第27話 アンタちょっと服脱げ

「はあっ、はあ……げほっ!」



 リシェを抱え、軍の連中から走って逃げ出した俺は、森の奥深くで彼女を岩陰に下ろして痛む肺を押さえ付けながらしゃがみ込んだ。息を整え、飛び交う情報と現在の状況を整理する。


 相変わらず俺の体は返り血に塗れ、タトゥーも侵食は止まったようだが全身にその範囲を広げたままだ。そんな俺の姿に、少なからずリシェは困惑しているようだったが──それはお互い様である。っていうか、おそらく確実に俺の方が戸惑っている。


 だって、死人が蘇ったんだぞ?

 そんな事有り得るわけがない。


 俺はリシェを凝視し、普段と何ら変わりのない事を確かめながら問いかけた。



「……アンタ、本当に生きてる? 亡霊とかじゃなくて? つーか化けて出るにしても、ちょっと早すぎるんじゃねーの?」


「だ、誰が亡霊よ! 何言ってんの!? そんな事よりイドリス、どうしたのこの体! すんごい気持ち悪いメイクなんだけど!! 趣味悪過ぎない!?」


「いやわざわざこんな全身メイクするわけねーだろ」



 突飛な発言に思わず呆れてしまったが、このアホっぽい感じもやはり普段のリシェそのものだ。誰かが成り代わっているのでは、という疑念も消える。


 じゃあ、本当に生き返った……?

 そんな馬鹿な。



「……アンタ、今までに死んだ事ってある?」


「死……!? あ、あるわけないでしょ! さっきから何なのよ!」


「誰かに撃たれた事は?」


「それもないわよ! 痛そうだもん、絶対やだ……!」



 ぶんぶんと首を振り、「私、痛いの嫌いだもん……」と俯く。


 どうやら、レナードに撃たれた事すらも覚えていないらしい。




(見た目や性格、口調も普段と同じ……だが、確かにあの時、銃弾が心臓を撃ち抜いていたはず……)



 呼吸も心音も止まっていたリシェの姿を思い返し、俺は彼女の左胸を見つめた。服には穴が空いているため、銃弾がそこを貫通した事は間違いない。


 問題は、その中身だ。



「……なあ」


「うん?」


「アンタちょっと服脱げ」


「ふおおァッ!?」



 唐突な俺の指示にリシェは目を見張った。続けて「ば、バッカじゃないの!? 何言ってんのよ!!」と頬を紅潮させながら胸元を押さえる。


 だが、俺は大真面目である。



「いいから脱げ。胸元だけでいいから」


「や、やだよ! おっぱい見たいだけでしょ!?」


「違……いや胸が見たいのは間違いないけど、そういうやましいアレじゃなくて安否確認っつーか」


「やだやだ! 絶対やーだーー!!」


「あーもー、いいからちょっと大人しくしてろって!」


「ひゃうっ!?」



 騒ぐリシェの手を掴み、そのまま地面に押し倒す。片手で彼女の腕を固定して華奢な体に馬乗りになり、空いた手を胸元へと伸ばせば、頬を真っ赤に染めたリシェが「あ……っ、ちょ、ちょっと……!」とか細い声を発して身をよじった。


 そんな抵抗を無視した俺は彼女の衣服に手を掛け、胸元の布をずらして素肌をさらす。


 あらわになった豊満な胸。


 そこには、傷一つ見当たらなかった。



「……傷がない……?」



 呟き、左胸に触れる。途端にリシェはびくっ! とあからさまに震え上がったが、構わず心音を確かめた。


 だが、手ではいまいち鼓動の動きが分からない。俺は触れた手を離し、今度は耳を左胸に押し当てる。


 ──とく、とく、とく……。


 確かに伝わる、彼女の音。



「……動いてる……」


「い、イドリス……っ、は、恥ずかしいよ……やだぁ……」


「……ちゃんと生きてんのか……アンタ……」



 彼女の胸から耳を離し、掠れた声で問いかけた。きょとんと不思議そうに丸くなる瞳。リシェは首を傾げ、俺の目をじっと見つめる。



「……? 生きてるよ? どうしたのイドリス、なんか変じゃない……?」


「……」


「どこか痛いの? なんか……ちょっと、泣きそうな顔してるような──」



 彼女がそう言いさした、直後。


 俺はその体を引き寄せ、強引に腕の中へと閉じ込めた。ほとんど無意識に、自然と、彼女を抱き締める形になっていた。


 ひゅ、と息を呑む音が耳元を掠めて、「え、あ、う……!?」と困惑する声が届く。おそらく耳まで顔を赤く染めているのだろうと、頭の隅でぼんやり考えた。



「い、い、イドリス……!? イドリス、急にどうしたの!? ねえ!?」


「……うるさい……ポンコツ……」


「はあぁ!? 誰がポンコツだ!!」


「……勝手に死んだり、生き返ったり……心配させんのも、マジでいい加減にしろよ……」



 背中に回した腕に力が篭もるが、発した声は相対的に弱々しく掠れてしまう。らしくもなく手が震えそうになり、なんとか耐えて彼女の温もりに身を寄せた。


 生きている。呼吸をしている。

 そう思うと、情けないとは思いながらも心底安堵してしまった。


 よかった、と思わず漏れた声に、リシェは首を傾げるばかりだったが──やがて、恐る恐るといった様子で彼女も俺の背中に腕を回す。



「……な、なんか、分かんないけど……心配かけたみたいで、ごめんね? イドリス……」


「……」


「私、時々うっかり居眠りしちゃって……ちゃんと気を付けなくちゃ……」


「……居眠り?」



 彼女の発言にぴくりと反応し、俺は腕の力を緩めながら顔をもたげた。リシェは控えめに頷き、言葉を続ける。



「う、うん……私、昔からそうなの。気付いたら居眠りしてる事が多くて、改めないとなーって……」


「……」


「ね、ねえ、イドリス……さっき、私が寝てる間に、一体何が起こって──」


「──あらあらぁ~、お熱いわねぇお二人さ~ん! うふふっ、ラブラブ抱擁中に横から失礼~」


「!!」



 その時、突として耳に届いた第三者の声。俺は即座に起き上がり、険しい目付きで背後を睨んだ。


 くすくすと笑うその女は、高い木の枝に腰を下ろして俺達を見下ろしている。



「……ラムナ……!」



 忌々しいその名を紡げば、彼女の口元はにんまりと、不気味に弧を描いたのであった。




 .

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る