達成実行

 準備を進めてみれば、あっさりと用意できている。順調そのもので、他の二人も連絡を見る限り問題はなさそうだ。そして、時々オペランドに対する愚痴と相談が、スーンからロニに送られてくるくらいだった。


 ベイアルはロニが算術式でちまちまと何かをしていても、気にされていない。しかし、どこかウキウキしてるロニに、最近楽しそうだねとは声をかけてくる。別のことをやっているのは知っていそうだが、内容までは足を踏み入れてこようとしない。


「ふふん、今日も何やらご機嫌だねロニ。やっと課題がクリアって感じだね。」

「課題なんてありました?」

「行動と意思の話。何かあったみたいだね。あぁ、話さなくていいよ。僕らは親族でもなければ、契約書を交わした存在なだけだから。」


 自分の行動に意思が乗るようになったと暗に伝えられた。本当ですかと跳ねて喜びそうになるのを抑えて、本当です?と確認をする。何がそれに当たるかも薄々と気づいていたが自分から宣言するのもおかしいので、彼から言われるなら聞きたい。

 期待していた発言は返ってこない。彼は珍しくまともな顔をして、自分のタブレットをロニに突き出す。彼のまとう雰囲気は、へらへらしていた彼とは違ってピリッと肌を刺しそうだ。


「契約書がここにある。解約してアイルのもとに戻りたい?」


 戻りたいとはどういうことと、素直な疑問が口から出そうだったロニは抑えた。言葉が呑み込めなくて、少し経ったあと、解約と口にして納得した。


「え、わ、僕何かしました?ダメなところがあれば直します。」

「いや?そういうわけじゃないけど。君がどっちがいいか決めて。前の君ならなんも言えないでしょう?で、どう?」


 動揺しているロニに対していつも通りの表情に戻って、安心して君は優秀なほうと付け加えるベイアル。彼の今問われている理由も納得がいき、ロニは自分に問いかけてみる。

 ベイアルのところにいれば、こうしてダヴィードの手伝いができる。しかし、アイルクリフの期待にもこたえたい。ここでもそれはできる。なら、答えはすぐ出た。


「解約したくないです。まだ、ここで勉強したいこともあります。」

「そっかOK。方針は変えないから今まで通り好きにしていいよ。モルモットの世話もやってくれてうれしい。」


 珍しくうれしかったのかロニの頭をなでる。積極的に距離を積めてくる人ではないので、撫でてくる理由がわからない。状況がわからんなくなってしまったロニはええとと声に出してしまった。


「ごめんごめん。ホントロニが弟みたいに思えて来たからね。」


 はぁと撫でられながら口にしてしまう。お兄さんかと、ダヴィードとスーンのことを思い出す。[親族は大切に思ってしまい、ついついかまって望まれていないのに行動を起こしてしまう]と『意思』に書いてあったのも同時に思い出す。


 ダヴィードはもしかしたら、スーンのためも兼ねてここから出たいと思っているのかもしれないという考えにロニは至る。そう思うとますます興味が出てきた。『意思』は本当にいろんな人の意思について示されており、ダヴィード達を観察していればわかるんだろうとどことなく確信する。

 ベイアルはタブレットの画面を変えてロニに見せる。モルモットの血液を使った実験に成功したと報告をくれた。資料をロニのタブレットに転送して、ちょっと見て懸念点を上げてほしいとロニにお願いする。


「懸念点ですか?」

「そうそう。今の君なら学力思考ともに、何か出てくると思うんだ。アイルより僕を選んでくれたしね。」

「ちょっと頑張ってみますね。」


 うんうんと頷き、ベイアルは研究机に向かう。ロニは受け取った資料を見るとわからないことだらけだが、任されたのにベイアルに聞くのもどうなのだろうかと調べなければと思う。図書館行ってきますといって研究室を後にして資料を探しに行った。

 ベイアルからのお願いとダヴィードたちの脱走の手伝いに奮闘していれば、日付はあっという間に過ぎた。その間もスーンはアレイに叱られるところを多々見るし、ダヴィードは労働に追われている。船の物資をこんな待っていたことはなかった。


『いよいよ明日だ。明日はよろしく頼む。』


 チャットが来ていた。ダヴィードから送られてきており、馬鹿あほといつもなら書かれる文が一切なく緊張感が伝わってくる。ロニもよろしくお願いしますと返す。ベットの上で見ていた彼は寝がえりを打ちながら別のチャットを開く。


