屑野郎の軌跡

ロロロロガガン

第1話 屑野郎

「く″ぅッ!! くそ! こんなとこで魔物群集スタンピードに会うなんて聞いてねぇーぞ!」

「ロダンッ! 喋ってないで手を動かして! 前衛がしっかり守らないと私たちが困るんだから!」

「やってる!! さっきからずっとな! お前らこそ、詠唱が遅いんだよ!この鈍感ノロマが!」

「な〜〜に〜〜!!?? ていうか、そもそもアンタがこんな怪しい依頼受けなきゃ」

「2人ともその辺で! 今は争っている場合ではありませんよ! ………ラベル! 君も何かして下さい! 今は猫の手も借りたい状況何ですから!」

「分かった。オレは戦闘の役に立たないから、周囲に何か抜け道がないか探してくる」

「正直戦って欲しいのですが分かりました! 早く見つけて戻ってきて下さいね!」

「ああ」


オレ達は今、遺跡の中で魔物の集団に襲われている。


これの事の発端は、オレが属すパーティーのリーダーの男が、「めちゃくちゃ楽で大金稼げる依頼あったから行こうぜ」と言って持ってきた依頼にある。

その依頼の内容は「ある遺跡に行き内部の調査をすること  報酬50万エリー」。

どんなことを具体的に調査すればいいのか、またある遺跡とはどこか、何故こんなに報酬がいいのか、そんな詳細な内容の書かれていない怪しさ満点の依頼だった。

いつもなら秒で同じパーティーのみんなも却下していたのだが、それは出来なかった。

なぜなら、オレ達がこの依頼を受ける少し前の依頼で大失敗をしてしまったからだ。

それでみんな装備を失い、それを買って金を失い、仕事も失敗続き。


もう気力も限界だった。

だからこんな怪しい依頼でも、報酬に目が眩んで受けてしまったのだ。

唯一オレはこれに反対していたのだが、多数決という、何の合理性もないものに少数であるオレは圧殺された。

そしてそんな依頼を受けて今大ピンチ、というわけだ。


「うおぉぉおおお!! この糞野郎共がッ! テメェらのせいでこっちは散々な目にあってんだ! テメェらも痛い目見なきゃ割に合わねぇだろうが!!」

「そうよ! アンタ達が襲って来なかったからあの時だって普通に依頼達成していたのよ!それをアンタ達が……ッ! 殺すッ!!」


ギィャヤアア、ギィギィ


そんな音を拾いながらオレはその場を離れていく。

ここから出られる抜け道を探さなきゃ行けないからだ。そうしないと全員殺される。

オレは仲間が耐えている間に回りが石壁だらけのここで後方に何かないかと探したが、残念ながら見つからなかった。


「残念だが、ここに出口らしきものはない。オレ達はここでこのモンスター共は殺さなきゃ生きて帰れないらしい」

「ヘッ、最初から出口なんか期待してなかったよ! ………でもまぁ、これでやっと踏ん切り付いたな。もう俺たちが進むべき道は、前にしかねぇ。……これが終わったらお前ら!俺がなんでも好きに奢ってやる、だから死ぬな!!」

