第17話 はじめまして半魚ゾン

 上半身がゾンビ、下半身が魚──そんな謎の生物を釣り上げた俺達は、とりあえず暴れるそいつを普段食ってるゾンビと同じ要領で締め、拠点へと連れ戻ってきた。


 事切れて地面に転がるそいつを見下ろし、俺とリシェは互いの顔を見合わせる。



「なあ捜査官、何だこれ」


「きっと、“半魚人”ならぬ“半魚ゾン”なんだわ……!」


「いやどっちかと言うと“人魚”ならぬ“ゾン魚”だろ」


「そんなんどっちでもいいわよ! それよりもコイツ、ちゃんと魚の味するんでしょうね!?」


「あ、食う事には抵抗ないんだ」



 どうせまた『こんなの食べたくない!!』と大騒ぎするのだろうと思っていただけに、その受け入れの速さには若干驚いた。が、説得する手間が省けたので俺的には万々歳である。


 ゾン魚──もうこの名前で呼ぶ事にした──の見た目は、それこそ人魚のゾンビ版、といった感じだ。

 もちろん上半身だけでなく、下半身もパッと見はただの腐乱した屍肉。死んだ人間の下半身に、死んだ魚の尻尾がついてるみたいな感じ。


 だが内臓を取り出すついでに切り開いた中身をそっと覗いてみれば、魚特有の生臭さはあるものの、やはり腐敗臭のようなものは全くしない。


 やっぱ見た目がエグいだけで、こっちも肉自体は新鮮そうだな。



「まあ、とりあえずさばくか。まずはウロコ削いで三枚に卸すぞ」


「じゃあ頭も全部落とすわね」


「いやこの二週間でたくましくなり過ぎじゃない? 捜査官」



 もはやゾンビの頭を切り落とす事に何の躊躇もないリシェ。その成長ぶりには素直に感心してしまうが、なんか、なんだろうな……俺、ちょっとだけ責任感じるわ。



「なんか、ごめんな捜査官……アンタ、昇進出来なくてもきっと強く生きていけるよ……がんばれよ……」


「ちょっと!? 昇進しないなんて決めつけないでよ! するかもしれないじゃん!」


「ポンコツが治ればな」


「うぅ~……!!」



 悔しそうに歯嚙みする彼女をあしらい、俺はゾン魚の解体を続ける。


 頭を落とし、内臓も取り、ウロコを削いだところで、俺は早速ゾン魚の半身のみを切り離して三枚に卸し始めたのだった。



 ──で、それから数十分後。


 料理を終えた俺達の目の前には、数種類もの魚メニューが並んでいた。


 まずは定番の塩焼きに、オリヴァルの木の根から抽出した油で揚げた唐揚げ、更には香草と共に煮付けたアクアパッツァ風の煮魚まで。

 ほぼ下半身の魚部分のみで作り上げた料理達は、艶やかな身を輝かせて切り株の上に並んでいる。


 ──そしてなんと言っても、メインはこれ。



「やっぱ魚は刺身だよな!」


「いや生食はちょっと危険過ぎない!?」



 焦った様子でリシェが声を張る。

 目の前には、生のまま並べた紫色の魚の切り身がずらり。それはどう見ても“腐った刺身”そのもので、ビジュアル的には最悪である。


 いくらゾンビ食に慣れたといえど、さすがのリシェも生食には怖気付いているのかようやく本来の彼女らしく止めに入ってきた。しかし俺は止まる気などさらさらない。



「イケるイケる、前にレアに焼いたゾンビのカルパッチョ食った時も平気だったじゃん? 刺身もイケるって」


「もおお! アンタその安直な考えどうにかしてよぉ!! 私嫌だからね、そんな紫色の刺身!!」


「そう言わず一口食べてみろって。はい、あーん」


「ちょっとぉ!? 何で私先行!? さては毒見させる気でしょ、ふざけんなこっちくんなぁぁ!!」


「まあまあ、いいからいいから」


「いーやぁぁ!! 離せこのっ──もごぉ!!」



 やかましく喚くリシェを拘束し、だいぶ強引にゾン魚の切り身を口へと突っ込む。「むぐー!!」「もごごー!!」としばらく彼女は抵抗して暴れていたが──やがて黙ると、大人しくそれを咀嚼し始め、ついにはごくんと飲み込んだ。



