139. S01&02&03:Destined Three

 ――――― Side: 01 & 02 & 03 ―――――




 夕食時。

 あまりにも豪華な食事に、サムとグレタは魂を持っていかれそうになった。

 大衆食堂にしか入ったことのないサムと、大衆食堂にすら滅多に入れないグレタ。

 二人は、多様なメニューと丁寧な調理が施された食事に、大いに舌鼓を打った。

 途中でちょこっと顔を出したカイルソンに「貴族位がそれ程高くない故にあまり豪華なものが出せなくて申し訳ない」と謝られ、二人はこれで豪華じゃないのかと仰天するのと同時に、やはり貴族とは恐ろしいものだと改めて思った。


 食事を終えた二人は、放心と余韻で覚束なくなった足取りでクラリッサの部屋に通され、そのまま食後のお茶会へと入った。


 最初は、クラリッサの専属メイドが「未婚の貴族子女の部屋に男が入ることは憚られる」と発言し、それで一度は談話室での開催が提案されたのだが、「クラリッサお嬢様が直ぐに横になれる場所が望ましい」というメイド長の正論によって却下され、予定通りクラリッサの部屋で開かれることとなった。

 そのやり取りが行われている間、サムとグレタは「食後にお茶会とかあるんだ」とか「男と一緒の部屋にいるだけでも駄目なんて貴族の娘も大変ね」とか「談話室なんていう部屋があるんだ」とか「メイド長ってメッチャ強いのね」と小声で感想を言い合うだけで、開催場所の討論には一切口を挟まなかった。

 そもそも、二人はこういったしきたりには無縁である上に、客人の身でしか無いので、口を挟もうにも挟めない。

 なので、全ておまかせとなった。




 つかの間の後。

 クラリッサの部屋にて、お茶会が開かれた。

 サムとグレタはソファに座り、クラリッサは二人の対面のソファに腰掛けた。

 クラリッサの背後には「オリー」と呼ばれる専属メイドと、「ヘレン」と紹介された専属護衛が立っていて、サムとグレタを疑わしげな眼差しで睨めつけている。


 三人の目の前のティーテーブルには、三人分のティーカップと数種の焼き菓子が置かれている。

 こういった場に慣れていないサムとグレタが、ぎこちない仕草でティーカップを手に取り、口に運ぶ。

 口をつけた際に感じたティーカップの薄さに意表を突かれ、二人は思わずゴクリと大きな音でお茶を飲み込んでしまった。

 前歯が当たっただけで割れてしまうのではないかと思うほどに薄いティーカップなど、見たことがない。

 ここまで薄く焼き上げるには、並大抵ではない技術が必要だろう。

 それに応じて、値段も跳ね上がるはずだ。

 壊してしまったらどうしよう、という言葉が頭を埋め尽くす。

 緊張のせいか、お茶の味が分からない。


 そんな二人に、クラリッサは気を悪くすることもなければ馬鹿にすることもなく、ただただ楽しそうに──本当に嬉しそうに、お茶を口にした。


 あまりにもニコニコするクラリッサに、不思議そうな視線を向けるサムとグレタ。

 すると、クラリッサは二人の無言の質問に答えた。


「私、とてっても嬉しいのです」


 幾分打ち解けたクラリッサの言葉遣いは、初対面の時と比べて少し砕けたものになっていた。


「こうしてお友達と一緒にお茶会を開くことが、私の夢でしたから」

「お、お友達、ですか?」


 まだ知り合って間もないサムとグレタをお友達認定したことに、二人は動揺を隠せない。

 当たり前だ。

 貴族のお嬢様の「お友達」といえば、同じ貴族子女か、偉人の子孫か、大富豪の子供か、とにかく位の高い人間だけ、というのが二人の認識である。

 平民のポーション師などでは決して「お友達」など務まらないし、ましてやスラム住人など論外も論外だ。


 そう考える二人だったが、


「ええ、お友達ですわ」


 当の本人クラリッサは、満開の笑顔で言い切った。

 その天真爛漫な笑顔には、身分による偏見や差別が入る余地など一寸たりともなかった。


「だってお二人とも、『泥棒さん』のお知り合いなのでしょう?

