第16話 もうゾンビ飽きた
この島に流れ着いてから、早いものであっという間に二週間が経過していた。
十日以上もこの島で暮らせば、何となく一日の過ごし方は定まってくる。
起きたらまず飯を食い、夕方まで島を探索し、日が落ちたらゾンビを狩って、また飯を食う。そんで風呂に入って寝る──その繰り返し。
最初はあれほどゾンビ食を嫌がっていたリシェも、流石にもう慣れたのか、最近では肉の血抜きや食事にも抵抗を抱く様子はなくなっていた。未だにビビってはいるが。
何不自由なく過ごしている、順風満帆なゾンビ島生活……に、見えるだろう。一見は。
だがしかし、今度は別の問題が、俺達の生活を脅かしていたのだった。
それは──。
「……飽きたな」
「……飽きたわね」
ぽつり。義務的に肉を咀嚼しながら同意するリシェの隣で、俺もまた義務的に肉を噛んで喉に流し込む。
この島で過ごし、今日でちょうど十四日目。
俺達はついに──ゾンビを食う事に、飽きた。
「ぶっちゃけもう見たくないレベルで普通に飽きたな」
「そりゃ何日もずっと同じもの食べてればそうよ」
「もはや食事っていうか、ただ噛むために
「分かる〜〜〜」
はあ~、と二人同時に溜め息を吐いた。
ゾンビは個体によって多少の味の差異があるとはいえ、食っているものは結局ずっと同じ肉。どれだけ
「さすがに塩とその辺の香草だけじゃ、味付けのレパートリーにも限界があるよなァ……あー、本土での食事が懐かしいわ~。普通にパン食いたい。たまの贅沢に麦飯とか食いたい」
「分かる、懐かしいよね……ふわっふわの綿雲バターロールとか高級ポリュフ茸とぷりぷりオーロラエビのペンネグラタンとかオパール蟹のクリームコロッケとかが恋しい……」
「ごめんそれ俺一つも食った事ない」
リシェの生活水準の高さにやや引きつつも、俺はすっかり飽き飽きしたゾンビ肉を咀嚼して強引に喉の奥へと流し込んだ。
遠くを見つめる俺達の瞳は、おそらく死んだ魚のように光を無くしている事だろう。背後の柵の中に収容しているゾンビの数もこの二週間で順調に増え、立派な“ゾンビ農場”と化している。マジで今ゾンビとか見たくもないけど。
「……ていうか、ゾンビに飽きたなら魚釣ればよくない?」
しかし、その直後。リシェが不意にそう声を発した事で俺はぱっと顔を上げ、瞳を輝かせてリシェと向かい合う。
「……捜査官、アンタ天才か?」
「天才だわ、私」
「そうじゃん、魚食えんじゃん。なんで気付かなかったんだ俺達。なんかこの島ゾンビしか居ないから、勝手に『ゾンビ食わねーと』って謎の刷り込みしてたわ」
「私も」
手を取り合い、打開策を閃いた俺達は立ち上がった。今思えば至極当たり前の事だが、ここは島。周りは海。魚がいるはずなのである。
俺は近くに立て掛けておいた斧を手に取り、早速肩に担いだ。
「よし捜査官、アンタは小屋ん中で釣り糸になりそうなもん探せ! 俺は森で竿になりそうなもん見繕ってくるわ!」
「ラジャーッ!」
同じ目標を定めた俺達は阿吽の呼吸で見事に連携し、次こそはゾンビ以外の食材を得るために、釣竿製作用の材料探しへと出かけたのであった。
*
ゾンビの
一、ゾンビは月の出る夜にしか活動しないという事。更に、見た目に個体差はないが、肉質や味は個体によって差異があるという事。(時折クッソ不味いゾンビがいる事も確認済)
二、島の大きさは外周で約十キロ程度。まあまあ広く、海岸付近と中央部付近とではそこそこの高低差もある。川があり、木の実や野草、薬草などが豊富だという事。
三、他の人間どころか、獣などの野生の動物すらも一切見当たらないという事。小さな虫のみ確認出来ているが、それ以外の生物はどうやら生息していないらしい。
──以上三点が、俺達が探り出したこの島の大まかな実態だ。
だが、この三つのうちの一つである『生物がいない』という点においては、今夜の俺達の釣果によっては覆されるかもしれない──と、そう思っていた。
ほんのつい数時間前までは。
「……全ッ然釣れねえ~……」
「ねえイドリス、私飽きた……」
「奇遇だなァ捜査官。俺も飽きた」
波の
岬に腰掛け、背中合わせに釣り糸を垂らした俺達は、アタリすらも来ないまま浪費していく時間を持て余して互いの背に力無く凭れかかっていた。
「ふあぁ、眠い……もうこれ無理だよイドリス、諦めよ……きっとお魚もみんなゾンビに食べられちゃって何も居ないんだよ……」
「おいおい簡単に諦めんなよ捜査官、忍耐力ねえな~。俺ちょっと仮眠するから竿見てて」
「忍耐力ないのどっちよォ!! しれっと私に竿押し付けて寝ようとすんな!!」
「痛たたた」
ごつんごつんと背後から頭突きを食らわせてくるリシェ。そんな彼女に「すんません調子に乗りました、痛いのでやめてください」と棒読みで謝りつつ、俺はまた何の反応もない釣り糸の先をぼんやりと眺めて欠伸をこぼした。
それは背後のリシェにも伝染ったようで、彼女もまた大欠伸をしながら竿を一度引き上げる。釣り針にぶら下がったまま全く減る様子を見せない“餌”を見つめ、リシェはじとりと目を細めた。
「……ていうか、こんな餌付けてるから何も釣れないんじゃないの?」
「いや~、魚もさァ、たまには肉とか食いたいかもしんねーじゃん?」
「ゾンビじゃなければね」
リシェはどこか遠くを見つめ、低い声で声を紡ぐ。俺は知らん顔でそっぽを向き、口笛を吹きながら竿を揺らした。
──そう。俺達は今、ゾンビ肉で釣りをしている。
「釣れるかァ! こんなんで!!