『おうッ(うん!)』


みんなの顔からさっきまでの絶望した顔は消え、そこには覚悟を決めた者たちの顔があった。

死を覚悟した者たちの顔が。

そういうのは何度も見てきたオレには分かる。


あいつらは生きるのをたった今放棄した。

最後はかっこよく死にたい、惨めに死にたくない、もうどうにでもなれ、そんなところだろう。

意志を決める者、願いを持つ者、自暴自棄になる者、それらに共通するものは『もう生きては帰れない』と思っていることだ。

自分の生存を諦めている者達だ。


だから、ここにいる者たちはたった今となったのだ。


だったらオレがこいつらをどうしようと許される。

なぜならこいつらは死者だから。


オレは意識を切り替えて、懐からを取り出す。

そしてそれを天井へ思い切り投げ付ける。


ドッカーーーンッ、ガラガラ


「な、何だ!? 何が起こった!」


仲間も、モンスターも、何が起こったのか分からないという顔をしている。

だから、その正体を探ろうとするのも不思議なことじゃない。正常な行いだ。

そして何が起こったのかは分からないが、何がは直ぐに分かった。


「天井が、崩れて……?」


さっきまでは綺麗だった遺跡が、後方の部分だけ酷い崩落をしていた。

そしてその崩落で、天井に穴が開き、外に出られるようになっている。

それはつまり


「あそこから逃げられるぞ! やった、俺たち助かるんだ!」


そこから外へ脱出出来るということだ。

この魔物達から逃げられると、誰もが顔を明るくする。

彼らは今の状況を思い出し、素早く次の行動へと移る。


「前衛は魔物を抑えて後衛の奴から逃げろ!そして後衛の奴は穴に上がったら俺たちを急いで引き上げてくれ! 頼んだぞッ!!」

「わかった!」


先程は決死の覚悟をしていた者たちが、転じて希望に満ち溢れた顔をしている。

人とは移ろいやすい生き物なのだ。

今まで絶望の只中にいた彼らがそれに希望を持ってしまうのは、当たり前なのだが。


そして彼らが逃げようとする時、頭上から何かが投げられる。


「な、次は何だ!」


それは爆弾のような物だった。

だが爆発はせずに、地面に落ちると煙を立てて一気に視界が悪くなった。


「ブッ、ゲホッゲホッ……、これ、ただの煙弾じゃないぞ! 魔物を引き寄せるトラップの匂いがする………! おい! こんなの誰が投げやがったんだ! 出て来い!」


それは周囲の魔物を引き寄せるトラップだった。

本来の使い道は、自分たちの都合の良いところに敵を引き寄せて一網打尽にしたり、逃げる時にそのトラップを発動させ誰かをおとりにしたりする、などである。

そしてこの場合、彼らは後者に当てはまる。


「!? ちょ、ちょっと、前からさらに魔物が来てるわよ! どうすんのよ!」

「どうするもこうするも! 前衛で時間を稼ぐことも無理! 後衛で一掃するのも無理! 天井の抜け道に行くにも登るのに時間がかかり過ぎて無理! ………………もう、終わりってことだよ」


希望から一転、またも彼らはその身に絶望を刻まれる。それも今度はより深く、抵抗する気さえ起きない、そんな深い絶望。


「………あれ? そういえばラベル……、ラベルは何処行ったんだ?」

「あいつなら抜け道を探しに…………、あッ! まさかあいつ!」

「一人で逃げたんじゃない?!」


疑いをかけられるラベル。

人はどうしようもない状況に陥った時、普通なら有り得ないと思うような思考をする。


「いや、それだけじゃない。この状況って、あいつが逃げ出せるのに最適じゃないか?」

「私たちを囮にしてってこと……? あ、あいつ、そんなことする奴だったなんて……!!」


2年以上同じパーティーに所属し、同じ釜の飯を食い、死線を共にした大切な仲間でさえ疑いだしてしまう。


勘違いしてはいけないが、彼らパーティーには亀裂のような、パーティー内での不和は存在しない。

皆年も近いことから兄弟のような気安ささえある、理想のパーティーだった。

だから誰かを怒ったり馬鹿にしたり笑ったりする事はあれど、貶めたりはしない。


それを今ではこの状況は全てラベルのせいだというような空気が、パーティーに流れていた。

いや、全員がこれを真実だと盲信している。

何故か、そういう動機は説明出来ないし、方法もなんとなくしか分かっていない状況で、犯人をラベルだと思っている、破綻した思考回路。


だがそれももう終わる。

彼らが妄想する時間は、とても短いものだからだ。


「あ、あいつは絶対ゆるガッ!! …………」

「魔物がもうそこにいッ、いやぁああぁあ!! 来ないゲッ! ぁああ………」

「あ、あの噂は本当だったんゲッ! ぐっ、ぁぁあああ!!!」


彼らは次から次へと増えていく魔物達に踏みつけられ、又は噛み付かれ、押し潰され…………、そして、そのパーティーは全滅した。

最期まで呪詛を吐きながら。





………………いや、一人、生き残っていた者がいる。

彼らに謂れ無き誹謗中傷をされた少年、ラーベリアンだ。


彼は今、遺跡から少し離れた所で休憩を取っていた。


「あいつらとなら、もっと長生き出来ると思っていたんだがな………。残念だ、本当に」


彼は少し感傷に浸るように呟いた。


だがこの感傷は、彼らが死んだ事に対してであって、死に追いやった、言い方を変えるとことへの感情は持ち合わせていない。


「でも、あいつらも本望だろう。なにせ無駄死にじゃないんだ。オレを守れて死ねて、あいつらも幸福だろう」


彼らにとって不幸だったのは何か?と言われれば、魔物に襲われたことと誰もが答えるだろう。

だが実際は違う。

彼らにとって一番不幸だったのは何か、それは彼をパーティーに入れてしまったことだ。


今回の事件では確かに何をしても彼らは生きて帰ることなど出来なかったのだろうが、もし彼が居なかったら、今回の事件は訪れなかったかもしれないのだ。


「………ふー、よし!明日からはまた一人だ。色々仕事探さないとな!」


彼の望みは『死なない』こと。ただそれだけ。


彼にとってはそれが果たされるなら全てが些事だ。

なぜなら彼は知っているから。

冒険車は早死にすると、身をもって。

それに比べれば苦痛とも言える鍛錬も、毎回ベストなコンディションへもっていくことも、有り金全部叩いた装備を買うのも、全て当たり前だ。

そこに例外は存在しない。生きるためには。


そう、例えば家族のように慕っていた仲間達を地獄に落としても、自分が生き延びればそれでいい、彼は本当にそう考えている。

これは彼が昔に身に付いた考え方であり、幼い頃からそうやって生きた彼にはそのせいで、様々な渾名あだな、いや、蔑称がつけられた。

チキン、卑怯者、玉無し、雑魚。そこら辺の子供が付けたような名前がいくつも。

その中で彼が気に入って、自分で言っている名前もある。


『屑野郎』 ラーベリアン


なぜ彼はこれを気に入っているのか。

一番的を得ているからだろうか、他のよりマシだからだろうか、それとも純然たる事実だからだろうか。

その真相は彼にしか分からない。




ただ、彼はこの名前で呼ばれた時、時々遠い目をする。








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