 なら、私にとってはお友達ですわ!」


 胸の前で手を合わせながら幸せそうに言うクラリッサ。

 グレタは、念の為とばかりにクラリッサに尋ねた。


「あ、あの、クラリッサ様──」

「クラリッサとお呼びくださいな」

「い、いや、でもですね──」

「クラリッサでお願いしますわ。お友達なのですから」

「で、でも──」

「クラリッサですわ、グレタ様」


 語尾にハートマークでも付きそうなほど上機嫌な言葉なのに、何故か有無を言わせない迫力がある。

 こっちに対しては「グレタ様」と様付けなのに、と内心のどこかで納得いかないものを感じるグレタだったが、そんなことはどうでも良かった。

 貴族のお嬢様にお友達認定されたことも恐れ多いが、それ以上にクラリッサの背後から「テメェお嬢様を呼び捨てにしたらどうなるか分かってんだろうな、ああん?」という脅しがひしひしと伝わる眼差しで睨みつけてくる専属メイドと専属護衛が、とにかく怖かった。

 今すぐ跪いて許しを請いたい気分だが、クラリッサの妙に強い呼び捨てのゴリ押しに逆らう勇気もない。

 八方塞がりだ。


 助けを求めるようにサムの方を見れば、サムはあまりのプレッシャーに気絶寸前になっているのか、瞳が瞼の裏に裏返りそうになるのをなんとか堪えるのに必死の様子だった。


「ぁ……えっと……」


 助けはない。

 ここは、自力で乗り越えるしかない。


「じゃ、じゃあ、『クラリッサちゃん』で……」


 色々限界に達した結果、そんな折衷案とはほど遠い斜め上の回答となった。


「クラリッサちゃん……」


 ぽかんとした顔でグレタの言葉を反芻するクラリッサ。

 なにやら衝撃を受けているようだ。


 グレタは、早速後悔した。


 クラリッサはグレタと同じ人族だ。

 であれば、彼女の年齢はグレタと同じ、違っても1歳くらいだろう。

 この年頃の少女は、とにかく大人扱いして欲しいもの。

 ちゃん付けなどという子供扱い同然の呼び方を気に入るはずがない。


 やっちまったぁぁぁ!


 相手がフレンドリーに接してくれているとはいえ、お貴族様であることに変わりはないのだ。

 失礼などあっていいはずがない。

 事実、専属メイドと専属護衛が「テメェ言うに事欠いてうちのお嬢様にちゃん付けとか逆さ吊りで百叩きに処される用意はできてんだろうな、おおん?」みたいな眼差しを向けてきている。

 テンパっていたとはいえ、己が犯したミスの重大さに、グレタは今すぐ額を地面に擦り付けながら謝罪したい気分になった。


「素敵です!」


 が、そんなグレタの後悔は、杞憂に終わる。


「私、ちゃん付けで呼ばれるのは初めてですわ!

