第44話 夏は目の前
桜尋神社に町中の霊が集まる。
打ち上げの前の閻魔庁の来世報告会。
「はい、みんな魂消祭お疲れ様でした、みんな〜お待ちかねの〜はい!」
「結果発表〜!」桜尋 須多羅はテレビの某司会者のように戯けながら叫ぶ。
英助、犬!
ビー玉、天国!
ちぃこ、セミ!
ダビッド、セミ!
ドッと周囲の霊たちから爆笑が響き渡る。
「んダァ笑うな!」
チイコは笑う霊達にプンプンになる。
「スズメバチとダンゴムシから進化したのかな?」
ダヴィは顎に手を当てて閻魔庁のパターンを探ろうと思考する。
「先が長えェ」
「ま、精進だわな」
「ほら、セミの抜け殻みっけ、先輩だよ?敬いなさい?」
ビー玉は煽りを重ねて走って逃げた。
チイコは全力で追いかける。何故か英助もついていく。
おちゃらけ、おちゃらけな光景だ。
あれから、数日が過ぎて。
魂消祭の予選は正体不明の賊軍の干渉により無効試合になった。
桜尋様の方から再戦の申し込みは出さず。そのまま笠取姫が本戦に出場する事になった。
第一予選である金原戦で決着がついたのは明白だった。
魂消祭の予選が終わり、休息の日々を楽しむ。それらを少しだけ紹介しよう。
桜尋様は異能持ちの小学生達とリコーダーの練習をしたり、蝉捕り、ゲームをしたりで忙しそうだ。
魂消祭で生贄になった、さくやを見染めて交際や結婚の申し込みをする名家の若い神々からの書状が後を絶たないそうだ。
実際、昔はそれで神の嫁入りをする女性は多かった。だがー
「うちの娘は嫁に出さん」
桜尋様はそう言って断りの書状を出し続けている。さくやは選り取りみどり。
『さくやはダメですよ』と…見染めてた女性との進展を素直に諦められない男神達が、只々さくやへの恋心を増幅させるだけの様な気がするが。
それはまた別のお話。
今城さんと業太は相変わらず修行と神事に勤しんでいる。
地味な毎日だが積み重ねている。
『小さな事からコツコツと』ストイックな二人は神社の絵馬に書かれた願い事を毎日吟味して絵馬を馬に転化させて願主の生活態度のチェックに向かう。
家内安全、無病息災、学業成就、心願成就…願いを叶えるにも骨が折れる事が多いが、頼られたら断れない。
無責任にお願い事だけする願主には、あしからず…。
捨てる神あれば拾う神あり。
『小さな事からコツコツと』
それが『第一』と思う二人はそういう願主は見捨てない。例え何人であろうとも。
轡を引き、馬蹄の音を町中に響かせて西へ東へ北へ南へ。
英助は終わってしまった魂消祭で敗退して落ち込む事はなかった。
次の魂消祭、六年後を見据えて新しいスキルを得ようと頑張っている。
基本は実家でのんびりして、段と一緒に過ごす事が多い。
最近では桜尋様の所で刀や槍の扱い方を無我夢中で教わっている。
アサガオの記憶横領の件や、段に惚れ薬を盛った件でお詫びも兼ねて段の使いっ走りの日々。
変な事件を招く様な事をしても結果、良い落とし所になる。
トラブルメーカー、トリックスター。
彼の「良かれと思って」は町が退屈する時にまた、珍妙な事件を呼ぶだろう。
ビー玉は実家の旅館に戻って、部屋の一室で休んでいると、たまたま姿を見られてしまい『座敷童子が出た』と話題になり、地元新聞に取り上げられて旅館は大盛り上がりになった。
最近は綺麗な着物(制服)を着て旅館で営業活動をしている。
ファンサービスはガッカリさせる事無く、過剰になる事無くで、満足度を維持させる。
この旅館で夜に座敷童子が出ない日は、みんなと遊んでいる夜だけなのだろう。
チイコは相変わらず桜尋様にベッタリで撫で回して貰える様に、マイペースで善行を積んでいる。
この間、実家のラーメン屋でイタズラでプラスチックの招き猫の手をフリフリと動かしたらSNSで話題になってしまった。縁起の良い怪奇現象にテレビまで来た。
そんな事はのんびり構えて、何か楽しい事はないかとブラブラな毎日。
因みに…ダヴィと一緒に撮った『さくやのヤンキー姿』が携帯に保存済なのはバレていない。
…さくや以外には。
…町中の世話役、霊達に拡散されている事は。さくやは知らない。
ダヴィは相変わらず、図書館で読書三昧。
母と妹の様子を見に実家に顔を出す頻度は多くなったそうだ。
小学生の姿から、なぜか高校生くらいの姿になって鍛錬している事が多くなった。
金髪蒼眼、眼鏡男子。色気付いた女性の霊からは好評で、ファンもいるらしい。その反面、元の小学生姿の方が良いとダヴィに近づいて工作活動をする勢力もあって。微妙な火花を生んでいる。
これは平和な証拠?
