Episode.02 異世界の特産品

 ほんの少しだけ覚醒すると、周り一帯が騒がしい。まだ夢でも見ているのならと再び意識を遠ざけようとするも、騒がしい多彩な声や音が意識を強制的に覚醒させる。寝ぼけている頭で薄っすらと目を開けると、目前にはやはり人込みがあった。

 ルミアのように耳が尖った者、まるで人間とは言い難いモンスターのような容姿をした者、多彩な体色を持った者等、一般で見る事が出来ない斬新な光景が目に飛び込んで来る。

 瞬時に目を醒まし、開けるだけ大きく見開いた目で目の前の光景を理解しようとしているも、脳内の処理がとてもじゃないが追い付かない。未だ隣で寝ているルミアの肩を何度も叩いた。


「ちょ……ちょっと、起きてよ!」

「んむむ……むー……」

「何時までも寝ぼけてないで起きなさいったら! 此処って何処なのよぉ!?」

「ん……あれぇ?」


 ようやく起きたルミアの胸ぐらを思い切り揺さぶりながら問い掛ける。彼女も舞と同様に眠っていた事が見ただけで分かるのだが。

 二人が眠りに落ちた場所は何も無い荒野だったはず。だが現在地はその場所とは違い、人が多く集まっている場所だ。いつの間にか移動した……そう思わざるを得ない事実である。


「此処は……レミ市場のようですねぇ?」

「……なんですと?」


 確かにこの人込みは市場に買い物にきた雑踏と言っても間違いはないだろう。だが『いつの間にこの場所に移動したのか』が大きな問題である。

 眠りに落ちるほんの手前、舞自身はレミ市場に行く気など全く無かった。という事は、あの眠りを誘う歌声で眠らせて強制的に連れて来たのか。そう悟った舞の額には一本の青筋が走りだし、魔獣のような目に切り替わる。


「ちょっと、どういう事よ! あたしが行かないからって無理矢理に連れてくる訳? あんたら魔女ってそんなにも強引なやり方なのかしら!?」


 指の骨を鳴らしながら詰め寄る舞の威勢に、ルミアは手を振りながら後ずさりをする。何の事やら全く分からないし、彼女自身も疑問を浮かべている模様。


「ま、待ってください。私も何故こんな所にいるのか分からないですよぅ」

「まだ惚ける気!? ロープでぐるぐる巻きにして市場の最安値で売りつけるわよ!」

「ぬー、シェフから奴隷に転落するのは嫌ですぅ」

「じゃあしっかりと説明しなさいよ!! あんたが強引に連れてきた理……」

「……ルミア。どうしてお前がこんな所に来ているんだい?」


 舞の言葉を遮り、強引に入り込んできた言葉が二人の意識を向けさせた。振り返るとルミアと同様の人間の容姿を待つ一人の女性が腕を組んでこちらを睨んでいる。

 紫色のストレートの髪に蒼の瞳。着ている服は似たような魔女服とでも言うべきか。やはり竹箒を所持しているが、何故か嫌な気配を感じた。


「……リヴァイア」


 そう呼ばれた魔女は小さく鼻を鳴らして舞を一瞥する。


「Eクラスの落ちこぼれシェフが此処に来て、しかも人間を連れているなんてね。魂の抜け殻は高値で取引されるそうじゃないか。もしかしてそいつを売りに来たのかい?」


 彼女の発言に舞は両腕で身体を庇い、ルミアを睨んだ。眠らせて強引に市場に連れてきた事。魂の抜け殻は高値で売れる事。今までの疑問の辻褄が合い、レミ市場の存在とリヴァイアの言葉に身体を強張らせた。

 ルミアと出会ってから確かにとんでもない事態に見舞われ続けた。惚けているは彼女の元々の性格であるが、純粋な瞳に共感を抱いて共に歩もうと思ったから。

 だが先程の言葉に落胆と恐怖が心を支配する。『魂の抜け殻は高値で取引される』その単語だけが頭の中で何度も復唱され、身体中が小刻みに震え出した。


「そんな事はしません。マイは私の大事な友達ですから!」


 凛と響く声は今までに無いはっきりとした高らかな口調。それを聞いたのは舞だけではないようで、対面の彼女も少しばかり気負いしているのが見える。だが直ぐに眉を顰めると、小さく口角を引き上げた。