 とっても新鮮で、とっても嬉しいです!」


 なにやらめっぽう気に入ったらしいクラリッサが、満面の笑みを向けてくる。

 そんな彼女の反応に、グレタはホッと胸をなでおろす。

 どうやらピンチを乗り切ったらしい。

 その証拠に、専属二人が「まぁお嬢様がお気に召しているのなら許すが」みたいな微妙な顔をしている。


「じゃあ、クラリッサちゃん」

「はい!」


 ものすごく上機嫌に返事するクラリッサ。

 が、直ぐに恥ずかしそうにもじもじしだす。


「で、では、そ、その……わ、私も、『グレタちゃん』とお呼びしてもいいでしょうか?」


 まるで6歳児のようなやり取りに、グレタは一気に毒気を抜かれる。

 目の前にいるクラリッサが途端に天上人のお貴族様ではなく、ただお友だちを作りたいだけ普通の女の子にしか見えなくなったのだ。

 死ぬほど緊張していたのが馬鹿みたいだ。


「もちろん、いいわよ」


 自分も友達づくりは苦手だが、クラリッサを見ているとどうしても和んでしまう。

 だから、グレタのその答えは自然と口から出た。


 そんなグレタの答えが余程嬉しいのか、クラリッサの笑顔が咲き誇らんばかりに華やいだ。



「それでさぁ、クラリッサちゃん」


 打ち解けてきたところで、グレタは聞きたかったことを聞くことにした。


「ずっと気になってたんだけど、クラリッサちゃんが言うその『泥棒さん』って、どんな人?」


 瞬間、もともと上機嫌だったクラリッサの顔が、ぱあああと眩しい程に輝き出した。

 満開のお花畑のようだった笑みが、今では花吹雪でも吹いているかのように情熱に満ち溢れ、見ているこちらまでその嬉しさが伝播してくる。

 こころなしか、頬も微かに上気しているように見える。


「泥棒さんは、私の命の恩人なのです!」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりにクラリッサは「泥棒さん」との出会いを語り出した。

 そのは溌剌とした口調は、まるで恋人との逢瀬を自慢するかのようだった。






 ◆






 数分後。


 病的に痩せ細っている人間とは思えな熱量で一気に話し終えたクラリッサは、「むふ〜」と満足気に鼻息を吹いた。


「へぇ〜〜」


 聞き入っていたグレタは、素直に感心した。


「なんだか、まるで物語のような出来事ね」

「グレタちゃんもそう思うでしょう!

 私も、まるで『盗賊王シャルドとセルニア姫』の物語のようだと思っていたのです!」


 以前、兄が読み聞かせてくれた物語を思い出しながら、クラリッサはうっとりと目を細める。

 恐らく、その物語の主人公に、自分と件の泥棒を重ねているのだろう。

 彼女の背後に控える二人が物凄く苦い顔をしているのが印象的だ。


「でも、それじゃあ、クラリッサちゃんの病気はまだ完全には治ってないのね」


 グレタも、話を聞いている間に敬語が完全に取れ、普通に話すようになっていた。


「はい。泥棒さんが仰っていたように、治療は数度に分けて行われるみたいです。

 ですが、泥棒さんが置いていったこのお薬……私は『泥棒薬』と勝手に呼んでおりますが……これのおかげで、病状は日に日に良くなっています。

 今ではご覧の通り、ベッドを降りられるようになりました。

 泥棒さんがいずれこの病を全部盗んでいってくださると仰っていたので、治ることは確実ですわ」


 全幅の信頼を置いている口調で、クラリッサは答える。


「その薬、見せてもらってもよろしいでしょうか?」


 これまで黙って聞いていたサムが、薬の話題になった途端、話に加わり出した。

 完全にポーション師の目をしている。

 お嬢様の背後から「テメェなにお嬢様に図々しい要求してんだマジでぶっ殺すぞゴルァ!」みたいな視線が飛んでてきているが、だいぶ耐性がついたのか、それとも薬に興味を惹かれて視線に気付いてないのか、当のサムは全く反応していない。


