第15話 ゾンビ農場と星降る夜

「……ねえ、何で増えてんの」


「んあ? ゾンビ料理のレパートリーの事? わりと作れるモン増えてきたよな~」


「ちっがぁぁう!! 何でゾンビの数がさっきより増えてんのよぉぉ!!」



 ダァンッ!! とテーブル代わりにしていた切り株を叩き付け、リシェは三匹に増えた柵の中のゾンビを指さして吠える。俺はポリポリと頬を掻き、バラしたゾンビの肉を叩いてミンチにしながら答えた。



「いやー、今夜分のゾンビの血抜きしてる間ヒマだったからさ~。他のゾンビも復活してんのかな~、と思って様子見に行ったわけよ。そしたら普通にゾンビ共が徘徊してたから、三匹ぐらい生け捕りにして連れて来た」


「だから何でそうなんのォ!? せっかく減ったのに他のモン連れてきてどうすんのよ!! 捨てろ! 今すぐ捨てて逃がしてこい!」


「逃がしたってどうせまたすぐ捕まえてきて埋めるぜ、俺。ほら、土ん中にゾンビ埋めとけばさァ、夜には勝手に生えてきてくれるわけじゃん? そしたらいちいち狩りに出掛けなくていいだろ? あそこって元々は畑なんだし、どうせなら使いたいじゃん。──ってわけで、ゾンビ植えて収穫出来るようにしたんだよ」


「なんちゅう畑の使い方しようとしてんの!? 勝手に家の横にゾンビ農場作ろうとすんな!!」



 耳元で怒鳴るリシェの声を耳栓代わりの小指で遮りつつ、「あ、いいじゃんゾンビ農場」と俺は顔を上げる。途端に頬を引きつらせたリシェに構わず、俺はにこりと笑顔を向けた。



「よし、決めた。ここにゾンビ農場を作ろう」


「待てーー!! 人の話聞いてた!? 何でそうなった!? 嫌だっつってんのよこっちは!!」


「善は急げ、ゾンも急げだ」


「ゾンって何!!」


「あーはいはい、それはいいから捜査官もちょっとは料理手伝え。はいこれ丸めて形成して」


「ぎゃあああゾンビのミンチなんて触りたくない気持ち悪い!!」


「って言いつつ、ちゃんと綺麗に丸めてくれるんだよな~捜査官は。よしよし、いい子いい子」



 ぎゃいぎゃいと文句を言いつつも与えた仕事はしっかりやろうとするリシェは、本当とことん扱いやす……じゃなくて、偉い。なので、頭を雑に撫で回してやった。それこそ犬に対してやるかのように。


 くだんのリシェは至極単純なもので、こんな雑な褒め方でも「ふへへ……」と容易く破顔してしまう。ふにゃりと笑う間の抜けた笑顔に微笑み返したところで、俺もゾンビのミンチを丸め始めた。



「ねえイドリス、今日は何作ってるの?」


「手ごねゾンバーグ」


「ネーミングが最悪ッ!!」



 全然おいしそうじゃないー!! と騒ぐリシェを後目しりめに欠伸をこぼしながら、俺たちは形成したゾンバーグのタネをフライパンに並べていったのであった。




 *




「ふ~……美味しかったあ。満腹……」


「全然おいしそうじゃない~! って喚いてたの誰だよ。四個も食ってんじゃん、太るぞ捜査官」


「や、焼いたら美味しそうになったの! それに太るとか言うな! 女の子にそういう事言うの禁止!」


「はいはい」



 先に食事を終え、またやかましく吠え始めたリシェに肩を竦めながらも大人しく身を引く。触らぬ神にはなんとやら、だ。まあ食欲も戻ったみたいだし、とりあえずは一安心だな。うるせーけど。


 そう考えつつ、俺は最後の一つとなったゾンバーグを口に含んだ。じゅわりと溢れる肉汁、程よい塩味、一瞬香るハーブの風味。それらを舌の上で感じる中で、やはりあの疑念に引っ掛かる。



(……やっぱ、味が違う。今日の肉は、どっちかっつーと豚っぽいか? わりと慣れ親しんだ味がするな)