「そうかい。あたしはてっきり大金を稼いで逃亡するのかと思ったんだけどねぇ」

「そんな事はしません! 私は新たな味と食材を見つけて、主に納得してもらえる料理を作るんです」

「精々無駄な努力をする事だね。もっとも城に戻っても落ちこぼれのEクラスは城外にしか厨房がないんだけどねぇ」


 それに対して何も言えなかったルミアは唇を噛み、肩を震わせながら涙を流した。その涙は純粋なる思いを蹴られた悔し涙。主に心から仕える者だからこそ、結果は出ずとも彼女なりに精一杯頑張ってきたのだ。その姿を見て舞の恐怖は消え、逆に怒りが込み上げてくる。


「ちょっとあんた! 何よその上から目線の言い方は!!」

「何だい? 非力な人間なんぞに用はないよ」


 力強く一歩踏み出した舞が鋭い目付きでリヴァイアを見据える。彼女の態度は依然として変わらない。それどころか見下すように顎を上げながら冷たい眼で睨み返して来た。


「だから何だって言うのよ! 落ちこぼれだってねぇ……努力をすればあんたなんか余裕で超えられるんだから!!」

「……面白い。ではその努力とやらを見せて貰おうか。私の居場所はルミアが知っているから、いつでも勝負を掛けてきなよ」

「上等よ! 言われっぱなしでこちらの気が済むもんですか!」


 鼻を鳴らしながら視線をその場に残し、踵を返した彼女はブルームに跨って何処かへと飛んで行く。残された一人は鼻息を荒く、もう一人は溢れる涙を拭っている。

 この問題はルミアだけではなく、舞も介入する事になってしまった。それ以前に、あれだけの暴言を吐かれたままでは気が済まない。どうにかして彼女の頭を垂れさせなければ今後の沽券に関わるというものだ。

 それに舞の事を友達と呼んでくれた。その想いに応えなければ人情に欠けるというものである。


「ルミア……大丈夫?」

「うっ、えぐっ……ごめん……なさい」

「気にしないでよ。あたしだって伊達に料理をしちゃいないわ! それにあんたは色々な食材を知ってるじゃない!」

「でも……リヴァイアの言う通り、私はあまり料理が出来ません」

「それはあたしが色々と教えてあげる。此処の食材の知識はあんたがカバーしてくれれば何の問題もないじゃない?」


 それは舞の作戦であった。ここは魔界で、相応の食材が並んでいるだろう。自身は当然ながら人間界の食材しか見た事がない為に、どんな味なのか、どんな風に使われているのかが分からない。

 彼女が母の作った料理を食べながら味や食材に興味を示していた。そして全ての物に対して細かに聞いていた勤勉な面も見ている。また、聞いてもいないのに大樹に実っていた果実の名称・味・特徴を熟知しているように説明をしていたので知識は相当に高いだろう。

 全ては城主に満足な料理を出す為に学んだ彼女の思いやり。それを貶すリヴァイアを許せるはずが無い。


「力を合わせればあいつの鼻っぱしをへし折る事だって出来るわよ! 二人で頑張りましょ♪」

「でも、リヴァイアは魔界城のSクラスを所持した上級シェフなんです」

「……なんですと?」


 その辺りを聞いてみると、魔界城にいる魔女達はそれぞれが階級分けされているそうだ。料理の腕前は勿論の事、獲物を狩る能力も選考の一部とされているらしい。いくら料理が出来ても、獲物が狩れなければ低い位置を余儀なくされる。

 無論、階級によって待遇はかなり違い、ルミアはどうなのかと聞いてみると最下級であるEクラスとの事。早速前途多難が予想された。


「ま……ままま! 兎に角、こうなったら突き進むしかないわよ! ん……ルミア?」


 深く悲しい吐息を吐きながら彼女はその場に座り込んでしまい、力無く座り込んだ背中はとても小さく見える。

 確かにリヴァイアの言葉は彼女を失望へと追いやるには充分過ぎる程だ。悲しい背中に手を差し伸べようとした時、ルミアは何事も無かったかのようにゆっくりと立ち上がる。開き直ったのか……そう思ったのは全くの間違いであった。

