第4話 よろしくポンコツ捜査官

「……ん……」



 くぐもった声を漏らし、眠っていたリシェが目を覚ましたのは、チカチカと眩しい陽の光の中だった。


 とは言え未だに意識はふわふわと夢うつつの狭間をさまよっているのか、何度か小さな声を漏らして眉根を寄せるばかりで、なかなか微睡まどろみの中から戻ってこない。


 しかしややあって、ようやく彼女は重たい瞼を持ち上げる。


 その瞬間、待ってましたとばかりに俺は口を開いた。



「おっはよー、捜査官。よく眠れた?」


「…………」



 にこり、至近距離で破顔する。


 リシェは一瞬何が起こっているのか理解出来ない様子だったが、俺が彼女に腕枕をしながらガッツリとその豊満な胸を片手に収めて揉んでいるという現状を悟った瞬間──断末魔の如き悲鳴と共に、両目をひん剥いて飛び起きた。



「ぎいゃあああああ!!!」


「あ、おっぱい離れちまった」


「ちょっとおお!? イドリス!! アンタ何してんの!?」


「おっぱい揉んでた」


「それは見れば分かるわ!! そうじゃなくて何で揉んでんのか聞いてんのよ! てか近い! そんでここどこ!? 何で横に寝てんの!?」



 リシェは起き抜け早々に次々と問いを投げ掛け、両腕で胸を隠しながら真っ赤な顔で俺を睨む。


 一方で、俺はへらへらと笑顔を浮かべたまま頬を掻いた。



「いや〜、明け方にメシ食って満足したアンタがそのまま寝ちまったもんだからさー? ついでに俺も横で寝てて、ついさっき起きたわけよ。で、なんか暇だな~って思って。そしたら横にアンタがいて、『あっ、そう言えば横におっぱいあったわ~』って気付いたので少々弾力の確認を……」


「おっぱいあったわ~、じゃないわァ!! このばか! 変態! クソ罪人! ふざけてんの!? そろそろ銃でその脳天ぶち抜くわよ!!」


「じゃあふざけず真剣に揉むんで、おかわり良いっすか?」


「良いわけあるかァ!! 近付くな!!」



 胸元を押さえ、リシェはすかさず俺から距離を取る。顔を真っ赤に染めて威嚇する様はまさに野良猫そのものだ。



「まあまあ、そう怒んなよ。いーじゃんおっぱいぐらい。減るもんじゃねーし」


「バッッカじゃないの!? 罪人のアンタに触られるなんて絶ッッ対イヤなんだから!! 私、キスだってまだ一度も──」


「え? なんだ、アンタ男経験ないわけ?」


「……!!」



 問い掛けた瞬間、ぎくうっ! とリシェはあからさまに動揺した。しかしすぐに彼女は腕を組み、顔を逸らしながらぎこちなく答える。



「……な、何言ってんの? そんなわけないじゃん。か、彼氏ぐらい、普通に何人もいた事あるし? 何なら持て余してるし? 毎日迫られて大変〜、みたいな?」


(うっわあ、すげえバレバレな嘘ついてる)


「そ、そんなことより! ここはどこなの罪人イドリス! 答えなさい! 簡潔に! わかりやすく!」


「注文が多いなァ〜」



 びっ、と背筋を伸ばして睨む彼女。俺は肩を竦め、大きく欠伸あくびをしながら口を開いた。



「別に、元いた場所からそんなに動いてねーよ。あのまま海沿いで寝たら、潮が満ちて二人共溺れちまうかもしれねーだろ? アンタ何度起こしても爆睡して起きねーし、しゃーなし安全そうな場所まで運んできたってだけ」


「えっ!? 運んだって……! ま、まさかお姫様抱っことかで……!?」


「いや? 普通に担いで。米俵と同じ運び方。アンタ細く見えるしイケるかと思ったけど、普通にそこそこ重かったわ。ちょっとダイエットした方がいいぞ」


「殺す! 罪人イドリス、今すぐ射殺します!!」



 即座に目尻を吊り上げ、リシェは太腿のホルスターへと迷わず手を伸ばした。


 しかし、その手は銃把じゅうはを握る事なく虚空を掴む。



「……あれ?」



 きょとん。丸くなる瞳。


 続けて太腿のホルスターへと視線を落とした彼女だったが──そこには何も無く、もぬけの殻だった。



「えあああああ!? 銃落とした!?」


「はいバカー。ポンコツー」


「うるさい! うるさい罪人! ばか! ばか!」


「きゃー、怖くなーい」


「どうしよう、昨日あの化け物に囲まれた時かな!? 海岸に落とした!?」


「もう潮も満ちたし、波にさらわれて海の底なんじゃねえの」


「うわああん!! ばか! イドリスのばか!!」


「俺のせいじゃなくね?」



 ぽかぽかと八つ当たりのように胸元を殴るリシェに呆れていれば、再び「ぐうぅ……」と俺の腹が鳴る。


 あー、なんかまた腹減ったな、と考えつつ、俺は自分の手や肌を見下ろした。昨晩はゾンビを食ったわけだが、特に身体的な異常はない。



(ゲームとか映画じゃ、ゾンビっていえば他人に感染するもんだと思ってたが……別に、今んとこ何ともねえな。この女も異常なさそうだし)



 次いで元気そうなリシェを一瞥した後、俺は青々と広がる空に視線を向ける。


 太陽の位置的に、今の時刻は昼過ぎだろうか。

 そりゃ腹減るわ。



「よし、アンタのポンコツ具合が露呈されたところで、そろそろまた食料調達に行こうぜ。島の探索ついでに」


「ええ!? わ、私、いま丸腰なんですけど……?」


「ダイジョーブ、気にすんなよ! 武器持っててもどうせ役に立たねーから」


「何だとぉぉ!!」



 ぽかぽか、再びリシェは背中を殴り始めるが、やはり痛くも痒くもない。


「いい!? 私は捜査官! アンタは罪人! 私の方が、立場は上なんだからね! 私の言う事をちゃんと聞くの! 分かった!?」


 と腕を組んで涙目で主張するリシェを、俺は「はいはい」と適当にあしらった。



「じゃー行きましょうか。これからよろしく、ポンコツ捜査官」


「ポンコツ言うな! 私はリシェ!」


「すみません乳デカ捜査官」


「リシェだってばあ!」



 相変わらず口やかましい女だが、まあ、コイツを弄って遊ぶのも退屈しないし別に良いや。


 ふわあ、と漏れ出た大きな欠伸を噛み殺した俺は、ポコポコと背中を殴ってくるリシェと共に、島の探索へと向かったのであった。




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