第8話 ゾンパッチョと毒味と疑念

 じゅうじゅう、フライパンの上に寝かされた肉が、脂身を震わせながら溢れた肉汁の中で香ばしい香りを放ち始める。


 前日に貝殻の中で煮詰めて試作した塩と、ニンニクに近い風味のある球根をスライスして味付けしたゾンビ肉。紫みを帯びていた側面にこんがりと焼き目を付けたそれは、もはや霜降り肉のステーキと見まごうような見た目へと変貌を遂げていた。


 その辺で摘んだ香草も追加で散らし、香り付けもしっかりと行う。ブラックペッパーとかピンクペッパーがあれば、もっと良い香りに仕上げられるんだけどな。



「ふ、ふおぉ……美味しそう……っ!」



 背後からフライパンの中を覗き込み、すっかり俺のゾンビ料理に釘付けの阿呆チョロ捜査官……、間違えた。リシェ捜査官は、ぐうぐうと腹を鳴らして今か今かとゾンビ料理の完成を待ちわびている。


 森の中でゾンビ狩りを終わらせた俺達が、解体したゾンビの肉を持って拠点であるボロ小屋まで戻ってきたのはつい一時間ほど前。


 その後は簡単な焼き場を作って火を起こし、手に入れたフライパンや鍋を用いて──主に俺が──本日の晩飯作りに勤しんでいるのだった。


 やがて“ナバの葉”と呼ばれる撥水性はっすいせいの高い大きな葉っぱを用意した俺は、良い焼き色をつけたゾンビの肉を引き上げてナバの葉で包み込む。中まで程よく火を通すため、肉は暫く放置する事にして、俺は別で火にかけている鍋の蓋を開けるとその中を覗き込んだ。


