ピザまん

「――キミ、本当は自分の事、あたしって言うんだな」

 

 理香子が泊まりにやって来た夜の事。

 ついうっかり、昔の喋り方をしてしまったことを、ほんの少し後悔していた。


 自分が眠るベッドの下に敷かれた布団。

 理香子はそこで眠っていて、暗闇の中、2人で同じ天井を見上げながら、他愛のない会話をしていた。


「うるさい」

「いいじゃないか、そっちのほうが可愛い」

「オレにはそういうの似合わない」

「そんなことは無いさ。服を買いに行ったら、フリフリのスカートとかを買おう」

「――オレは買わないからな」

「私は名前通り紺色のを買うから、キミは赤色のを買ってくれ」


「買わないって」

 はぁ、とため息が漏れる。

「さっきは男装にも飽きたと言っていたのに」

「いきなりそんな女らし過ぎるのは、しんどいんだよ。もっと段階踏ませてくれ」

「なら、それだけ一緒に服を買いに行けるというわけか」

「ポジティブに捉えたな」


「まぁ……その……」

 そこで理香子の歯切れが悪くなる。

「よくよく考えたら、誰かと一緒に買い物に出かけるの、初めてなんだ。――だから、ちょっとワクワクしてるんだろうな、と」


「……あぁ、そう……。まぁ、誰かと服買いに行くの、あたしも初めてだけどさ」


◆◆◆


 ヒガンは座り込んで動かなくなっている霧元肇に向かって、その巨大な腕を振り下ろしていた。

 これで邪魔者は消え、後はじっくり神を捕食し、その力でもって、この忌々しい結界、封印を破って外に出て。

 そこで全ての人間の願いを叶えていくのだと。


 その未来を確信していた。

 けれど。


「――な……ぜ?」

 何が起こったのか理解できなかった。

 なぜ自分の体に、深々と刃物が突き刺さっているのだろう。

 

 何故、それが巨大な鎌で。

 何故、あの青い死神が霧元肇の背後から現れているのだろうか。


 座ったままの霧元肇の目からは涙がこぼれていた。

 思い当たる節が一つだけある。

 霧元肇の能力が入れ替わりだというのなら。

 骨を4つ所持したときの能力は、まさか――。


「この、出来損ないがァァァ!」

 慌てて、死神の能力を封印しようとする。

 しかし、鎌によって魂が解放されつつあるヒガンの力は衰え、鎌はヒガンの封印よりも素早く動いていた。


 両腕が切断され、続けて胴体も両断される。

 断面からは青白い炎が、天へと向かって立ち上っていく。


「なぜ……? どうして……?」


 身に封じ込めていた魂を開放され、徐々に薄れゆく意識の中でヒガンは――いや、ヒンナガミは問うていた。


 それは自分を生み出した、かつての人間たちに。

 それは自分の在り方を認めなかった世界に。


 それは最後に自らの欲を捨てた、一人の少女に対して。


◆◆◆


 全てが終わり、気が付けば泥も、神も、人形も全て消えていた。

 空の色は、元の青いものになっていて、人々の声も遠くに聞こえるようになっていた。


 公園の遊具に背を預けた少女は、そのまま涙を流し続けていた。


 ただ一人。

 今日この日に願いを叶えた彼女は、しかし決して幸福な気持ちではなかった。


◆◆◆


『アレ』から一年後の冬のある日の夜。

 霧元肇キリモト ハジメは、暖房の効いた自分の部屋で、大多数の高校三年生たちがそうであるように、受験勉強の追い込みをしていた。


 買ってきた問題集の進みはあまり良くなく、時間ももうすぐ夜中の二時ということもあってか、次第に頭もぼんやりしてきた。

 高校三年の冬は、聞いていた通り、あまり楽しめそうになかった。


 ふと窓の外を見ると、雪がしんしんと降っていた。

 受験なんてものが無ければ、暗闇に舞う白銀のそれらを楽しむことも出来たのだろうが。


 いっそ気分転換に外にでも出てやろうかと思い立つ。

 クローゼットから外着を取り出して、それに着替える。


 風邪をひいても面倒なので、なるべく暖かい恰好をして、しかし下はお気に入りのスカートを履いて、外に出た。

 降りしきる雪の中、肇はコンビニについたら何を買おうかと、ぼんやりと考えていた。

 やはり肉まんだろうか。

 いや、ここは勉強のためにもエナジードリンクでも買っておくべきだろうか。


 などと考えていて、何だかすっかり慣れたものだなと、ふと苦笑が漏れる。

 コンビニの明かりが視界に入る。

 どうやらこんな時間にコンビニを利用する人間は、自分以外にもいたようで、中に入ると篠原瑞枝がレジ前のホッとスナックコーナーで腕を組んで立っていた。


「なに、あんたも息抜きってわけ?」

 たった今入店した肇をちらと見て、瑞枝が言う。

「まぁね。――肉まん?」

「いや、ピザまん」

「ピザまん……?」

 聞きなれぬフレーズに心惹かれて、ん、と瑞枝が指さす先を見る。

 ほんのり黄色の生地のそれがあり、気が付けば肇はごくりとつばを飲み込んでいた。


「ラスいちだけど、譲ってあげるわよ」

「いいのか……!?」

「そんなに興味津々にされちゃあねぇ」


 会計を済ませてコンビニを出た。

 外は相変わらず真っ暗で、その中を白い雪が点々と降っていた。

 その中を、瑞枝と肇が二人並んで歩く。


「去年のこの時期は、骨がどーとか、殺し合いとかしてたっていうのに……。普通に受験とかすんのね、あたしら」

「……そうだな」

「そっちは勉強の調子どうなのよ」

「何とか、って感じかな。瑞枝の方はどうなんだ。志望校、かなりレベル高い所っぽいけど」

「あー。ま、何とかなりそうよ。レベル高いっていうか、入試の成績良くないと、学費の免除受けられないってだけなんだけどね。うち両親いないから、その辺が色々大変でさ」

「わ、私でよければ、力になるぞ……! 瑞枝は……と、友達だからな!」

「ほーん」


 いたずらな笑みを浮かべた瑞枝の手が、肇の頬をむにっとつまんだ。


「可愛い事言ってくれるじゃないのよ~~」

「あうあう」


「……あんたは自分の心配だけしてりゃ良いのよ」

「わかった……」

「じゃあ、あたし、こっちだから。お互い、ほどほどに頑張りましょ」

「あぁ」

「じゃ、おやすみ――■■■」


 分かれ道でひらひらと瑞枝が手を振りながら、肇にそう呟いた。

 それは2人の秘密だった。




 湯たんぽ代わりにピザまんを抱えた少女は、以前の名前で呼んでくれる友人に感謝をして、おやすみと返して、また一人、暗い夜道を歩き始めた。


 夜道を照らす街頭が、自宅のマンションまで続いていて、少女はその道を歩いていた。

 街頭に照らされて、夜の闇の中に一瞬、少女の姿がはっきりと浮かび上がる。


 履いているスカートの色は紺色で――。

 明かりから少女が一歩外に踏み出すと、紺色のスカートは夜の闇に溶けて見えなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

骨に願いを ガイシユウ @sampleman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