 今回もまた、俺は肉の味に違和感を覚えた。


 この島に来た初日に食ったゾンビ肉の味は、羊肉。二度目に食ったゾンビは牛肉。その次も牛肉に近かった。で、今回の肉だ。


 確認出来た味はこれで三種類。

 最初はオスとメスによる味の違いかと思っていたが、俺がリシェに飲ませた丸薬のために睾丸こうがんを使用した牛肉っぽい味のゾンビは、オス。そして今回食ったこのゾンビもオスなのである。


 つまり、オス同士でも味に違いがあるという事だ。



(オスとメスの違いじゃない……って事は、年齢か? 老いによって味が変わる? つーか、コイツらに老化の概念とかあんの?)



 考えるが、前世の俺が知るようなゲームに出てきたゾンビとは違い、この島のゾンビの容姿はどいつもこいつも似通っている。それゆえに個体の判別がしにくい。


 基本ヤツらはほとんど毛が生えておらず、体型は小柄。身長もリシェより少し低いぐらいだ。人型ではあるが、言語のようなものはまったく話さない。顔にも差はなく、全員ほぼ同じ顔。子供や老人と見られるような個体を確認した事もない。


 見た目はほぼ同じなのに、肉の味が違う──って、一体どういう事だよ。考えれば考えるほど分かんねーな。


 そう思案しつつ、思わず顔を顰めた時。

 ふと、リシェが「あーー!!」と声を上げる。



「イドリス! ねえイドリスってば!」


「……んあ? 何?」


「空! 星! 見えた!? 流れ星! 今流れたんだよ!」


「あー……なんだ、流れ星か」


「すっごい! 私初めて見た! お願い事しようよイドリス!」


「痛たたた! 髪引っ張んな!」



 俺の長い髪をぐいぐい引っ張るリシェを制すが、子供のように瞳を輝かせる彼女の耳には俺の声など全く届いていないようで。「すごいー!」「綺麗ー!」と笑って星空を眺めている。


 無邪気なその笑顔に一瞬だけ、また前世の妹の姿が重なったが──いや、全然似てねーだろ……、と俺はかぶりを振った。



「何のお願いしようかな、ふふふ!」


「……楽しそーに願い事考えんのもいいけどさァ、ちゃんと毛布は被っとけよ、捜査官。また熱ぶり返したらあの薬飲ませるからな」


「うわっ、絶対やだ!!」


「じゃあ、ちゃんと暖かくしときなさい」


「はぁーい……」



 渋々と返事したリシェだったが、俺が肩にかけた毛布を受け取ると、さらけ出していた肌をしっかりとそれで包み込む。


 やがて彼女は火の処理をしている俺の顔をじっと見つめ、しばしの間を挟んで、「ねえ、イドリス……」とおもむろに口を開いた。



「んー? 何?」


「あのね、私……この島に来るまで、“イドリス・ダスティ”って、すっごい最低で最悪な大罪人だと思ってたの」


「……うん? 別に何も間違ってねえじゃん。俺は暗殺者、アンタは捜査官。アンタらみたいな軍人にとっちゃ、とんでもない罪犯した憎むべき悪党だろ、俺なんて」


「うん、そうだよ……。そうなんだけどさ……」



 リシェはもごもごと口篭り、そっと俺から視線を逸らす。



「……でも、イドリスと居ると、なんか安心するの。何ていうか、お父さんと一緒にいるみたいで……」



 程なくして恥ずかしそうに紡がれたその言葉に、俺は眉根を寄せて深く嘆息した。



「……はあ? お父さん? 何でだよ、そんなに歳離れてねーだろ。俺まだ二十三だぞ? せめてお兄ちゃんじゃねーのかよ」


「わ、私、優しいお兄ちゃんなんて居た事ないもん! お父さんしか居ないんだから、他の家族の感覚なんてわかんないよ!」


「えー、俺こんな娘やだわ~。ワガママ・ポンコツ・やかましいの三重苦」


「失礼ね!!」



 頬を赤らめて激昂するリシェ。そんな彼女を軽くあしらいながら、「まあ、別にどっちでもいいけど……」と続けた後、俺は些か声を低める。



「……何にせよ、俺にあんまり肩入れするのはやめときな、捜査官。アンタと俺は本来対立する立場なんだ。俺はどうとでもなるが、アンタが俺の肩を持つと損するのは確実」


「……!」


「もし今後アンタの仲間と鉢合わせるような機会があった時、俺に情をかけるような真似でもしてみろ。罪人をかくまった罪を背負って首が飛ぶのはアンタだ。大好きなお父様とやらの顔にも泥を塗る事になるんだぜ? 嫌だろ?」