「……」


「……で、どう?」


「久しぶりに魚食べた……!」


「ちゃんと魚の味?」


「うん! おいしい!」


「もう一口いる?」


「うんっ!」



 あっさり。激チョロ。


 あれほど嫌がっていたのが嘘だったかのように、リシェは容易く破顔して口を開く。そんな彼女に肩を竦めつつ、俺はもう一切れの刺身をその口の中に放り込んだ。



「んー! んまぁー! 身が引き締まっててこりこりしてる! さいこー!」


「……なんつーか、アンタほんと平和な頭してるよな」


「え? それ褒めてるって事?」


「おー、褒めてる褒めてる」



 適当に頷けば、リシェは「えへへ」と嬉しそうに笑う。やっぱ頭ん中が平和ボケしてるわ、と軍人にあるまじき単純な思考に呆れる俺だったが、不思議とそのまま変わらないでいてほしいとも思えてしまうのだった。




 *




 かくして、久しぶりに肉以外の食材で腹を満たした俺達は満足顔で拠点へと戻って来た。「満腹~、眠い~」と大欠伸をこぼすリシェにつられて、俺も大きく欠伸をこぼす。



「マジで疲れたなァ……海に潜ってナイフで仕留めた方が早かったんじゃねえの」


「私泳げない……」


「いや俺が潜るから」


「だめよ! そしたら私がその間ひとりぼっちになっちゃうじゃん! ゾンビに襲われたらどうするの!」


「さよーなら」


「諦めんな!!」



 途端に激昂したリシェが目尻を吊り上げ、食いかかって来ようとした瞬間、俺は落ちていた毛布を即座に広げて彼女を包み込んだ。すると程なくして、かくんと彼女の意識が落ちる。



「ぐー」


「よし、寝かしつけ完了」



 一瞬で睡魔に負けたリシェを担ぎ、魔導式テントの中に放り込んだ。やがて俺も隣に横になり、華奢な彼女の手を握り取る。


 普段から『手繋いでくれないと怖くて眠れない!』とやかましいリシェの手を、こうして一緒に繋いで眠るのがもはや日常の一部となってしまった。とは言えリシェはもう眠っているのだから、別にわざわざ手なんか繋いでやらなくともいいはずなのだ。……が、なんとなくその手を握ってやってしまう。


 俺も存外甘いよな、と自身に呆れつつ溜息をこぼした頃──不意に、俺の視線は彼女の細い指に引き寄せられた。



(……そういや釣りしてる時、中指に釣り針刺した~って騒いでたよな、コイツ)



 海辺で見た時は大した事なさそうだったが──とは思いつつも、一応怪我の様子を確認しておく。やはり傷は全く残っておらず、腫れている様子もなかった。


 つい安堵したと同時に、ふと、俺はゾン魚が釣れた際の事を思い出す。



(あれ……? あのゾン魚って……よく考えりゃ、リシェが怪我した直後に釣れなかったか?)



 ややあって、俺はそう気付いた。

 確かあの時、「釣り針が指に刺さった」とリシェが喚いた途端、ゾン魚は餌に食らいついたのだ。それまでアタリひとつ来なかったというのに。


 更に俺は、自分がこの島に流れ着く前に乗っていた小舟の上での出来事も同時に思い出す。



(……待てよ、あの時もそうじゃねーか……? 島が近くなった頃、監視官のオッサンが腕を怪我して……その瞬間、舟に何かがぶつかって来たよな……?)



 島に着く直前で小舟から落下し、そのまま行方知らずとなった監視官の男──その顔をなんとなく思い出しながら、やがて俺は「もしかして……」と一つの可能性に辿り着いた。



「──ゾン魚は、血に反応するのか……?」



 ぽつり。小さく呟き、リシェの手を見つめる。


 つまりゾン魚は釣り針に付けていた餌ではなく、リシェの指に針が刺さった事で、その針に付着した“血液”に反応して食いついてきたのではないだろうか。


 監視官のオッサンが海に落ちた時も同様に、腕の怪我から出血した事で海を漂っていたゾン魚が反応し、俺達の乗ってた小舟にぶつかって来た──?



(……おい、待て。ちょっと待てよ……だとしたら、色々と話が変わってくんぞ)



 俺は上体を起こし、視線を泳がせながら顎に手を当てる。


 ──監視官のオッサンが腕を怪我したあの時、今思えば明らかに、彼は不自然なタイミングで傷を負っていたように思う。俺とあの男以外には誰もいないはずの海上で、何の前触れもなく、突然に。


 あの日は夜で、更に霧も濃かった。

 もしもとして、それに気が付けなくとも何ら不思議ではない。


 もしあの時、俺達の舟が何者かに尾行されていて、尚且つ『血に反応する』というゾン魚の特性を知った上で、あの監視官だけが海に落ちるよう意図的に怪我を負わされていたのだとしたら──。



「……俺達は、ずっと、誰かに監視されてる……?」



 狭いテントの中、その推論に辿り着いた俺は、繋いでいたリシェの手を強く握り締めた。




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