「僕、調べてみたいんです」


 のうのうと言ってのけるサム。

 実際、とても失礼な話である。

 他人の物を、それも命に関わる貴重な物を、興味本位で調べさせてもらいたいなど、分別がないにも程があるだろう。


「お願いしま──」

「サミュエル様」


 サムの言葉を、女声が遮る。

 無表情を取り繕っているのが在々と分かる顔をしている、専属メイドだった。


「僭越ながら、ことはお嬢様のお命に関わります。

 如何様なご理由でそのようなことを仰られているのか、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


 憤怒がビシバシと伝わる、そんな口調だった。

 見れば、隣に立つ専属護衛の手が、腰に下げている剣の柄に伸びている。

 まるで回答次第では切り捨てるとでも言うかのようだ。


 冷や汗がサムの額を伝う。


 考え無しだった。

 礼を失していた。

 愚かだった。


 この屋敷に来てからというもの、サムとグレタは一度も「平民だから」という理由で見下されたことがない。

 寧ろ、下にも置かない扱いで遇され、嘗てない程に快適に過ごせている。

 二人が見た限り、屋敷の人間は誰も身分の低い二人を嫌悪していない。

 それは、彼女たちに偏見がない証拠であり、接客方針を決めているこの屋敷の主人が正真正銘の君子だという証明でもある。

 このアルフリーゼ王国でも珍しい類の貴族だ。


 クラリッサの背後に立つ専属メイドと専属護衛もそうだ。

 彼女たちの態度が少しばかり刺々しいのは、サムとグレタを嫌悪しているからではなく、ただ警戒しているだけ。

 大事なお嬢様の側に何処の馬の骨とも知れぬ人間が近づいているのだ。

 同じ立場になれば、自分だって同じように警戒しただろう。


 彼女たちに悪意はない。

 だが、もし自分たちが少しでもクラリッサの不利益になるようなことをすれば、彼女たちは躊躇なく自分たちを排除するだろう。

 クラリッサを大事に思うがゆえに、彼女たちは容赦なく実行に移す。


 今更ながらに自分がどれだけ失礼で非常識な事を口走ったのかに気付き、サムは慌てて弁解する。


「あ、や、そ、それはですね……」


 が、言葉に詰まる。


 サムがクラリッサの薬に興味を持った根本的な原因。

 それは、サムがレシピを突き止めようとしている「コネリーの赤・改」が原因だ。

 薬繋がりで何かヒントを得られないかと、無意識の内に考えたのだ。

 もちろん、そこに理論や根拠などはない。

 ただ純粋な勘に突き動かされただけだ。

 なので、オリーの詰問に答えるには、「コネリーの赤・改」のことを話す必要があるだろ。


 グレタに視線だけで確認してみれば、彼女は同意するようにサムに頷き返した。

 どうやら、考えは同じらしい。


 今の自分たちは、この屋敷に「匿ってもらっている」状態だ。

 ここで嘘偽りを口にすることは不義理でしかない。

 自分たちの身に何が起きているのか、どんな事件に巻き込まれているのか、素直に説明するのが筋というものだろう。


「……少々長くなりますが────」


 そうして、サムは「コネリー難」から始まる一連の事件について、クラリッサたちに話し始めたのだった。






 ◆






 十数分後。


「そのような事があったのですね……」


 悲しそうに眉を落とすクラリッサ。


「僕たちの命はそのレシピに掛かっているのですが、肝心のレシピが未だに解明できていないのです」


 力なく、サムは頭を下げた。


「ですから、かのソンミン師ですら匙を投げた難病を癒す薬と聞いて、何かヒントになるのではないかと……。

 本当に、失礼いたしました」


 サムの謝罪に、グレタも「ごめんなさい」と追随する。


「そういうことでしたら、ぜひご覧になって下さいな」


 二人の懺悔に、当のクラリッサはまるで気にした様子もなく、そんな意外な発言をした。

 クラリッサの背後で専属メイドと専属護衛が一瞬だけ「お、お嬢様!?」とアタフタしたが、「オリー、お薬をお願い」とクラリッサが言うと、専属メイドは「……畏まりました」と渋々言われた物を取りに行った。


「こちらになります」


 専属メイドが取ってきた物をテーブルに置く。

 それは、何の変哲もない木箱だった。

 クラリッサが蓋を開けると、中には数本の薬瓶と、3色の紙包みが入っていた。



「────え?」



 箱を見たサムが、言葉を失う。

 彼の視線は、箱の中に入っていた薬瓶に釘付けになっていた。


「こ、これは……」


 触れることすら恐れ多いかのように、伸ばした手は宙に止まったまま震えている。


 それは、針金で作られたギミックによって栓がロックされた、特徴的な薬瓶。

 市販のものでは類を見ない、実にオリジナリティ溢れるデザインの瓶だ。


 サムは、その瓶に二度だけ出会ったことがあった。


 恐る恐る、懐から大事に仕舞っていた物を取り出す。

 現存する唯一の「コネリーの赤・改」の現物──それが入った瓶だ。


 クラリッサの薬箱に入っている瓶と、懐から取り出した瓶。

 その二つを見比べて、サムはソファから飛び起きた。


「……同じだ!」


 まさかこんなところで、またしてもこんな偶然に出会うなんて。

 まるで悪戯を好むと言われている混沌神第八神に運命を仕組まれたかのようだ。


「同じ瓶だぁ!」


 サムの歓声が、クラリッサの部屋に木霊した。

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現代魔法使いは異世界でも静かに暮らしたい 黒井白馬 @KuroiHakuba

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