 そこでは切り落としたゾンビの手と足が丸ごと煮込まれており、鍋の中からは香草の良い香りが漂ってくる。



「おー、こっちも良い感じだな。ぷりぷりしててうまそう。ゾンそく


豚足とんそくみたいな言い方してるけど、今のとこビジュアル最悪だからねコレ」



 同じく鍋の中身を覗き込んだリシェは、完全にヒトの手足が煮込まれているその光景にひくりと頬を引きつらせた。


 確かにこの見た目だけならば、どうしても人肉食カニバリズム感は避けられない。だが、これはあくまでゾンビ料理。決してヒトを調理しているわけではないので、悪しからず。



「もう少し材料がありゃあ、料理のレパートリーも増えるんだけどなァ。乳製品が欲しいわ〜。あと卵とか、野菜とか」


「私、お菓子食べたい……」


「お、いいじゃん! ゾンビパイとかどう?」


「絶対嫌」



 さっくりと提案を断られたところで、俺は肩を竦めながら肉を包んで蒸らしていたナバの葉を開いた。

 白い湯気がふんわりと立ち上り、香ばしい匂いがその場に満ちる。焦げ目のついた分厚いステーキを取り出した俺は、まな板の上でその身を切って肉の断面を確かめた。


 焼け具合は、見事なミディアムレア。

 牛肉であれば赤みの残る断面と溢れる肉汁が食欲をそそってくれるわけだが、ゾンビ肉は灰色に近い紫みを帯びているため、ビジュアルとしてはどうもイマイチだ。



「見た目は完全に、“腐った肉のステーキ”だな……」


「こ、これ、レアで食べて大丈夫なの……!?」


「何事もチャレンジする心が大事なんだよ」


屍肉しにくのミディアムレアなんて命懸けなチャレンジ、絶対嫌よ私!!」


「じゃあ俺だけ食うわ」


「それもやだー!!」



 わああん!! と吠えながらリシェが喚く。しかし見た目は“腐った肉のステーキ”とて、嫌な匂いは特にない。むしろ食欲をそそる匂いを放っている。



「いやー、食えるよこれ。間違いなく食える」


「ほ、ほんと? 根拠は?」


「勘」


「うわあああん!!」



 曖昧な根拠を語る俺にぽかぽかと殴り掛かるリシェ。それをテキトーにあしらいつつ、俺は薄くスライスしたゾンビステーキを新品のナバの葉に次々と並べた。


 全ての肉を盛り付けた後、素焼きした球根と野草を適当に散らし、柑橘かんきつ系の木の実の汁、香草、花の蜜などで味を整えたソースを回しかける。

 程なくして、俺はテーブル代わりの切り株の上に、出来立てホヤホヤのそれを置いた。



「よし、完成! ゾンビのカルパッチョ、略してゾンパッチョです!」


「名前だけは愉快なんだけどなあ~~~」



 リシェはゾンパッチョを見下ろして額を押さえ、紫みを帯びる肉の断面にやや尻込みしている。だがやはり匂いは普通にうまそうで、彼女の腹は大きく音を鳴らした。


 ちょうどそんな頃合で、俺は煮込んでいた“ゾン足”も鍋から取り出し、葉っぱの上へと引き上げる。



「おー、ゾン足のハーブ煮も良い感じだぜ」


「うわあぁ……それ、もはやヒトの手足が煮込まれただけじゃん……」


「何言ってんだよ、指の数が五本ってだけで煮込めば豚足と同じじゃん? 大丈夫だって」


「何でコレを普通に豚足だと割り切れるのよぉ……」



 若干引いた視線を向けられるが、知らん顔で俺はゾン足もナバの葉に盛り付けて切り株テーブルの上に並べた。


 視界に映るのは、紫の色味を帯びたミディアムレアステーキのカルパッチョに、ハーブで煮込まれたヒトっぽい手足。まるで地獄の食卓みたいな光景になってしまったが、匂いは一流レストランで出てくるそれと変わらない。


 再び、ぐう、とリシェの腹が呻く。



「ま、まずそうなのに、美味しそうって……どういう事なの……」


「まあ、遠慮せずに食えよ捜査官。料理の腕には自信あるぜ、俺」


「むむむ……」



 リシェはまだ何かを言いたげにしていたものの、やはり空腹には勝てなかったのか、素直に「いただきます……」とフォークを握った。

 そしてついにゾンビのカルパッチョをフォークで一切れ突き刺し、恐る恐ると口元へいざなう。


 ──ぱくり。


 やがて、それを口に含んだ彼女。するとリシェはぱっと表情を綻ばせ、すぐに「美味しい!」と瞳を輝かせると、肉を咀嚼して飲み込んだ。



「え!? すごい、美味しいよこれ!! 王宮のレストランで食べるお肉みたい!!」


「よし、とりあえず即死はしないみたいだな」


「即……っ、え!? ちょ、ちょっとお!? アンタ、さては私を毒味に使ったわね!?」


「使えるものは使わねーと」


「うわああん!! イドリスのばかぁ!! 罪人!! 最悪!! 嫌い!!」



 ぎゃあぎゃあと騒ぎ、リシェは再び俺に殴り掛かる。痛くも痒くもない彼女の攻撃を受け流しながら、俺もカルパッチョを一切れ摘んで口の中に放り込んだ。



「……ん……?」



 しかし、それを咀嚼してすぐに俺は違和感に気が付く。


 ニンニク風の香りと、香草の味わい。それが甘酸っぱいソースと絶妙に絡んで、確かに味付けは美味い。

 だが、肉本来の味に違和感があった。


 ……なんか、前に食った時と、肉の味が違くね?



(……あれ? 何だこれ……調理法の問題か? いや、そもそも肉質も前と少し違うような……何だ? 香草の味とも違うし、妙だな)



 首を捻り、試しにゾン足の方にもかぶりついてみる。するとやはり、少し味に違和感があった。


 昨晩“焼きゾンビ”にして食ったゾンビ肉は、どちらかと言うと羊肉に近い味がした気がする。だが今回の肉は、臭みも味も食感も、どこか牛肉・・に近いのだ。



(……? オスとメスの違いで、肉の味が違うとか? つーか、コイツらオスとかメスとかあんの? あったところでどうやって見分けんの? それらしいパーツ見当たらねえけど、どっかについてるのか? 腐っててよく分かんねえんだよな……)



 疑問は募っていくばかりだが、考えたところで埒が明かない。


 俺はゾンビの足の肉を噛みちぎり、ぷんすかと怒っているリシェの頭をよしよしと撫でながら、「まだ色々調べる事はありそうだなァ……」と息を吐いたのであった。




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