涙なんて枯れたはずなのに

七乃はふと

第1話

 胸に赤いガーベラの胸章を着けた無孤ムコセイは卒業式を終え自分のクラスにいる。

 殆どの生徒は帰っている中、教室にいるのは星とその親友達、そして担任の杏子アンズ笑美エミの六人だけだった。

 親友を集めたのは星で、大事な話があったからだ。

 それは自分と笑美に関する事だった。

 話そうとした時、笑美はお手洗いに行ってしまう。

「きっと、お化粧直しに行ったのよ」

 元弓道部で紅一点のトウの言葉に一同納得する。

「星。大事な話ってなんなんだよ」

 前に座る快が聞いてきた。

「うん。先生がいないと話せない事なんだ」

「そっか」

 快の机には金属バットが立て掛けられている。

 高校野球三連覇を果たした彼は、プロを目指さず、大学に進学する。

 野球は趣味としていき、今後は彼女作りに熱を上げるようだ。

「ちょっとシュウ。教室でスパイク履かないでよ」

「悪い。このスパイクともお別れだと思うと、なんだか無性に履きたくなったんだよ」

 斜め前に座る蹴は瞳に注意されても、愛用のスパイクシューズを脱ごうとしなかった。

 三年間エースストライカーとして活躍した彼は、プロを目指すために海外へ行く事にした。

「全く子供みたい。ほんと男は世話が焼けるわ」

 どことなく楽しそうに言う瞳は蹴と付き合っている。

 弓道部に所属して腕前もかなりのものだが、彼女はプロを目指す蹴をサポートするために一緒についていく事を決めていた。

 星の後ろで紙をめくる音がした。

 図書部に所属していたシキだ。

 無口な彼は図書部でライトノベルを書き、それが好評だった事から、小説家を目指して専門学校へ行く事を決めていた。

「ちょっと眩しいからカーテン閉めるわね」

 瞳がカーテンを閉めると夕暮れの赤い日差しが遮られ、教室が電灯の明かりに照らされる。

「先生遅いなー。なあ星教えてくれよ。話ってなんなんだよ」

 堪え性のない快がそう言うと、他の三人も聞き耳を立てた。

 星もまた早くみんなに報告したかったので、心の中で笑美に謝りつつ話し始めた。


「先生好きです。付き合ってください」

 それは夕暮れ時の教室でのこと。

「星くん……」

 もうこれで何度目だか分からない告白をした。 

 一年生の時からずっと担任だった笑美に初めて想いを告白したのは二年生の時だ。

 それからずっと断られながらも、告白し続けてきた。

「先生の事が好きです。いつも一緒にいたい。先生が他の男と仲良くしているところなんて見たくない。独り占めしたいです」

 星の強引とも言える押しに負けたのか、いつも断る笑美が笑みを浮かべる。

「貴方より五歳も年上なのにそれでもいいの」

「年上なんて関係ありません。僕には先生しかいないんです」

 笑美は何も言わずに星を抱きしめた。


 それが卒業する一ヶ月前のことだ。

 話し合えると、教室の空気が張り詰めたものになっている事に気づく。

 祝福してくれるかと思いきや、四人とも何も言わず、星の動向を確かめるように凝視していた。

 夕暮れによって四人の白いガーベラの胸章が血に濡れたように赤く染まっている。

「みんな何で黙ってるの。そんなに驚いーー」

 星は、さりげなさを装いながら自分の鞄に手を伸ばしたところで頭頂部を重い物で殴られた。

 その正体は識の持つ百科事典だった。

 音もなく席を立った識が後ろに立って愛用の辞典を振り下ろしたのだ。

 星は痛みで意識が飛ぶのを耐えながら、鞄からあるものを取り出し、椅子を後ろに引いた。

 椅子の後ろ足を持ち上げて、全体重を乗せて識の両足に落とす。

 星は取り出した愛用の拳銃のスライドを引いて初弾を装填すると、両足の親指を潰されて痛みに悶える識に向けて引鉄を引く。

