第3話 初めての焼きゾンビ
複数のゾンビに周辺を囲まれ、強烈な空腹に苛まれた、絶体絶命の状況下。
俺は再び背後の女に問い掛ける。
「なあ、ゾンビってうまいのかな」
「あ、あなた、急に何を言っているの……?」
「なあ、ゾンビってうまいのかな」
「ちょっとぉ!? 何度も聞かないでよ!! 知るわけないでしょ!?」
そうこう言い合っている間に、先導していたゾンビの一匹が俺達に襲い掛かってきた。
大きく口を開け、両手を伸ばして掴みかかろうとしてきたそいつに「きゃあああ!!」と女の悲鳴が上がった直後、俺は素早くゾンビの腹部を蹴り飛ばす。
「ひいっ!?」
「ったく、腹減ってイライラしてるし、あんまり動きたくねえんだけどなー」
しょうがねえか、と嘆息し、俺はサンダルの靴底に仕込んでいた小型ナイフを取り出して地面を蹴った。
そのまま目にも留まらぬスピードでノロマなゾンビ共の
どしゃどしゃと積み重なる
一瞬でゾンビ共をバラバラに分解した俺は、呆気に取られて愕然と立ち尽くす女も無視して、ふむ、と
ゾンビなんて死体が歩いてるようなもんだし、もしかしたら永久に復活したりするんじゃねえかな〜、という可能性も懸念していたが──どうやら、攻撃すればしっかりと絶命するらしい。
ほーん、なるほど。だいたい理解したわ。
「──ってわけで、早速食べやすい大きさにゾンビをカットしてみました。このまま調理を続けましょう」
「調理!? 今のって調理工程だったの!?」
「ったりめーだろ、腹減ってるしさっさと火ぃ通して焼きゾンビにすんだよ」
「焼きゾンビって何ィ!? ま、待ちなさいイドリス! まさか本気で食べる気!? この腐った
「イケるイケる、肉は腐りかけがうまいって言うし」
「限界値まで腐りきってますけど!?」
……チッ、いちいちうるせーな。
ぎゃあぎゃあと喧しい女に舌打ちしつつ、俺は小間切れになった屍肉の一部を摘み上げる。
「ほら、よく見ろ乳デカ捜査官」
「何その不愉快な呼び方!! やめなさい!!」
「そんな事言われても、俺アンタの名前知らねーし」
「リシェよ! 王都軍の特別捜査官、リシェ・ロドリー!」
「あー、はいはい。では、リシェ捜査官。たった今
棒読みで彼女の名前を告げれば、捜査官──リシェというらしい──はムスッと頬を膨らませたまま嫌そうな顔で俺の手元を覗き込む。
一切れのゾンビ肉を手にした俺は、更に続けた。
「こちらのゾンビ肉、一見かなり腐敗が進んでいるかのように見えますが、近寄ってみても死臭はほとんどありません」
「……! い、言われてみれば、確かに……腐ったような臭いはしない、ような……」
「そう。つまり、この肉は実は腐ってない。多分なんか見た目がグロいだけ。という事は──食える!!」
「いやそれは安直過ぎない!?」
早々に結論を出した俺に対し、リシェがすかさず待ったをかける。
しかし俺の前世における料理修行の経験と、今世の裏社会生活にて
「大丈夫だ、俺に任せろ乳デカ捜査官」
「リシェだっつってんでしょ!! ……えっ、ていうかちょっと待って!? 本当にコレ食べんの!?」
「いけるいける、ジビエ料理的なアレだから。ゾビエだよゾビエ」
「ゾビエって何よ実際ある風に捏造すんな!!」
相当嫌がっているのか、やかましいリシェは目尻を吊り上げて断固拒否している。
まあ、気持ちは分からなくもない。──が、俺は無視して思案を続けた。
「火起こしは初歩の魔法でどうにかなるとして、塩も砂糖も無いのが痛手だな……ちょっと下味代わりに海水に漬け込んで揉むか。鍋の代わりになるようなもん探さねえとな」
「なんか普通に話進めてるんだけど!? 嫌よ私! 絶対こんなゲテモノ食べないからねええ!!」
「はー、やかましい……」
絶叫するリシェに、俺はやれやれと肩を竦める。
彼女の主張は引き続き無視する事にしよう。
俺は決意を固めて捌いたゾンビ肉をかき集め、調理道具を調達すべく、漂流物探しに向かったのであった──。
*
──かくして、一時間後。
すっかり夜も明けて周囲が明るさを取り戻した頃、もくもくと香ばしい匂いを
赤々と燃える火に炙られ、肉のひとつひとつを丁寧に串打ちした、焼き鳥ならぬ“焼きゾンビ”。
調味料は無いため、一度煮沸して冷ました海水に浸して下味をつけただけのシンプルな味付けとなっている。
