第7話 肉は鮮度が命だろうが!!

 草木を踏み締め、歩む森の奥深く。陽の光もすっかり暮れ始めた頃、俺は背後で震えているリシェに仕込みナイフのひとつを手渡した。



「ほい、捜査官の分」


「ひょえ!? わ、私のっ!?」


「そりゃそーだろ、丸腰でゾンビとやり合ったら食われんぞ」


「や、やだぁ〜っ! 私むり! あんな化け物と接近戦なんてむりぃぃ!」



 ぴええ! と涙目で喚くリシェは、相変わらず俺の手を握り締めてビビり倒している。一方で、俺はぽりぽりと頬を掻きながら欠伸をこぼした。



「だーからあの小屋で待ってろって言ったじゃん。アンタがどーしてもついて行くって言うから連れてきたのに」


「だ、だって、あんなお化け屋敷みたいな家に一人なんてむり……」


「そんなんでゾンビ狩れんの?」


「う、うう……」



 唇を噛み、リシェは片手にナイフを握り締めてカタカタと震える。そんな捜査官に呆れつつ、俺は彼女の手を離した。



「あっ! 何で離すのよ!?」


「捜査官がマトモに歩けねーんじゃ話にならねーから、怖がらないための練習〜」


「えええっ、やだ! せめて服の先だけでも握らせて!」


「無理っしょ、俺服着てねーもん」


「わーん!! 何でアンタ半裸なのよ!!」



 両手でナイフを握って叫ぶリシェに、俺はにこりと微笑みながら手拍子する。



「はいはい、あんよが上手な捜査官。しっかり歩け〜、早くしねーと今夜の晩飯ねえぞ〜。ほら、いち、にっ、いち、にっ!」


「もおお! バカにしてるでしょ! 言われなくても、ちゃんと歩けま──」



 ──ガシッ。



「……す……?」



 前に進むべく足を踏み出して、一秒。それまでぷんすかと怒りの色を浮かべていたリシェの表情が、突如ぴしりと強張った。


 何事かと視線を落とした彼女の足首は、土の中から伸びたに掴まれていて。



「えっ」



 声を漏らしたリシェが顔を青ざめた、直後。

 ボコォッ! と盛り上がった地面を突き破り、不気味な呻き声と共に土の中から飛び出してきたのは──なんと、これまで姿を隠していたゾンビだった。


 刹那、リシェの絶叫が響き渡る。



「ぎぃやあァァァあ!?」



 断末魔の如く響いた悲鳴を合図に、俺はとん、と地面を蹴ってリシェの脚を噛みちぎろうと口を開いたゾンビの頭部を踏み潰した。途端に拘束が緩まったのか、リシェは腰を抜かして蹲り、地面を這ってその場を離れる。


 しかし彼女の行く手を阻むように、ゾンビは次々と地面を突き破って這い出してきた。



「ひっ、ひいぃ……っ!?」


「ほーん、なるほど。土の中でおねんねしてたってわけかァ、そりゃどこ探しても見当たらねーわけだわな」



 にんまり。俺は口角を上げ、パキパキと首の関節を鳴らしながら肩を回した。


 そうこうしている間にも、背後からは複数のゾンビの気配。奇襲を仕掛けようと近付くそれらの動きを機敏に察知し、俺は一瞥もくれることなく愛用のナイフでその首を一閃する。


