第5話 犬も歩けばカカシに当たる
「……はあー。驚くほど何もいねーな」
島の探索を開始して、早数時間。
俺は巨木の幹に背を凭れ、人や動物どころか小鳥の一匹すらも見当たらないこの現状に溜息を吐いていた。
ぐうう。体は空腹を訴えて喚きっぱなし。
俺はやかましい腹を押さえ、「腹減ったなァ……」と独りごちる。
するとその時、ばたばたと騒がしい足音がその場に響いた。
「イドリスー! ねえねえイドリス! 見て見て! キノコ! あと木の実! たくさん見つけたーっ!」
にこにこと子供のような満面の笑みで駆け寄って来たのは、両腕にたくさんのキノコや木の実を抱えたリシェ。
数分前までのつっけんどんな態度はどこへやら、キラキラと瞳を輝かせた彼女は俺の元まで戻ってくると隣で満足げに腰を下ろす。
「ほら! 野いちごとー、なんか白いキノコとー、黄色いのとー、変な色のヤツ! 香草もあった!」
「おー、やるじゃん捜査官。毒キノコ混ざってるけど」
「ね、そうでしょ!? もっとたくさん褒めていいのよ!」
「おー、えらいえらい」
よしよし、とリシェの頭を乱雑に撫で回す。
最初こそニコニコと素直な様子でそれを受け入れていた彼女だったが──しかし。程なくして、ハッと我に返ったらしい。
リシェは一瞬表情を強張らせると即座に身を
「きっ、気安く触るなっ! この罪人め! 私を褒めるだなんて百億年早いわ!」
「いやアンタが褒めろって言ったんじゃん」
「ち、違うもん! キノコ! キノコを褒めろって言ったの!」
「キノコ褒めるって何、逆に難しいんだけど」
照れ隠しなのか何なのか、リシェは顔を真っ赤に染めて俺から顔を逸らす。
ぷくうっと頬を膨らませる様はさながらフグかハリセンボンのようで、めんどくせー女だわァ、と俺は頬を掻きながら彼女の集めてきた野いちごの一つに手を伸ばした。
「……ふーん。至ってフツーの野いちごだな。たくさんあった?」
「え? う、うん。あっちにたくさん」
「じゃあやっぱこの島、ゾンビ以外の生き物はいねーのかもなァ。普通、もっと鳥やら獣やらに食い荒らされてるはずだろ? キノコだって至る所に生えまくってて、獣に食われた形跡もねーし」
「確かに……」
うむむ、とリシェは小難しい表情で俯く。俺は野いちごをぱくりと口に放り込み、空を仰いで日の位置を確認した。
「……日が暮れる前に、生活の拠点だけでも一応決めとかねーとな。幸い資源は豊富だし、家代わりになるような簡素な小屋なら数日で建てれるとして──」
「あ! 私、テントあるよ! 魔導式の携帯テント!」
「え、マジ? やるじゃん捜査官」
「でしょ、でしょ!? ふふん、褒めていいよ! もっと私を
「おー、えらいえらい」
よしよしと再び頭を雑に撫で回し、彼女が抱えている野いちごをまたひとつシレッと奪って口に運ぶ。
どうやら彼女は褒められるのが好きらしい。さっきまでぷりぷりと怒っていたのがどこへやら、頭を撫でれば簡単に表情を綻ばせて破顔した。犬かコイツは。
褒められた事ですっかりご満悦のバカ女……じゃない、リシェ捜査官は、「よぉし、じゃあ私について来なさい!」と上機嫌に声を発して先導し始める。
……おいおい、アンタ丸腰だけど大丈夫か?
そうは思ったが、ここで下手に指摘するとまた機嫌を損ねて面倒な事になりそうなので、とりあえず黙っておく。
(……それにしても、ゾンビがどこにも見当たらねーな。昼間は活動しねえのか?)
鬱蒼と続く不気味な森の中を歩きながら、俺はきょろりと周囲を見渡した。昨晩は群れで襲い掛かってきたゾンビ達だが、夜が明けてからは一度もその姿を見ていない。
そういや、昨日
もしかするとアイツら、陽の光の下だと動けねえのかも。
(ゲームとか映画ん中でも、何となくゾンビって夜に活動するイメージだったもんなあ。でも、だとしたら、昼間はどこにいんだ? どっかに巣穴でもあんのかな)
疑問は募るばかりだったが、考えたところで分かんねーしどうしようもない。俺はすぐに思考を散らした。
──と、そうこう考えているうちに、先導していたリシェが早速「ギャーー!」と悲鳴を上げている。
(お、ゾンビ出たか?)
