第43話 春菜ちゃん親子の受難 その二

 春菜ちゃんの父親は、とある省庁のエリート幹部。もちろん灯台、いや東大卒である。


 めったに休みのとれないエリート様であるが、何を血迷ったか…… 常日頃は頭の上がらない女房の強い要望で、辺鄙な妻の実家へと遅れてやってきたのである。


 仕事帰りの直行便に乗って、ようやく夜中の十一時頃に実家へと着くやいなやのマシンガントーク……


 聞けば、どう考えても娘と妻に非がありそうな話の数々……

 仕事の疲れ、旅の疲れ…… さらには家庭内でも休む暇はない、パパさんである。


 最初は娘が、その職人さんの店でやりたい放題。それをとがめた店主に頭を一発叩かれたと言って帰ってきた娘のためにと怒鳴りこんだ女房殿である。


 いくら世間知らずのエリート様と言えども、他人の家でやり放題で職人さんの道具をいたずらしたとなっては、さすがに弁明の余地はないと理解できる程度の常識は持ち合わせている。


 そして、日頃甘やかされて育ってきた娘を叱ってくれた職人さんに、怒鳴り散らしたという…… むしろ感謝したいくらいなのである。


 それも娘に弟子入りしたいとまで言わしめた相手に誹謗の嵐……


 非常識もここまでくると害悪ではないのか……と思う旦那であった。


「パパが来たら連れていくって言ったんだから今から行く!」


「いくらなんでも非常識だろ……こんな時間に……」


「職人風情がいい気になってるんだから、一度ガツンっと言ってやらないと気が済まないの!」


 なんでこんな女と結婚してしまったのか、と後悔先に立たずとはこのことである。


 昔はこんな女ではなかったはずなんだが……


 結局ずるずると引きずられるように、件の店の前とやってきた親子三人。


「玄関は鍵がかかってるわね」


 そりゃあそうだろ……お前は深夜になっても玄関の鍵かけないのかよ、とは言わない。


「裏へ回るわよ!」


「おい、不法侵入で捕まるぞ!」


「ふふん…… このちっぽけな村には駐在員すらいないのよ? だれが捕まえに来るって言うのよ」


「そういう問題じゃないだろ…… 警察が来なきゃ何やってもいいってことにはならない」


「うるさい! 早くいくよ」


 裏手に回ると、やはりそこも南京錠が掛かっていた。


「きっと留守なんだよ…… 灯りも付いていなかったし……出かけてるかもしれないし」


「こんな南京錠くらい、こうしてやれば!」


 バキッっと音がして、錠よりも止め金具がドアから丸ごとはずれてしまった。


「ほら、開いた!」


 ほら開いた、じゃねえよ。後で訴えられても知らんからな……


 一人のおバカな女に連れ込まれるようにドアの中へと飛び込んだ三人が、気が付いた時には城壁から少し離れた草原のど真ん中で、倒れていたというわけである。




~王都正門近くの詰所にて~


「なんだと! 逃げられただと?」


「は、はい…… 当番兵が食事を運んだ際に隙をみて逃走、兵士の武器、小銭、服などが奪われています」


「なんという失態…… すぐに追え!」


 この時点で当番兵を殴り逃亡した三人の親子には、現代日本でいうところの公務執行妨害、暴行、窃盗などの罪で緊急手配がなされている。


「パパ…… 逆に兵士の服なんてやばかったんじゃないの?」


「む…… いわれてみればそうだな…… 怪しげな服装の女と子供を連れた兵士……それもとても強そうには見えない…… 違和感ありまくりだ」


 現に、夕方とは言え周りからはジロジロみられている始末である。


「逃げたはいいけどどうすんのよ! こんな見たこともない街で……ってお腹空いたわ、あの店に入ってみましょうよ」


「ちょ! 待て! 早まるな!」


 旦那の言葉を無視して娘の手を引いて、レストランとおぼしき所へと突撃する女……


 一体全体この女には、怖いものというのがないのだろうか……


 果たして夕食を食べ、いざ支払いの段になり、それでは足りないと店主に言われ……


「なんだ、この紙切れは? ふざけているのか?」


 財布から手持ちの『日本製のお札』を追加で出したのだが、通用するはずもない。


「はあ? 何言ってんの? 国際的に認められた『円』よ? さっさと受け取りなさい!」


「おい! 衛兵呼べ! こいつら無銭飲食らしい。それに偽の金で支払いをする気満々らしい。 あ、待て!」


 高速ダッシュで逃げる三人である。


 無銭飲食、偽金使用…… さらに罪の増えていく親子であった。


 そして逃げた先は、王都のとある貧民街の一角……


「兄ちゃんと姉ちゃん、それに子連れか…… 寝るとこに困ってるのか? ならおれのところに泊まるかい?」


 こんな見も知らぬ街でも親切な人はいるのだな、と言われるがままに男に従った三人が、案内された家でぐっすりと寝た後……


 翌朝、自分たちの首に『首輪』が巻かれていることに気が付いたが、既に後の祭りであった。


 男は、王都の有名な『奴隷商人』であった。



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一日一時間だけ『異世界』につながる時計修理屋さんです 壬生狼 @miburo

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