「しょーがねえだろ、アンタが『虫は嫌』『ミミズも嫌』ってワガママ言うんだからさァ」
「だってやだもん! 虫とか無理! 気持ち悪いやつ無理! それだけはやめて!」
「はいはい、捜査官の仰せのままに~。ってわけで、黙ってゾンビで釣りしてクダサーイ」
テキトーに返事をし、ふああ、と俺はまた欠伸を漏らした。するとその瞬間、今度は「いったあぁ!!」とリシェが背後で絶叫する。
「んあ? 何?」
「餌の位置変えようとしたら針が指に刺さった!」
「なんだ、いつものポンコツか」
「ちょっとぉ! 少しは心配しなさいよ! 結構血がいっぱい出てるんですけど!!」
「ハア、どれどれ……」
騒ぐリシェがやかましいので、ひとまず溜息混じりに振り返る。すると確かに彼女の中指からは少量の血が流れていた。
「いや、ちょっとじゃん。捜査官騒ぎすぎ~」
「この“ちょっと”が痛いの!! ばか!!」
「はいはい、痛かったですね~可哀想に。じゃ、引き続き頑張って」
「雑ッ!!」
リシェは「もっと丁重に扱えー!!」と俺の背中を殴り始めるが、とりあえず無視しておく事にする。いや~、深夜だってのに小さい事でここまで大騒ぎ出来るだなんて、逆に才能ですよ。尊敬しますわ。
と、再び海面へ視線を移した直後。
またもやリシェは「うわあああ!?」と声を上げた。
「ひいっ、うわ、いっいっイドリス! イドリスぅぅ!! ねえ! 助けて!!」
「んだよ、うるせーなあ~。今度はどこに針刺したわけ~?」
「違う! 来た! 来たのよ!」
「はー?」
「アタリ!! アタリが来た!! 竿が引いてる!!」
リシェがそう声を張り上げた刹那、俺は勢いよく振り向いた。彼女の竿は凄まじく
が、俺はすぐに疑惑の目を向けた。
「……アンタ、とんでもないポンコツだからな~。ただの根掛かりじゃねえの?」
「違うって! ほんとに! ほんとに引いてるんだってば!!」
「えー、でもそんないきなり大物掛かるぅ? デカい岩とかゴミとか引っかかってんじゃね?」
「いや違、だってすんごい暴れてっ……ぎゃあっ!?」
彼女が言いさした瞬間、竿が勢いよく引かれてリシェの体が傾く。「ぎゃーーっ!?」と叫んだリシェがそのまま海に引き込まれる──という直前、俺は彼女の腰を捕まえて強引に引き戻した。
同時に竿も握り取れば、確かにとてつもない力で何かが暴れている。
「あらま、ホントに何か掛かってんな」
「ほらぁぁ!! だから言ったじゃん!! 何か来てるって言ったじゃんかァ!!」
「つーか、重っ! こりゃ大物だぜ、さすがだな捜査官。天才最高めっちゃありがとう」
「ふへへ~」
適当に褒めればころりと機嫌が直った激チョロ捜査官に俺は自分の竿を託し、両手で強く彼女の竿を握り込んだ。引いてる重さの感覚的に、相当デカい魚らしい。
(うっわ、マジ重……何だこれ、ブリ? マグロ? リール無しで釣れるか?)
島にあるものをかき集めて作った釣竿がこんな大物に耐えられるのだろうか、と懸念が募る。珍しく些か焦っていた俺だったが──いや、俺も男だ。男ならば腕力勝負。もうゾンビは食いたくない!
気合いで一本釣りしかあるめぇよ!!
「うおらああァッ!!」
「わあああ!?」
雄叫びと共に、俺は重たい魚を強引に水中から引っ張り上げた。飛沫を飛ばし、巨大なその魚影が月を隠して宙を舞う。
視界に入ったのは、長い尾ヒレ、月明かりを反射する煌びやかな鱗。
そして──腐乱した上半身と、二本の腕。
「……え? 腕?」
本来魚にあるまじきパーツが見えた事で眉を顰めた直後、巨大なそいつは遂に陸地へと引き上げられた。釣り針を飲み込み、ジタバタと暴れるそいつは、「ウー、ウァーー……」と聞き慣れた呻き声を発している。
釣り上げたそれは、確かに、尾ヒレがある魚ではあった。……下半身のみ。そう、下半身のみは魚なのだ。
上半身はゾンビだったわけだが。
「いや何か思ったんと違うな!?」
思わず叫んだ俺とリシェの大声と共に、結局ゾンビを釣り上げてしまった俺達の夜は、今宵も刻々と更けていく──。
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