背後から妹の蒼依が顔を覗かせた。
「えー? 力を移すとか、出来るの?」
「龍神の話では可能らしいんだよ、蒼依さん。『気を交わす』といいって言われたんだけど、具体的にどうすればいいかよく分からないから、色々試してみているんだ」
「……そっか、大変そうだねぇ」
頬がひくっと引き攣れるのを両手で押さえながら、蒼依はそそくさとキッチンに駆け込んだ。
「…………采希、大丈夫か?」
琉斗が遠慮がちに声を掛けると、采希は大きく息を吐き出した。
「あー……那岐、どうだった?」
采希に問われ、那岐は申し訳なさそうに首を横に振る。
それを目にした采希は、がっくりと項垂れた。
ずっと彼らの様子を眺めていた朱莉は、持っていた食器をテーブルに戻して采希の傍に寄る。
「よく分からないけど、難航してるみたいだね」
「……気が放出されてるのは自分でも分かるんだ。でも、琉斗に渡す事はできない。せいぜい、身体の表面に纏わせることができるくらいで」
憂鬱そうに溜息をつく采希に、朱莉は不思議そうに首を傾げながら聞いた。
「采希、姫ちゃんって、あんたの気を分けてもらってるんじゃなかった?」
「…………あ」
「だったら、姫ちゃんに聞けば分かるんじゃないの?」
采希と那岐が顔を見合わせ、同時に頷く。
「兄さん、姫様は?」
「離れにいる。行くぞ!」
転がりそうな勢いで二人の息子が立ち上がり、駆け出した。
「やれやれ……あの子たちに付き合わせて、悪いね、琉斗」
唖然としていた琉斗の肩に朱莉の手が乗せられて、琉斗は我に返った。
「いや大丈夫だ、朱莉さん。俺の方こそ、采希たちに手間を掛けさせているんだ。俺がこんな体質なせいで、申し訳ないと思っている」
「本当に迷惑だと思ったら、あの子たちだってそう言うだろ。まあ、気が済むまでは付き合ってやって」
朱莉がそう言うと、涅槃像のようなポーズでテレビを見ていた凱斗が首だけを琉斗の方に向けた。
「今さらだけどな、『采希の気を受け取る事ができるのは、
のほほんと告げる凱斗の言葉に、朱莉と琉斗が眼を見開いて顔を見合わせる。
采希と那岐の後を追うべく立ち上がった琉斗と、朱莉の声が綺麗に揃った。
「「そういう事は、早く言え!!」」
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