第6話 ゾンビ料理の幅が広がるぜ!

 踏み入れた小屋の内部は、外観同様に酷い有様だった。埃だらけだし、床の木は腐ってボロボロだし、蜘蛛の巣も至る所に張り巡らされている。


 リシェはすっかり震え上がり、俺の背中にぴとりと引っ付いて離れてくれない。



「お、おばけ屋敷みたい……」


「ゾンビの巣だったりして」


「ゾンッ……!? し、仕方ないわね! 捜査官であるこの私が、特別に手を繋いであげるわ! 絶対離さないでね! 絶対だからね!?」


「はいはい」



 あからさまに声を震わせるリシェの手を渋々と握ってやれば、汗ばんだ手でぎゅううっと強く握り返された。


 薄々気付いてはいたが、コイツ相当なビビりだよなァ。謎に見栄っ張りだから多分指摘しても素直に認めないんだろうけど。



「……それにしても、すげえ量の本」



 ぼそりと呟き、俺は壁際にびっしりと敷き詰められた本の背表紙を目で追う。ざっと数百冊はあるんじゃないか? 壁中の至る所に敷き詰められ、入り切らなかった本は床や棚に積まれている。



(……俺、字の読み書き出来ねえんだよな〜)



 小さく舌打ちが漏れ、思わず表情が渋くなってしまった。


 この世界に転生してから二十年以上経っているわけだが、裏社会で生きてきた俺はこの国の文字を学ぶ事が出来ていない。そもそも縦社会制の考えが根強く残っているこの世界では、ある程度の身分がなければ文字の読み書きなど到底学べないのである。


 簡単な単語ならともかく、本となれば解読はほぼ不可能。


 前世の記憶が蘇ったおかげで日本語ならはっきりと思い出せるのだが、異世界で日本語が読めたところで何かの役に立つってわけでもなく。



(まあ、どうせ本なんて読まねーしな……)



 俺は溜息混じりに肩を竦め、その場を素通りしようとした。


 しかし、不意に背後のリシェが口を開く。



「パッと見た感じ、医療関係の本ばっかりね。難しそうな専門書もたくさん。解剖学、生物学、植物学……、んー、どれもつまんなさそう……小説とかないのかしら?」


「え」


「あ、これとか専門書じゃないわ! 何の物語かなあ、ラブストーリーがいいなあ!」



 リシェはわくわくと期待に胸を踊らせた様子で繋いでいた手を離し、積み上げられた本の一冊を手に取ると埃を叩き落としてページを捲った。


 だが、すぐにその表情は落胆の色に変わる。



「……なーんだ、ただの日記か。日常の事が記されてるだけみたい。つまんないの」


「……アンタ、文字読めんの?」


「え? よ、読めますけど!? バカにしてんの!?」



 かあっ、と頬を赤らめたリシェは途端に眉間の皺を深くする。


 あ、やべ、怒らせちまった。

 別に悪い意味で言ったんじゃねえんだけどなァ。



「あー、悪い悪い、落ち着け。別にバカにはしてねーから」


「……ほんとに?」


「うん。まあ普通にバカだとは思ってるけど」


「ほらーっ!! 結局バカにしてんでしょーが!! むかつく! 舐めないでよね! これでも上層階級アッパークラスの出身なのよ!? 敬いなさい!」


「え、そうなの?」



 告げられた言葉に、俺は素直に驚いた。


 ──上層階級アッパークラス


 それは王都の中心部に居住する貴族や、王都軍において上層部で指揮を執る人間の家庭を総称する呼称だ。民間の中では最高階級にあたり、いわゆる金持ちの家柄である事を意味する。


