「さがしているひと」

小箱エイト

「さがしているひと」

昨日は同級生の命日だった。

最後に会ったのは、亡くなる3年前だったろうか。


『さがしているひと』

彼はそんな印象だった。

ポケットに片手をつっこんで、少し顎をあげて、弾むように歩いていた。

声をかけると、ほうっとした顔で振り返り、一瞬の間をおいて、穏やかに微笑む。

何を見ていたのかな。何を考えていたんだろう。

廊下を歩く静かな横顔は、いつも上向き加減だった。

卒業して就職し、家庭を持ち、転職し、彼の視線はどこまで伸びたのだろうか。


ある飲み会のときだった。

「今度どこかで会おうよ」

彼がぽつりと言った。

「いいよ。でもどうして?」

私は笑っていた。

「……会いたいから」

怒った顔をして、彼はその場を立ち去ってしまった。

その後ろ姿を見ながら、笑ってしまったことを悔やんだ。


当時彼には、いろんな噂が立っていた。

家庭不和、失業、飲みまくり。

私も、ただの社交辞令だろうと思って、つい、ちゃかした態度をとってしまったけれど、きちんと、彼の目を見て話を聞けばよかった。


彼はきっと、何かを探していた。

きっかけとなりそうなものを手にしては、無防備にのぞき込んでみたのかもしれない。

そしてたぶん、彼は知っていたのだと思う。

自分が求めているものは、そんな探し方では見つからないということを。

怒った顔は、どこか自分自身への悔しさのようにも思えた。

ただそれは、私がはじめて見た『近い彼』だった。


遺影の彼は、正面を見据え、優しく微笑んでいた。

それでも、こちらを通り越して、もっと遠いところを見ているようだった。


天上のひとにとって、時間はどんなふうに過ぎてゆくのだろう。

私も、さがしているんだよ。

ぐずってばかりで、あの頃と変わりばえは無いけれど。

いまさら言っても、届かないかもしれない。


けれど、遠いひとになってしまったとは思わない。

私があのとき感じた、彼との距離は、まだ覚えている。


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「さがしているひと」 小箱エイト @sakusaku-go

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