 一帯を見る目は先程とはまるで違う鋭い眼光。凛とした立ち姿と漂う厳しい雰囲気が背中の産毛を総立ちさせる。


「チッ、リヴァイアの野郎……人が下手に出てりゃいい気になりやがって」

「……ルミア?」


 舞を一瞥した後、彼女が飛んで行った方向を見遣り、小さく呟く。彼女に一体何が起きたのか。感じる雰囲気が刺々しくて近寄り難い。

 そして瞳の色が違う事に気付いた。彼女は緑色の瞳を持っていたはずなのに、今は燃えるような真っ赤な色に染められている。明らかに違う口調はまるで別人のようだ。


「貴様とはハジメマシテだな。俺の名はウルフ・デモンズ=キルピアス。所謂もう一人のルミアだ。二重人格と言えば貴様ら下等な人間でも理解出来るだろう」

「な、なに言ってんの? ……ルミア?」

「まだ分からねぇのか? 俺はルミアの強い思いから生まれたもう一人の人格者。寝ている貴様をこの市場まで運んだのは俺様だって事だ」


 呆然と口を開け、思考は停止してしまった。一体彼女は何を言っているのだろう。元々よく分からない人物だったが、もう一度始めから説明を受けなくてはこの豹変ぶりの説明がつかない。

 目の前の現実を受け切れられないまま、ウルフと名乗る者は続けた。


「ルミアは気が弱ぇクセに自我だけはとんでもなく強ぇ野郎だ。だから俺が出てこれる時はこいつの意識が弱まった時だけ。何とも可哀想な俺に同情する事を許してやる」


 目が点になっている舞は思考回路までもが完全に停止した模様。雑踏の中で立ち止まっている二人の時間が停止した瞬間であった。

 そしてどれだけの時間が経過しただろうか。舞は深く息を吸い込んだ後、口から盛大に息を吐き出した。辺りを見回してルミアに視線を戻し、微笑んだ後にそっと頭を撫でる。


「ルミア、現実を受け入れなきゃだめだよ。あのリヴァイアって人と勝負するのは怖いかもしれないけど、あいつは完全にビビって……」

「現実を受け入れていないのは貴様の方だろう。さっさと認識したらどうなんだ?」


 撫でていた腕が硬直し、表情までもが固まってしまった。再び彼女の時が止まったのは言うまでも無い。


「あんた……だれ?」


 ようやく時が動き出した舞の第一声。思い切り不信感を抱きながら見ている様子がありありと浮かんでいる。


「チッ、何度も言わせる奴だ。俺の名はウルフ。ウルフ・デモンズ=キルピアスだ」


 舞の口が再び開きかけた時、腕を引っ張って市場の奥へと連れて行く。これ以上の説明と思案は無駄との判断だろう。歩きながら口早に物事を喋るウルフに、舞は引きずられながら悲鳴に近い声を上げている。


「ちょ……ちょっと!?」

「奴と同等以上の勝負をするには市場には売られていない希少種が必要だ。当然狩りに行かなければならないが、ルミアの力は期待するな。自分の身は自分で守れ。狩る前に相応の武器を用意してやるから、後は自分で何とかしろ」


 そう一気に捲し立てて立ち止まった先は、市場の端にある一件の金物屋らしき所。厳しい眼で吟味しながら並んでいる武器と舞を交互に見比べた。


「……ねぇ、狩りってどういう事?」

「生きている獲物を仕留める事だ。それくらい分からんのか?」

「そんなの分かってるわよ! この市場に売られてる物じゃだめなのぉ!?」

「黙れ! 貴様は俺の言う事を聞いていればいい。……ふむ、これがいいな」


 ウルフは構っていられないといった様子で、手にしたのは一つの武器と数種類の弾丸だ。見た目はリボルバー式の拳銃で、映画等で見るよりも若干大きいが軽さがある。これなら舞でも余裕で振り回す事が出来るだろう。


「これは魔銃弾といって、魔力の無いお前にでも撃てばダメージを与える代物だ。そしてこの弾には魔法が込められ、標的に打ち込めば同様の効果を得る事が出来る」

「ふぅん、理窟な物があるのね。この魔界には……」


 冷静になり少しばかりだが状況を把握しかけてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まじかる☆レシピ 〜Seeking a taste of the unknown〜 まるちな @gscmdt2500

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