 円筒形のサプレッサーによって銃声は最小限だが、防弾装備をつけていない限り、致命傷は避けられない。

 顎から入った四十五口径の弾丸は、中身を徹底的に破壊して頭頂部から飛び出て天井で止まった。

 識の生死を確かめる前に、振り下ろされた金属バットが迫る。

 それを避けると、今度は横薙ぎに振るわれた。

 床に身体を投げ出すように避けると、頭を狙って振り下ろそうとする快の首目掛けて撃つ。

 快は首に空いた穴から血を吹き出しながら仰向けに倒れる。

 起き上がると、顔面にトゲのついた靴底が迫ってきたので頭を逸らす。

 スパイクシューズを履いた蹴だ。

 素早い連続蹴りは避けるのが難しく、防御しても衝撃でダメージが蓄積していく。

 ガードが緩くなった時、スパイクが太腿に刺さった。

 更に右のミドルキックが腹に突き刺さる。

 星は右足を掴んで固定すると、ふくらはぎと膝に一発ずつ銃弾をお見舞いした。

 蹴は悲鳴を上げながら崩れ落ちる。

 立ち上がろうとするが、穴が二つ空いた右足は使い物になりそうにない。

 星はなお向かってきそうに睨んでくる蹴の頭に二発撃ち込んだ。

 銃を持っていた左手が、見慣れた金属バットで殴打される。

 銃は廊下側の壁にぶつかって落ちた。

 殴られた左手の指二本があらぬ方向に曲がっている。

「せぇぇぇい!」

 首から血を流しながらも、快はバットを振り回す。

 だが、出血多量で目が霞むのか、狙いがつけられずに闇雲に振り回さ手いるようだった。

 星はバットの柄を掴んで攻撃を止めさせると、首に空いた穴に親指を突っ込み、思いっきりかき回した。

 傷ついた血管を千切り、神経を傷つける手応えがあった。

 指を引き抜くと、一層勢いよく血が吹き出た。

 白目を向いた快はバットを落としてその場に倒れて動かなくなった。

 星の背中から胸にかけて何かが貫く。

 それは矢だ。千枚通しのように鋭い矢尻が胸から飛び出ている。

 振り向くと弓を構えた瞳がいた。

 彼女は弓を捨てると矢を両手で持ち、大胆にも駆け寄ってくる。

 勢い任せに体当たりすると、倒れた星に馬乗りになる。

 背中から倒れたので刺さっていた矢が折れた。

 瞳が持っている矢で突いてきた。

 星は咄嗟に右手を盾にして防ぐ。

「死になさい。星。組織を抜けようなんて考えなければこんな事にはならなかったのよ」

 自分が殺される動機は分かった。

 けれども死ぬわけにはいかない。

 星には幸せにしなければならない人がいるから。

 自分の胸から飛び出ていた矢尻を引き抜くと、馬乗りになっていた瞳の右眼に突き刺す。

 攻守が逆転し逆に馬乗りになった星は右眼に刺した矢尻を渾身の力を込めて押し込んだ。

 矢尻は脳にまで達し、瞳は血と涙が混ざったものを流しながら絶命した。

 生き残った星は立ち上がるも、身体から力が抜けそうになる。

 数カ所の傷口から血を流しながら、落ちていた拳銃を拾い上げる。

 残弾は一発。

 その時、教室のドアが開いた。

 入ってきた人物と星は同時に拳銃を向けた。

「さようなら」

 空気が抜けたような音が教室に響き渡り、赤いガーベラの花びらが飛び散った。


 星は仰向けのまま考える。

 なぜ自分は泣いているのだろう。

 殺し屋として両親と別れ、訓練で周りの人間が死んでいくのを目の当たりにして、涙なんて枯れたはずなのに。

 今流れている涙は何?

 先生を幸せにできなかったから?

 それとも告白した事で、命を奪ってしまう結末になってしまったから?

 答えを出す前に、星の意識は消えていった。


 ー完ー

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