『今日までありがとう、がんばろうね。』


 スーンからも似たような文面が送られてくる。二人の言い知れぬ緊張感がロニにも伝わり、他のチャットを見たくないとタブレットを置いて思考を睡魔に預けた。







---

 船が着くのは昼すぎでそこから一時間ほど滞在する。その間に荷下ろしが行われる。そこが船に忍び込める時間だ。

 ダヴィードが実験生物を脱走させ、注意がそちらに向いている間に船に近づき、カメラを一定時間止め、変装をして忍び込む。言葉にすれば簡単な作戦のために数週を費やしたのだ。


「今日は軽食なんだなロニ。」

「いつもこれくらいだったと思います。」


 いつも通りファナイと昼ごはんを食べる。緊張もあってご飯が通らないことをファナイに突っ込まれるのは痛かった。彼を巻き込めない。何も話せなくてすみませんと心の中で謝り、目の前の昼食を食べきることに集中する。

 生物区画に行く用事を作らなければならなかったが、モルモットの餌が切れることを思い出した。そろそろ運搬機申請してもいいとけれど、生物区画に行く理由ができたのだから、ロニにとってはありがたいものだ。スーンから聞いた話では元々モルモットを育成していたのは彼女らしい。


 研究所にベイアルへあてたの置手紙をして、タブレットをもって生物区画に足を向ける。ベイアルからの宿題みたいなものを置き手紙と同じところに置く。紙にメモのようにかかれた考察、彼はこれをみてどう思うのかを考える。喜んでくれそうだ。モルモットには行ってきますと告げて撫でる。

 廊下を歩く足取りはとても軽かった。向かう途中でチャイムが鳴る。それと同時にほほを汗が伝う。緊張から来ていると自覚し、ロニは大丈夫と自分に言い聞かせる。慣れないことの連続に戸惑っているだけだと思い込む。


 昼休憩の終わりに慌てる人達とすれ違う。タブレットを抱えて急いでいくと、生物区画に続く扉が前に立ちふさがる。数日間時々一人で来ていたロニは手慣れたように、扉を開ける。そこでも昼休憩の騒がしさが一目でわかる。しかし、今のロニにはどうでもいいことだった。

 『D-13』に着けば、あの日ベイアルと話していたアレイの男性がいた。ロニを見るなりいつもなら目をそらす彼が、興奮したように小走りで寄ってくる。だんだん足音が響く。彼以外の研究者もその場にいて、全員は強化ガラス内の象に目を向けているんだろう。


「君はベイアルのところのオペランドだろう?彼に連絡をしてくれたまえ。私から連絡したが返答がない。」

「お世話になっております。こちらからも連絡してみます。」

「うむ、早くしたまえ。」


 彼はそれだけ言い終わるとニタニタと興奮しながら他のアレイたちに話にいく。彼に言われたようにベイアルにタブレットで『彼が呼んでいる』旨を連絡する。送った後に、これから予定していることに対しては彼は障害となりうると思えてメッセージを消そうとした。しかし、こんな時に限ってベイアルからの返信が早かった。簡素な承知メッセージが送られてきた。今更取り消すこともできないだろう。


 気を取り直して、強化ガラス越しの象を見るが、モルモットを受け取った時からあまり変わっていないように思う。見た目ではわからないが何か変わったのだろうか。アレイたちはタブレットを象に向けている。

 足早にモルモットのケージが並んでいる部屋に向かうと、見慣れた少女がいる。やっと来たという顔をしていた。モルモットのケージの間に小さくまとまった荷物が置いてあり、それを取ると部屋に似つかわないキリッとした顔をして、ロニをせかす。


「行くわよ。リミットは一時間、あと10分で船が来るはず。」

「はい、行きましょう。」


 彼女の後についてエリア移動する。今まで通ってきたアレイがいる空間の隅に階段があり、むき出しの太い鉄で構成されたエリアに続いている。そこを降りれば、目の前は一本の通路だ。迷い様がないような一本道の壁には、看板のようにエリアが記載されている。

 ふと見ると生物区画で隣にある『D-14』だ。ちょうど船はエリアが14と15の間だから、集合場所としていた。進めれば、強化ガラスに四方を固められた中に動物が入れられているものが、目に入る。動物らは全部洩れなく実験動物だ。脱走が多発していたのは、数字としては10よりは前のエリアだ。