 なるほど、上層アッパー出身なのか。であれば納得だ。幼少期からの教育に力を入れているだろうし、文字の読み書きも容易いだろう。



「……でも、結果的には親が世話焼きすぎて、こんなポンコツに育っちまったってわけかァ……悲劇的な物語だわ、泣ける話じゃん……」


「コラぁぁ! 憐れむような目で見るな! あんまりバカにしてると撃つわよ!!」


「アンタ丸腰だろ」


「はうっ! そうだった!! ……じゃあ噛むわよ!!」


「犬か?」



 喚くリシェをテキトーにあしらい、「どうにしろ本に要はねえや」と俺は積み上がる書物の山に背を向ける。そのまま部屋の奥へと進み始めれば、すぐにリシェが駆け寄ってきて、


「手、離すなって言ったじゃん! 何で先に行くのよお、ばか! あほ! 罪人め!」


 と涙目で文句を垂れた。


 いや、手はアンタが日記読むために自分で離したんだろ。つーかまだビビってんのかよ。



「はあ〜、捜査官がビビりだと困んなァ〜」


「び、ビビってませんー! イドリスが怖いかなと思って手を繋いであげてるだけですぅー! 勘違いしないで下さいー!」


「はいはい、アリガトーゴザイマス。捜査官サイコー、頼れる〜」



 テキトーな俺の返事にむすっと頬を膨らませるビビり捜査官はさておき、俺達の足はキッチンらしき場所へと差し掛かっていた。


 すっかりカビだらけになった水瓶や、錆びたカトラリー、割れた食器の残骸、などなど。散乱するそれらを他所に、俺は何の気なしに一番奥の戸棚を開ける。


 刹那、俺の瞳は光り輝いた。



「おおおおっ!?」


「びゃああっ!? ちょ、ちょっと! 急に大きい声出さないでよぉ……っ!」


「おい、見ろよ捜査官! フライパン! 発見した!!」


「……へ?」



 きょとん、と呆気に取られるリシェ。そんな彼女の目の前に、俺は鉄製のフライパンをずいっと近付けて見せ付ける。



「ほら! 鍋もあるし、木べらとかまな板もある!やったな!」


「ええっ、こ、これ使うの!? 何年前の物かも分からないのに……き、汚くない?」


「何言ってんだ、その辺に落ちてる漂流物で調理するよりよっぽど衛生的だろ?」


「そ、そりゃそうだけどぉ……」



 渋るリシェに構わず、俺は胸を踊らせて手に持ったフライパンをくるりと回した。



「くっくっく! やったな捜査官、これでゾンビ料理の幅が広がるぜ! 今夜は宴だなァ!」


「ゾンビ料理なんて未開拓なジャンル、最初からレパートリーの幅が広すぎるんですけど……」



 若干引いているリシェの反応は無視して、俺はいくつかの調理器具を小脇に抱える。そのままリシェの手を引き、キッチンに背を向けた。



「よし、色々と物資も揃ってそうだし、とりあえずこの島での拠点はここにしようぜ」


「え、ええー!? 嫌よ、こんなボロ小屋の中で寝るの!」


「じゃあアンタは外で寝れば?」


「やだーーっ! 無理!! イドリスも一緒に寝て!!」



 むぎゅっ、と腕にしがみつかれる。おお〜、おっぱい当たってるゥ〜、と脳裏でそんな事を考えながら、「しょうがねえな〜」と俺は満更でもない答えを返した。


 するとビビり捜査官は顔を上げ、


「ずっと手繋いで寝てね!」

「でもどっかに触ったら殺すわよ!」

「あと、寝顔は見ないで!!」


 と無理難題を次々に押し付ける。俺は嘆息し、フライパンをくるりと回しながら顎を引いた。



「イエッサー、捜査官。仰せのままに〜」


「……ところで、これから何しに行くの?」


「え? そんなん決まってんじゃん」



 ふあ、と欠伸をこぼし、俺は小屋の扉を蹴り開ける。両手が塞がってんだから、脚で開けてもしゃーないわな。



「──食材ゾンビ探しに行くんだよ」



 陽の傾き始めた空を一瞥し、俺はにんまりと口角を上げたのだった。




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