最初こそ「ゲテモノ!」「無理!」「絶対食べないから!!」と文句ばかりを垂れていたリシェも、今となっては香ばしく焼き上がるゾンビ肉にすっかり視線が釘付けになっていた。
やがて、ぐうう、と腹の虫も喧しく鳴き始める。
「そこで炙ってんのは、ゾンビの太腿付近の肉だな。良い感じに筋肉質で、脂も乗っててうまそうじゃね? ついでにこっちは頬肉で、その辺はネック部分」
「……」
「あ、そういや近くの木に実ってたよくわからんフルーツでジュレ的なもんも作ってみた。偶然そこに“ゼラニ草”が生えてたからさー、それ使ってゼリーっぽくしてみたわ。意外にイケるぜコレ」
「……」
「いやー、それにしても、漂流物って役に立つんだな! でっけー貝殻拾ったから鍋の代わりになったし! おかげで明日には塩も確保出来そうだわ」
ペラペラと喋り倒す俺の正面で、リシェは何度も生唾を嚥下しながら焼きゾンビを見つめている。
やがて、彼女は声を震わせて口を開いた。
「……こ、これ、本当に……さっきの化け物の肉……?」
「え? うん。獣やら鳥やらと違って、毛もほとんど無いし、皮も剥ぎやすくて下処理は楽だったぜ。肉の色は紫っぽくてクソ不味そうだったけど」
「アンタ何でそんなに冷静なのよぉ……」
「人体バラバラにすんのは慣れてるんで」
「そうだ、コイツ暗殺者なんだった……」
リシェはどこか遠い目をして頭を抱えたが──すぐに、ぐううぅ、と腹を鳴らして
「さてと、腹減ってるし。早速いっただっきまーす」
「あ……! ちょ、ちょっと……!」
熱々のゾンビ肉に迷わずかぶりつき、大振りなそれを豪快に噛みちぎる。
だが、顔面蒼白のリシェと視線を交えたまま、舌の上へと
「ウッ……!?」
「ヒッ……!?」
俺は大きく目を見開き、言葉を詰まらせて蹲った。
「……ウッ……、う……」
「ひ、ひえ……っ! い、イドリス! 大丈夫!? やっぱ毒だったんじゃ──」
「──うめえ!!」
「……はえ?」
刹那、俺は何事も無かったかのようにけろりとして勢いよく顔を上げた。
リシェはぽかんと呆気に取られた様子で声を漏らし、俺の顔を訝しげに凝視する。
「うっっめえぞ! うめえわこれ! 俺って天才じゃん!? ゾンビ肉やば!!」
「……え? え?」
「はー、弾力も脂も程よくて、少し癖はあるけど嫌なエグみはねえし! 肉食ってるー! って感じ! うっま! アンタも食えば!?」
肉の味を絶賛しつつ、俺は炙られていたゾンビ串の一本をリシェへと差し出した。
だが、彼女が一瞬目を輝かせて手を伸ばしかけた途端──俺は差し出していた串を一度引っ込める。
「……あっ、でも、リシェ捜査官はゲテモノNGでしたよね? こんなもん食えるか! ってずっと騒いでましたもんねえ」
「……!!」
「気が利かないもので、どうも失礼いたしました。じゃ、残りは全部俺が食べますね〜。いやあ、残念だな〜」
にこり。わざとらしくへりくだり、俺はあっという間に串焼きを一本平らげると二本目の焼きゾンビに手を伸ばした。
リシェは頬を引きつらせ、恨めしげに俺を睨む。
「うんま〜。こりゃ美味ですわ。例えるなら、羊肉に近いかなァ? ジューシーで脂も乗ってて、うまい! 最高!」
「……」
「見ろよ、この絶妙な焦げ目とぷりぷりの肉質! 海水に浸したおかげで程よく塩味があるし、こいつをツマミに酒飲んだらうめーんだろうなァ。余った肉は陰干しにして、後で燻製させよーっと。こりゃ今後も楽しみだ」
「……っ」
「はあー、こんなにうまい肉が食べられないなんて、可哀想な捜査官……。地道に木の実でも
「──もおお!! 何なのよさっきから!! ムカつく! お腹すいた! 私も食べる!!」
つらつらと紡いでいた皮肉を遮り、リシェはついに感情を爆発させて俺の手から串焼きを奪い取った。
そのままヤケクソで肉を食いちぎった彼女は、最初こそ苦々しい顔で嫌そうに咀嚼していたが──ほんの数秒で、その表情は一変する。
「ウッ……!」
「う?」
「う、うっ……、──うんまぁぁ!!?」
即堕ち、陥落。
ゾンビ肉の甘美な旨みに、リシェは容易く転がり堕ちて瞳を輝かせた。
俺は口元ににんまりと弧を描いて満足感に浸りつつ、はぐはぐと肉にかぶりつき始めた彼女の姿を眺めていたのであった。
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