第11話 豪雨とゾンビと雨宿り
──目が合って三秒で獲物を殺す最強の
闇社会で知らぬ者は居ないであろうその名を妬む者は少なくなく──特に、同業であり同じ孤児として共に育ったラムナは、俺の事を随分と毛嫌いしていた。
俺がこうして無様に罪人の汚名を着せられた原因も、全てはラムナにある。
アイツに騙されたせいで、俺は軍の連中に捕まり、王都から追放される事となってしまったのだ。
まあ、ラムナ的には処刑台に送り込むつもりで俺を嵌めて
あー、なんか、アイツの顔思い出したら腹立ってきた。
……つーか、そんな事より……。
「捜査官、服ビッチャビチャで気持ち悪い……」
「しょうがないでしょ、雨に濡れたんだからぁぁ……!!」
ぶるぶると体を震わせ、雨に濡れた冷たい衣服のまま俺に密着するリシェ。上半身に何も纏っていない俺は素肌でその冷たさを受け止めているわけで、普通に寒いし感触が気持ち悪い。
げんなりと辟易しつつ、俺はとんでもない豪雨になってしまった外の様子を
ゾンビ掘りはもちろん中断。眠っているゾンビを一匹だけ抱えた俺達は、近くの洞窟へと逃げ込んで現在に至る。
「ううう、寒いよイドリスぅ……! 暗くて怖いし、魔法で火起こそうよぉ」
「んな事言ったって、火起こし出来そうな渇いた木なんかねーじゃん」
「魔法でずっと炎出しとけばいいんじゃない!?」
「無茶言うな、すぐ魔力が底ついてガス欠しちまうわ。俺あんま魔法得意じゃねーし」
「むむむ……」
リシェは不服げに眉根を寄せ、俺にぴとりと身を寄せる。職業柄、わりと夜目が利く俺に対し、片目を隠しているリシェの視界は随分と暗いらしい。
ただでさえビビりの彼女は、暗い空間に時折響く雷と、俺が抱えているゾンビの存在にすっかり臆して震え上がっていた。
「い、イドリス……このゾンビ、暗いと動いちゃうんじゃ……」
「そういや、真っ暗なのにコイツ動かねえなァ。光を遮る事が活動のトリガーってわけじゃねえのか。濡れても見た目には変化ねーし、水が苦手ってわけじゃなさそうだけど」
「れ、冷静に分析してないで、もうちょっと警戒した方が……」
と、リシェがそこまで言いさした瞬間。外が一瞬明るく閃き、ドォォン!! と豪快な落雷の音が響き渡る。
「んぎゃあああッ!?」
「うおー、結構近くに落ちたなァ」
「うわああん!! もうやだ、雷きらい!! 絶対に手離さないでねイドリス!!」
「え? 俺アンタの手握ってないけど」
「へ?」
きょとん。リシェの顔が不思議そうに持ち上がる。
俺は証拠だと言わんばかりに両の手のひらをひらひらと見せつけながら、呆気にとられている彼女の手元に視線を移し──そして、その手が握っているものの正体をすぐに突き止めた。
「あらま、捜査官。アンタが握ってんのゾンビの手だぞ」
「ほぎゃあああッ!!」
──ドンガラガッシャーン!!
面白いほど飛び上がった彼女は即座に握っていたゾンビの手を払い除け、凄まじい勢いで背後に転がって岩に頭をぶつける。「痛ぁぁ!!」と悶えてのたうち回るアホを眺めつつ、俺は抱えているゾンビの様子を窺った。
やはり、これだけ騒いでも起きる気配はない。
「完全に沈黙してんなァ、こいつ。起きる気配ゼロ。やっぱ活動するためのトリガーが何か別にあんのか……」
「ちょっとぉ! 少しは私を心配してよ! 頭ぶつけたんだから怪我してるかもしれないじゃん!」
「捜査官の頭ん中は最初から怪我してるよーなもんだからダイジョーブダイジョーブ、問題ナシ」
「頭の中じゃなくて外側の心配しろっつってんの!! ていうか馬鹿にしてるでしょ、ふざけんなこのやろぉ!!」
「いたたたた」
怒りの篭もった手に髪を掴まれ、両サイドにぐいぐいと引っ張られる。しかし途端にリシェはへらりと笑い、「あはは、ツインテール! イドリス意外と似合うー!」と俺の髪で遊び始めてしまった。
そんな彼女にされるがままの俺はやれやれと嘆息し、リシェの腰を引き寄せるとそのまま肩に担ぎ上げる。
「ひゃあっ!?」
「この雨、しばらく止みそうにねえわ。このまま待ってても埒が明かねーし、走って拠点まで戻んぞ」
「えええっ!? 濡れちゃうじゃん!」
「どのみちズブ濡れなんだから、ちょっとぐらい我慢してクダサーイ」
左にゾンビ、右にリシェを担いだ俺は「よいしょ」と立ち上がる。真横にいるゾンビと目が合ったらしいリシェは「ひいっ!?」と身を強張らせた。
「い、イドリス、もうこのゾンビ捨てようよ! やだよずっと隣にいるの! 動いたらどうすんの、怖いんだけど!」
「ダメダメ、まだこのゾンビには利用価値があるし。それにコイツ、夜までは何しても動かねーよ。……多分」
「根拠が曖昧過ぎんのよアンタはー!! ってか、利用価値って何!? 何かまたワケわかんない事考えてるんじゃ──」
「はいはい、いいからしばらく黙ってろよ捜査官。舌噛むぜ~」
「ほぎゃっ!」
にんまりと笑い、俺は地を蹴って豪雨の中へと駆け出していく。そこそこの重量のものを両肩に抱えているわけだが、練った魔力を両腕に付与して負荷を軽減させているため、ほとんど重さは感じない。
横殴りの激しい雨風に曝されながら、俺はリシェとゾンビを担いで、薄暗い森の中を駆け抜けて行った。
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