 大型種が入れられているガラスケースともいうべきものが目立ってきた。象、サイ、ライオン。逃がしていた人たちは品種を考えて逃がしていたんだとロニは頭の端で考えながら、前のパステルグリーンを追う。前からカンカンとリズミカルに足音が聞こえる。見慣れた作業着にパステルグリーンがよく映えるダヴィードだ。十字路で彼に合流した。


「待ってたぞ、サナ、先に船着き場付近に行け、お前なら近づけるだろ。敷地にはいろよ。」

「わかったわ、けど、船到着30分で状況に変化なかったら、ここに戻ってくるわよ。」

「それでいい。ロニもいいな?俺たちは予定した通り、監視の破壊と実験動物を逃がすのを両方成功させよう。そして、俺とサナは船に乗る。」

「はい。そこまで見届けます。」


 金属の音に反射して返事がよく自分の耳に聞こえて、ロニは居心地が悪くなる。最後まで見届け、手を貸すこれが何より大切だと言い聞かせている気がして、これが意思かと自覚する。

 スーンは近くの外に通じる通路に向かう。十字路を左側に曲がり、険しい顔で進んでいくのを最後に階段を降りる音がして、姿が見えなくなる。それを見届けるとダヴィードが、肩を組んでくる。よろけそうになるのを持ちこたえる。近く顔がこわばっているのに気づいて、決意が心を満たす。


「行くぞロニ。」

「行きましょう、ダヴィードさん。」


 ベイアルからもらったタブレットをしっかりつかむ。ダヴィードについていく、向かう先は『D-15』の大型生物だ。

 目的地に通路につくとしたに続く階段を降りる。世話をするときは大体地面に近い場所で行う。数字が高ければ高いほど、奥まった場所にある。そのため人の手では触れず、実験動物の入ったケースを機械で操作する必要がある。ここの区画のフローは大体扱えるように設計されているため、世話をするときは上につまれたケースを下に降ろす。


 ダヴィードとロニは世話をする場所まで階段を下り、ケースを操作する機械の前に立っていた。ダヴィードから異様な緊張感が伝わってくる。震えている手が見える。

 口からダヴィードさんと漏れていたのだろうか、彼の手を注視していると大丈夫と返してきた。

 セキュリティ錠にてをかける。脱走させていた一件からセキュリティは強固になったと言われていた。担当のフローにしか情報は教えられていないが、彼はここの担当と知り合いなんだろう。手馴れた手つきで開け始めた。少し時間がかかるだろうと手元の機械を覗きこむ。


「動くな。」


 発せられた一言は、二人の動きを止めるのには効果的だった。

 ロニからはダヴィードが阻んで姿までは見えないが声に聞き覚えがある。いや、聞き覚えがあるで済まされなかった。

 数年間共にいたアレイの声だ。今は契約関係は切られている。ここになぜアイルクリフがいるのだろうか。それが今のロニの心を埋めていた。


「何をしている、お前はここのフローじゃないだろう?」


 彼がセキュリティの強化を担当していたのはここなのかと、動転した気持ちを落ち着かせるために思考を働かせる。納得はできるが今ダヴィードで隠れていて本当に良かった直視したくない。彼に迷惑をかけたくない。


「ここのフローの代わりに…。」

「安い嘘はつくな。さっき元気な姿を目撃している。」


 言葉を遮り、鋭い言葉をぶつけるアイルクリフ。

 ロニが決心してダヴィードの腕と体の隙間からのぞき込むと、アイルクリフとは目が合わない。彼はもう一度動くなと口にすると、小型の拳銃を構える。防犯用に常設されている電気銃だ。拘束するための銃なので、しびれるくらいの威力しかない。その銃口はまっすぐとダヴィードに向けられている。


 ダヴィードを見る目は非常に険しく睨んでいる。睨まれているダヴィードは精一杯考えているようだ。

 しかし、考えるのをやめたのか、手元が動く。バレたからにはもう隠す気もないのだろう。動く手元が見えたロニはアイルクリフを見やると引き金に手をかけて力を込めようとしている。


 引き金を力が込められるのをみると同時にロニはダヴィードを押して前に出る。圧縮された電気が、ロニに向かって真っすぐ放たれる。


「…ッァ」


 一瞬の激しい光が右目に直撃する。そのままロニは右目を抑えて地面に倒れ伏す。


「ロニッ!!」

「ッ……ロニ?」


 激しく燃えるように右目がいたく、耐えれない。そのまま二人の叫びに近い呼び掛けは鉄に反射する。ロニは答えることなく意識を手放した。

 

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No.RAW 潤木一和 @urugi

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