さくやは期末試験が終わって、段と一緒に水着を買いに行った。
地味な物を好むさくやは露出が低い物を選んで段に尋ねると『それでもまだ露出が高い』と…地味で布面積の多い高齢層が選ぶ様な水着を買わされそうになったらしい。
「そんなに私は水着が似合わないかしら?」
ムクれ顔でそう息巻いたさくやは勢いに任せて赤基調カラフルフラワーのビキニを買った。
家で姿見の前で合わせたさくやはその派手さ(さくやの基準)に絶句してしまった。
真っ赤な顔はビキニの赤さが顔に映ったものでは無い。
一緒に海に行く約束は済ませてある。
大人姿のビー玉なら似合う。
チイコも健康的に着こなせそう。
どうする?さくや。
地味な物ばかり好んで選んできた君は普通の水着でも照れてしまうのに、ビキニを選んでしまう暴挙に出た。この事は浜辺で後悔するしかない。
ただ一つ誤算があるとすれば、この赤い清純なビキニは『さくやに似合う』
どうする?段!
未熟な君は派手な水着を恥ずかしがるビキニ女子の精神破壊力に耐えられないだろう。
「似合ってる」とちゃんと言えるのか?
青春も程々にするといい。
段とさくや、四人の霊が集まった土曜日の午後。蝉の鳴き声が公園の東屋に木霊する。
何がきっかけか、段とさくやが海に行く約束をしている事がバレてて皆に二人は弄られる。
「へー…ほー…段も彼女と海に行く年頃になったんだ」
英助は羨ましそうに屈み座りでジト眼で段を見つめ半分揶揄っている。
「ウチの子を幸せにしてあげてね…」
わざとらしくハンカチを目元に当てて苦労して育てあげた娘を嫁に出す前夜の母役を演じるビー玉。
「お前ら、普通に羨ましいな…私も…桜尋様と…行けたらな…水着か…持って無いからな…どんなのが良いかな…」バカ正直に羨んで桜尋様と海に行く妄想から帰ってこないチイコ。
「楽しんでくるといいよ。完璧な物にする為に後で作戦を考えよう」ダヴィは将棋の盤面を見詰める様な眼で段を見て、頷く。
「だから機密事項にしておこうって言ったのに…絶対に弄られるんだから」
段はさくやに苦情混じりに呟いた。
「いいの、ただ一つだけ、あなた達はついてこないでね」
「一緒に行こうぜ、写真は撮らねぇから」
チイコは不満気でもう、駄々をこねる準備が出来ている。
「私の夢の為の第一歩だから、あなた達の為でもあるのよ?」
「さくやの夢って?」
「あなた達は人間に生まれ変わりなさい」
「出来ればそうしたいけど…何?」
「まずは私は段と結婚します」
「おおう、それで?」
「子供は四人。男の子が二人、女の子二人」
「子沢山なお母さんだな」
「そう、私があなた達のお母さんになるの」
「えっ?急に話がおかしくなってきた」
「犬とか天国とかセミとか変なところに寄り道している場合じゃ無いわよ。あなた達!さっさと人間に生まれ変わってきなさい。ちゃんと学費は貯めといてあげるから、段と私に孫の顔を見せてちょうだい」
「超気が早いよ!」
「それ、段の前で言うのアリなのか?」
「段がお父さんで、さくやが…お母さんか〜微妙!」
「おい、段とんでもないプロポーズされてっぞ?どうすんだ?」
「神秘だね………色んな意味で」
段はどう反応して良いかわからない。
さくやと恋人同士になって。
さくやと結婚して…
父親になって、四人の子供に囲まれて。
幸せな家庭。
想像がつかない…訳でもない。
さくやは照れながらも微笑みながら。こちらを見詰めている。
少女の顔でもない。
魔女の顔でもない。
もうこれは四人の子供を持った妻の顔。
とりあえず、いつもどおり…桜尋様に相談する。
四人の子供の父親か…これは困ったぞ。
まだまだ高校一年だけど、世話役も大変だけど…今の内にしっかり受験対策はしておこう。
…。
……。
………。
夏は目の前。テレビは熱中症に気をつけるように報道を繰り返し、稲の臭いは太陽に照らされて濃くなる。
入道雲はにわか雨を呼んで、アスファルトの塵を流す。
夕暮れの曲がり角の向こうで何かが動く気配、林の闇の中からは何かが覗いている。
幽霊達が元気な季節。夏の熱気には幽霊も浮かれて余計な事件を起こす。
霊のトリック、霊トリック。
あなたの家の周りでも霊達が毎晩、大騒ぎ。
もしも、気づいてしまったら。
その時は桜尋神社においで下さい。
きっと、皆が助けてくれるから。
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