第45話 終章 今がとても幸せな事を

 江戸の頃の話だ。

 福井藩の志比村の川の近く。

 広い杉林の麓の家で彼は鍛治職人をしていた。

 名前は木村(きむら)三刻(さんとき)

 戦の無い泰平の世で刀や槍は打たない。

 刀工は大きな村祭の前にやるくらいで、専ら鍬、鋤、鎌の農具を打っていた。

 

 ある梅雨の夜、賊に妻と四人の子供達を殺された。

 

 賊はすぐに捕まり処刑された。

 

 賊の頭目の名前は車屋臨馬。

 

 彼は妻子の菩提を弔い、徳を回向し空虚な人生を埋めた。

 

 その功徳により天人に生まれ変わったのは良かったが、家族とは離れ離れになり、もう一度人間に生まれ変わり家族の供養をしたいと願い出る。

 

 しかし、それは叶えられない。

 

 次に人間に生まれ変われるのは三百年後だという。

 そして彼は天人でありながら自殺をした。

 

 その罰として天人の通力である秘剣を持った人間に生まれ変わる。

 

 異能を持つ人間。それは過酷な人生。

 

 秘剣の異能と潜在された力。

 これだけで、まともな生涯を過ごすことは出来ない。暗い殺戮の人生が約束された。

 しかし、一人の神が彼を庇護したいと願い出た。

 それが桜尋須多羅であった。


 次に生まれたのは両親共に町役場勤務。

 

 彼は平凡な子供ではなかった。

 

 子供の頃から桜尋須多羅に養育され、殺戮の嵐、靴底の下はいつも屍を踏む。

 

 どこか欠陥している。発言の裏にある血飛沫の臭い。

 

 世話役という鎖が無ければいつでも修羅になれただろう。

 

 彼は仲間を得た。

 

 平和な山と風の棚引く光景を見た。

 

 川の流れの移りゆく様を脛で感じた。

 

 海が『大きいだろう?お前も大きくなれる』と言う。その声を聴いた。

 

 町が彼を癒した。

 

 普通の小学生じゃない。中学生になっても普通を許される運命では無い。

 

 暖かい神の手はいつも彼の頭を撫でた。

 

 同級生の平和を守った。

 駄菓子屋のお婆ちゃんの平和を守った。

 拐われた赤ん坊を母親の腕に返した。

 

 それでも生前に守れなかった。妻と四人の子供達の記憶は魂の中で傷として残り続ける。

 

 妻子を失った男の傷を持った少年。

 

 長男は今、餓鬼道に生まれ変わっている。

 名前を『近藤英助』

 イタズラ好きの落ち着かない子だった。

 

 長女は今、餓鬼道に生まれ変わっている。

 名前を『不破たまき』

 我慢強くてお茶目な子だった。

 

 次女は今、餓鬼道に生まれ変わっている。

 名前を『早見小百合』

 活発で正義感の強い子だった。

 

 次男は今、餓鬼道に生まれ変わっている。

 名前を『丹羽・ダヴィッド・京吾』

 大人しいが頭の良い優しい子だった。

 

 妻は今、人間に生まれ変わっている。

 名前は『水織さくや』

 よく笑ってよく泣いた、世話好きな妻だった。結ばれたのは梅雨の晴れた夜の星を見た日。

 

 妻子を失った男は今、異能の人間に生まれ変わっている。

 

 名前は『三島段』

 

 神様のイタズラで出会っている事を彼は知らない。

 

 だけど、魂は知っている。

 

 失ったものに囲まれている事を。

 

 今がとても幸せな事を。

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霊トリック 麻間 竜玄 @ruta_narga

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