 普段よりも淡々と、わざと脅すように言葉を紡いだ。リシェは黙り込んでいたが、しばらくして「……うん」と力なく頷く。


 俺は表情ひとつ変えぬまま、目を逸らして続きを語る。



「ほら見ろ、俺と深く関わったってロクな事なんてない。凶悪で最低で最悪な、憎むべき大罪人だ」


「……」


「だからさあ、捜査官。もし今後、アンタの仲間に会う機会があって、俺との関係で妙な疑いをかけられた時はさァ……」



 ──迷わず、俺を仲間に売れよ。



 そう言い放った瞬間、夜空には一筋の流星が煌めいた。まるで俺の声を聞きに来たかのように、それは長く伸びて瞬く間に消えていく。


 あ、今の、願い事したって事になっちまうのかな。……まあ、いいか。こんな珍妙な願いでも。


 そんな事を考えながら黙って空を見上げていれば、不意にリシェがぽつりと言葉を返す。



「……当たり前でしょ……そんなの……」


「!」


「私は、軍の捜査官よ。言われなくても、罪人なんかに情は抱かないし……仲間が迎えに来たら、迷わずアンタを罪人として突き出すわ……」



 リシェは俯いたまま、小さな声でそうこぼした。俺は薄く笑い、彼女の頭をぽんと撫でる。



「……おー、それがいい。アンタの“罪”は消えて、めでたく“功績”に変わる。立派に昇進、お父様も大喜び。めでたしめでたし」


「……でも、イドリスは?」


「は?」


「罪人として突き出したら……イドリスは、どうなるの」


「何言ってんだよ、んなもん決まってんだろ。今度こそ確実に死罪だよ。縛り首」



 あっけらかんと告げ、俺は重い腰を上げた。そのまま歩き出し、やがてボロ小屋の扉に手を掛ける。


 直後、リシェはか細く問いかけた。



「……イドリスは、死にたいの?」



 その問いに俺は嘆息し、小屋の扉を開けながら「まさか。そんなわけねーじゃん」と肩を竦める。「じゃあ、どうして平気そうなの」と続けて問う彼女に、俺はめんどくせえなと眉をひそめた。



「どうしてかって聞かれても、そんなん知らねーよ。つーか、理由とかいる?」


「いる」


「あー、はいはい。“ボクが犯した罪はとっても大きな罪なので、それを死んで償おうと思いました”。これでいい?」


「……よくない。嘘だもん」



 リシェは片方しか見えない瞳をぐらぐらと揺らし、不安げな顔で俺を見ている。


 隠されたもう片方の黒い瞳も、おそらく同じように長い前髪の裏側でぐらぐらと揺らぎながら俺の事を映しているのだろう。そう考えると、どこか居心地悪さを感じてしまって──俺は溜息混じりに頬を掻いた。



「……本当に、大した理由なんかねえよ。気にし過ぎ」


「……」


「……でも、ただ──」



 このまま無視してしまえばいいのに、いくらでも言い訳出来るはずなのに──俺は視線を逸らしながらも、なぜだかつい本音を口走ってしまう。


 あーあ、他人にペースを乱されるなんてらしくねえな、と少しだけ自分に呆れた。



「──アンタが本当に“罪人”って呼ばれちまうよりかは、俺が死罪になる方がよっぽどマシかなって、ちょっと思っただけ」



 小さく吐き捨て、俺は扉の奥へと姿を消す。


 普段ならばすぐ「一人にしないで!」と後を追いかけてくるはずのリシェだったが──その夜に限っては、それから随分と長い間──空に散らばる星々の下で、一人ぽつんと、頭上を見上げて座り込んでいたのだった。




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