第四章 / 罪人、死罪となる

第29話 帽子をかぶった紛い物


 あの日の海岸での出来事から、三日。

 俺はアホほど魔力を使い込んだ影響からか、体を思ったように動かせずにいた。


 とは言え症状は軽く、簡単に言えば筋肉痛に似たようなものだ。生活に影響が出るほど酷くはないが、普通に痛いからあまり動きたくはない。


 その一方で、憎しみによって全身に広がっていたタトゥーは日毎に元に戻りつつある。呪術師の呪いはによって緩和されると聞いた事があったため、毎晩日光浴ならぬ月光浴をしたのが効果的だったのかもしれない。今ではほとんど以前と変わらなくなった。


 ただ、少し前にラムナから矢で射抜かれた傷は逆に思いっきり悪化したらしく、俺のタトゥーの暴走が止まった後から徐々に痛み出したので少し困っている。薬草と魔法でだいぶ癒えたが、まだ普通に痛い。


 おそらくそろそろ軍の連中が再び島に乗り込んで来る頃だろうし、出来る事ならば、何かあった時に備えて極力体力は温存しておきたいと思っ──



「ふぎゃあああっ!!」



 ──ていたのだが、どうにも簡単にはいかないようで。



「はァ~~、アイツまーた何かやってんなァ……」



 外から聞こえてきたのは、もはや恒例になりつつあるリシェの絶叫。


 俺は痛む体に鞭を打ち、のそりと起き上がって外へ出る。すると、リシェがゾンビ畑の前であからさまにテンパっていた。



「どーした、捜査官。なんか出た?」


「どうしようイドリス、カカシが折れちゃった!!」


「うわー、思った百倍どうでもよかった」



 焦っている彼女の手元を覗き込めば、元々この畑にあったカカシが真っ二つに折れてしまっている。「うっかり転んだ拍子に掴んじゃって、ポキッと……」としょげるリシェの頭をぽんと撫で、俺は倒れたカカシを持って起き上がらせた。



「随分昔に作られたっぽかったからなァ、どのみち近々壊れてたんじゃね? それより、アンタに怪我は?」


「え、あ……わ、私は大丈夫……」


「あっそ」



 一応問い掛けてはみたものの、不死アナトスであるらしい彼女は例え怪我を負ったところで死ぬ事はないし、傷もすぐに塞がる事が分かっている。分かってはいるのだが──やはり安否は気になってしまうもので。


 ひとまず怪我がない事に胸をなでおろし、俺は力なく木に寄り掛かるカカシを見つめた。


 そいつの風貌は、最初に見た時から何の印象の変化もない。心做しか憂いを帯びているようにすら思えてくる顔は泥で薄汚れていて、深くかぶっている古びた帽子には、相変わらず俺には読めない何らかの文字が記されていた。


 そういや、前に見た時からこいつの帽子には何か書いてあったな。



「なあ、コイツの帽子の字、何て書いてあんの?」



 何の気なしに問い掛ければ、リシェはカカシに目を向ける。そしてすぐに答えた。



「“ファルシ”。古い言葉で“まがいもの”の意味ね。模造品、って事」


「ふーん」


「十年ぐらい前までは一般的に使われてた言葉みたいだけど、今ではあまり使われない言葉よ。差別的だからって」


「……差別的?」


「うん。見かけだけで何も出来ない人とか、役に立たない人とか……それこそカカシみたいな人を、揶揄やゆして“ファルシまがいもの”と呼ぶ事があったの。……たとえば、私みたいな……」



 そう説明しつつ、リシェは小声でぽそりと付け加える。俺は視線を彼女に移し、その額を軽く小突いた。



「いたっ!」


「何言ってんだよ、今まさに役立ってるだろ」


「……え」


「俺、文字読めねーし。読めるアンタが居てだいぶ助かってんだぜ、これでも。……いつもありがとな」



 ふ、と口角を上げれば、リシェはきょとんとしながら俺を見上げる。やがて頬を赤らめて目を逸らした彼女は、「こ、これくらい、いくらでも読むよ……」とこぼした後で、折れたカカシへと視線を戻した。


 どこか切なげにカカシを見つめる彼女を横目に、俺もまたカカシへと顔を向ける。



「……直すか、コイツ」


「!」


「このカカシのおかげで、最初にこの小屋見つけられたようなもんだし。恩返ししてやろうぜ、ぐらい」



 ──最後。


 その言葉を口にした途端、リシェは一瞬綻ばせたはずの表情を再び曇らせて俯いた。どうやら俺の発言の意味が理解出来ぬほど馬鹿なわけではないらしい。


 今夜か、明日か、明後日か。次にこの島へ軍が乗り込んで来た時には、おそらく、もう──俺は助からない。

 死罪が確定した今、再び軍に捕まるか、この島で殺されてしまう運命だろう。


 俺は別にそれでいいと思っている。

 ただ、リシェだけは安全に国に帰してやりたい。

 それさえ叶えば、あとはどんな結末だっていい。


 だが、リシェの表情は複雑そうで。俺は目を逸らし、その顔に気付かないフリをした。



「カカシ直すなんて初めてだわ。まずは材料集めだな」


「……」


「ほら、行こうぜ。どうせなら質の良い木で作り直してやらねーと」



 俯く彼女の手を取り、俺は歩き出す。


 弱々しく握り返された手のぬくもりは些か俺の覚悟を鈍らせたが、それにも気付かぬフリをして、俺達はカカシ修復の材料探しへと向かったのだった。




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