そう期待して顔をもたげた瞬間、すっ飛んで戻ってきたリシェは俺にしがみついた。
あ、コイツ、びっくりした拍子にキノコと野いちごどっかにブン投げやがったな。勿体ない。
「な、な、何かいる! 何かいた!! おばけ!? おばけかな!?」
「ゾンビ?」
「わ、わ、分かんない! でも人だった! 誰かいたのよ、森の奥に突っ立ってた!!」
「そーなの? じゃあ俺以外の罪人かもなァ、何人かはこの島に流れ着いて生き残ってるかもしんねーし」
「罪人!? ゆ、許すまじ……! 捕まえるのよイドリス!」
「
テンパって支離滅裂な発言をするリシェを腰元に引っ付けたまま、俺は呆れ顔で武器を構え、彼女の言う“何か”がいる方向へと近付いていく。
しかし、すぐにその足は止まった。
「……捜査官殿。誰かいたって、コレの事でしょーか」
「ひっ……! い、居た!? 誰か居たの!?」
「うん、居た。ただの
目を細め、腰元に縋り付くリシェを見下ろす。すると彼女は「へ?」と間の抜けた声を発し、恐る恐ると顔を上げた。
俺たちの目の前に立ちはだかっていたのは──何らかの文字が記された古い帽子を被る、簡素な作りのただのカカシ。
そいつと目が合った瞬間、リシェはじわじわと頬を赤らめ、やがてパッと俺から離れる。
「……、ふ、ふん。分かってたわ、コレがカカシだって事。ちょっとアンタを試したのよ」
「嘘つけ」
「う、嘘じゃありませーん!! ほんとですぅ!! 私は捜査官なのよ、こんな子供騙しで怖がるわけ──」
──ブゥンッ!
見栄を張って言いさしたリシェが何気なくカカシの頭を叩いた瞬間、その場には不気味な羽音が響いた。直後、古びたカカシの頭からは無数の羽虫が一斉に飛び立つ。
途端にリシェは飛び上がり、顔面蒼白で再び俺に抱きついた。
「ひぎゃああああっ!! 虫いぃぃ!!」
力強くしがみついたまま「虫むりぃぃ……!!」と震える彼女の背中を雑に撫でつつ、「おー、怖かったなァ。今のは仕方ない」と俺はテキトーにリシェを慰める。
そうやってぴーぴーと泣きじゃくるリシェを抱き留めながらも、俺の視線は飛び回る羽虫をずっと追いかけていた。
(なるほど、虫は居るのか。生物が全く居ないってわけじゃないんだな)
そんな考えを巡らせ、次いで古びたカカシにも目を向ける。年季の入った布を被せられたそいつは、今にも崩れ落ちそうな程に脆い木の枝で体を支えていた。
「……この島で初の人工物だなァ。このカカシ」
「……ふえ……」
「ほら、古いけど麻縄の結び目とかもしっかりしてる。人が作ったものだ。かなり年季の入ったカカシだし、ここに立ってから十年以上は経ってるかもしれねーな」
「……つまり、この島、前は人が住んでたって事……?」
ぐす、と鼻をすすりながらリシェが問いかける。彼女の目尻に溜まる涙を拭ってやりつつ、「多分な」と答えて俺はまた歩き始めた。
「カカシがあるって事は、昔畑だったのかもなァ、この辺」
「草だらけで全然分かんないけど……」
「ここに畑があったんだとしたら、近くに民家もあるんじゃね? 例えばこっちとか──」
「あ!! ねえ、もしかして、アレじゃない!?」
不意にリシェが叫び、前方を指さす。するとそこには確かに、古びた木造の──今にも崩れそうな──家が一軒、ひっそりと建っていた。
彼女の犬並みの鼻の良さに、俺はほう、と感心する。
「ホントだ。やるじゃん捜査官。鼻が利くな」
「ふへへ、そうでしょ!? そうでしょ!? 褒めていいよ!」
「おー、えらいえらい」
すっかり泣き止んだリシェの頭をよしよしと撫でてやれば、やはり彼女は嬉しそうに破顔した。
うん、犬だな。やっぱこいつ犬だわ。
そう考えて頷きながら、古びた家へと歩み寄り──やがて俺達は、荒れ果てた家の中へと足を踏み入れたのであった。
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