 暴れたり騒いだりと抵抗の激しい人間に比べれば、動きの遅いゾンビの相手など容易いものだ。どしゃり、首を落としたゾンビ共はその場に倒れ、血を吹きこぼして事切れる。



「──よし、捜査官! とりあえず晩飯用の獲物ゾンビは仕留めた! 血抜きはよろしく!」


「……っ、はあ!? 血抜きィ!? 何それ!?」


「バッキャロォ!! 肉は鮮度が命だろうが!! 仕留めた獲物は即血抜きして内臓モツ抜き! 常識だぞ!!」


「最初から熟成度マックスのバケモノ相手に鮮度もクソもあるかーッ!! コイツらを食材と考える常識持ってんのアンタだけなのよ!!」


「いいから肉の処理しろよ、俺いま忙しーから! 吊るすか、傾斜に頭側を下にして血抜きするだけだからよろしく!」


「簡単に言うな!!」



 口喧しいリシェが叫んでいる間にも、俺は襲い来るゾンビの体を蹴り飛ばし、その首を裂いて駆け回る。本日分の食料ゾンビは手に入れたため、残りはただ片付けるのみだ。


 それから数分、ひたすらゾンビ共を掃除しまくった俺は、やがてゾンビの屍──あれ、元々屍だっけ?──を積み上げて息を吐く。


 ちったァ良い運動になったな、と首の関節を鳴らし、俺は返り血に塗れた体をひるがえしてリシェの元へと戻った。



「おーい捜査官〜。血抜き終わったか〜?」


「うっ、うっ、イドリスぅ~……!」



 相変わらず腰を抜かしたまま泣きじゃくっているリシェは、どうにかこうにかゾンビを急斜面に転がして血抜きを行ってくれていたらしい。「おー、いい子いい子。やれば出来るじゃん」と褒めてやれば、「頑張っだよおぉ……!」と涙声で俺にしがみつく。


 震える彼女の頭をよしよしと撫でながら、なんかコイツ、妹みてーだよなぁ……と、一瞬考える俺。


 するとその瞬間──ふと、俺の脳裏には覚えのない記憶が流れ込んだ。



「……!」



 ──ザ、ザザッ……。


 まるで、壊れたテレビの画面に砂嵐が混じるように。夕暮れの病室の窓際で微笑みながら、野良猫に餌を与える“彼女”の姿が再生される。


 ……あれ? コイツ、見た事あるな。


 前に見た記憶の中で、ずっと眠ってた女だっけ?



『──ねえ、見て、アイちゃん。この子ね、毎日ここに来てくれるの』


『ふふ、毛繕いしてる。可愛いでしょ?』


『カイちゃんと看護婦さんには内緒だよ。野良猫なんか触るな! って怒られちゃうから』



 彼女は猫を撫でながら微笑み、口元に指を当ててしい、と俺に目配せした。


 アイちゃん──というのは、多分俺の事だ。


 前世の俺の名前は、『相川あいかわ 逢人あいと』。苗字でも名前でも、俺は“アイちゃん”って事になる。“カイちゃん”ってのが誰の事なのかは、よく分からない。


 ふと、俺は病室のベッドに添えられたネームプレートへ目を向けた。そこに記されていたのは、おそらく彼女の名前。


 ──相川あいかわ 璃世りせ


 そう書き綴られた名前を思い出した途端──俺はペチリと頬に痛みを感じ、現実に引き戻された。



「……イドリス? ぼーっとしてどうしたの?」


「……」



 瞬いた視線の先にいたリシェは、訝しげに眉をひそめて俺を見つめる。そのままペチペチと頬を叩かれ、「おーい?」と更に顔を覗き込まれた。


 やたら至近距離にあるリシェの顔。そんな彼女と見つめ合いながら、俺はふと思い出す。


 そうだ、相川 璃世──俺の、の名前。


 さっきの記憶の中に出てきた女は、前世を生きていた、俺の妹だ。



「……あー、そうだそうだ。完全に思い出したわ……妹か〜、あれ……」


「……は? 妹?」


「なーんか、捜査官見てたら忘れてた記憶蘇った。アンタ、何となく妹っぽいもんな。まあ見た目は俺の妹の方が圧倒的に可愛かったけど」


「何さりげなくディスってんのよォ!?」



 目尻を吊り上げ、リシェは立ち上がって俺の両頬を引っ張る。お、すっかり元気じゃねーか、良かった良かった。



「よし、捜査官も元気になった事だし、さっさとゾンビ肉の解体しよーぜ」


「へ? 解体?」


「うん。内臓抜いて皮も剥いで手足をバラす」


「ひいい!!」


「なーにビビってんだよ、獣の解体の要領でやりゃいいだけだろ。むしろ毛もないし皮も柔いから簡単。そのうち捜査官にもやってもらうから覚えろよ」


「む、むりぃぃ!!」



 がくがくと震えるリシェを差し置いて、俺はさっそく肉の解体を始める。冷静に腹を切り開いて内臓の除去を始めた俺の後ろで、リシェは「うえ……」と頬を引きつらせていたが、しっかりと俺の作業は見ているようだ。


 俺はわざと彼女に取り出した内臓を見せ付け、怖気付くその顔を見上げながらにんまりと笑う。



「ほーら。ちゃんと見て勉強しろよ、捜査官」


「う、うぅ〜……!」



 さて、と。


 今夜のゾンビ料理は、何にしようかな。




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