『現実濃度観測研究報告書#006-D36』に関するプロジェクトチーフの声明

同志しろ

第1話

 結論から言うと、プロジェクトは永久凍結される。

 この結果は到底受け入れられない。いや、受け入れねばならない訳だが、これを公にすることは不可能だ。大衆が、人間が、この結果を理解し平静でいられるはずがない。この私でさえ医者を憤死させる量の精神安定剤でなんとか耐えているのだ。


 さて、その揺らぎの観測によって発見され観測研究が開示された現実濃度という概念だが、その分野の先進性故に我々の知の進歩は大変遅々たるものとなっている。遺憾ではあるが、やはり仕方のないことだ。

 現状は2.000Rltを通常状態とし、一定空間内における量子の揺らぎを観察・分析することでその安定性を随時記録する作業を24時間体制で続けている。そしてそれと同時に、過去から現在に至るまでのその変化、変化による弊害、弊害のための対策を研究している。ここまではプロジェクトチームでは周知の事実だろう。まだ発表は行っていないため、恐らく我々のみ知る話だ。

 しかしこの報告書に記載された内容は我々のあらゆるパラダイムや常識に反している。科学はそれの繰り返しだ、と言う主張は理解できる。だが今回のこれはそんな生易しいものではない。地球球体説や地動説なぞ可愛いものだ。


 現実が現実でない……それ以前に、そもそも存在しないとなれば。常識を覆すなんてものじゃない。

 我々の思考が、存在が、歴史が、あらゆる全てがただの演算に過ぎないとすれば?計算による虚構。そう、虚構だ。私の今考えている全ても、画面に向かって話す口も、発される声の音も、存在しない。存在するが、存在しない。

 揺らぎの分析の結果は次の通り。生成される仮想的な粒子-反粒子対のうち粒子の方が我々に直接観測可能であることは現代物理学の常識だ。その上で、仮想粒子のうち反粒子が何か我々の知るものと違う時空間のような場所に生まれることが判明した。生成された瞬間、そして対消滅を起こし消える直前に、この時空間らしきものが計算により確認されたのだ。これをよく検証してみると、消滅する直前、我々の物理学では窺い知ることのできない謎に包まれた計算が見えてきた。計算、と呼んで良いのかすら分からない。何らかの演算空間だということは分かるのだが……

 何度も対生成と対消滅を発生させ、観測できるだけ観測し、そして計算を尽くした。最終的に、1つの答えに辿り着いた。


 この空間は、我々の存在を演算するための領域だ、と。

 我々は、我々の物理学は、我々の知は、表層しか見ていなかった。見えていなかった。本当の"現実"がこの空間だと分かってしまったのだ。我々はただの演算の内容。


 譬えてみよう。ここに1つのブルーレイ形式ディスクがある。私はこれを家のプレイステーションに突っ込み、コントローラーでこのゲームを起動する。するとゲームが始まる。この時、我々に見えているのはプレイステーションの本体が読み込んで計算し、表示している内容だ。

 では、そのプログラムは?もちろん、見えていない。プログラミングを修めた人間であればそれの予想はできるかもしれない。しかし、やはりプレイヤーには見えないものだ。

 我々が発見したのは、その領域なのだ。そのプログラム。表層に映る演算の結果でなく、内容。内容を計算している領域こそ我々の見た空間のようなものだった。

 その計算を覗き見ようとする望みは無惨に打ち砕かれた。我々の物理学では見えないし、考えられない。予想すらできない。そういうものだったのだ。それ以上の試みは全て無駄な結果に終わった。

 それだけでない。先程の例で言うと、プログラムやプログラムの書かれた演算領域のみならず、プレイヤーやプログラマーの存在まで示唆されてしまったのである。演算は明らかに人為により実行されていた。我々の知れる精一杯がこれだ。


 超越者の存在が判明した。その上で、彼らの実在性と、我々の非実在が判明した。そういうことだ。クソ喰らえ。


 以上が事実だ。真実、というと仰々しいが、本当にそうなのだ。この発見を否定しようともしたが、どうしようと絶対に不可能。あらゆる干渉を試したが、観測可能な反応は無かった。


 よって、無知な大衆を無知であり続けさせるために、私は現実濃度関連全プロジェクトの永久凍結と研究結果の恒久的廃棄を命ずる。真実を預かる責任者として、これを隠すことを決定した。人類はこの事実の重さに耐えられるほど強靭ではない。君たちもよく分かっているだろう。プロジェクトメンバーが半数以下になっているのは退職なんかによるものじゃないのは気付いているはずだ。彼らは耐えられなかった。私はそれを責めない。何故なら私もその1人になるからだ。

 責任者として、計画の抹消は最後まで見守る。この全てを知ってなお生きたいと思える者は、私とチームのもつ全ての財産を差し出す。世界一のカウンセラーにかかってくれ。


 さて、これで終わりだ。現実の濃さを研究した結果、その濃さすらが虚構。

 神がいるならそいつが犯人だ。我々を作り出すどころか……存在すらさせてくれなかったらしい。そう信じさせることすら。


 しかし我々の観測・干渉と研究は無駄ではなかったことを諸君に伝えたい。我々は真実に辿り着いた唯一の人間だ。僕は分かった。君も分かった。じきみんな分かる。みんな分かる。何かが変わる訳ではない。人々は今まで通りに生き、今まで通りに死ぬ。死ぬ。私も死ぬ。


 ああ、やはり科学は素晴らしい。僕は本当に幸運だ。真実。分かった。俺だけが。分かった。知っている。俺が。


 超越者よ!どうかおれたちを救いたまえ!!すくう?存在しない、われわれを?どうやって?ははははは!!いない!!でもいる!いる、いる、いない、いる、いない!そうだ!いない、いてはならない、いちゃ、いけないのに、いま、いる、じゃないか、そう、だからいてはならなーー



(ここでオニール博士と確認された人物は右手のピストルをこめかみに当てて撃つ。サルベージされた映像はこのおよそ3秒後に赤い画面のまま終了する。)

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『現実濃度観測研究報告書#006-D36』に関するプロジェクトチーフの声明 同志しろ @Comrade_Shiro

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