手伝い

 あれから奇妙な感じでたまにチャットで、質問やら雑談が送られて来るし、ロニも送るといった関係性になった。意思と行動の研究といって差し支えない彼の知的好奇心は少しずつ満たされてきた。ダヴィードとのやり取りで彼の人となりと年齢を知る。26歳という10歳違うという事実には驚いた。


 借りてきたモルモットは世話する?とベイアルに言われて、研究室で世話をすることになった。ふと彼がなんの研究をしているのかを知らないなと本人から聞いていないなと思い出す。あとダヴィードの年齢は知っているのに、今契約しているベイアルの年齢も知らない。


「ベイアルさんは何歳ですか?」

「ん?唐突だね。25だよ。まぁでも年齢なんて重要じゃないと思うよ。」


 試験管を手にしたまま目だけ向けて答える。大した質問ではないのに、手を止めさせてしまったことに対して、申し訳なく感じてきたロニはすみませんと謝る。


「手を止めるくらい全然いいよ。一日中試験管とデータを眺めていると自分が人間だと忘れて作業してしまうからな。会話くらいしてほしい。邪魔ならそもそも契約しないよ。」


 ふふといつもの笑いをしながら、試験管を置いてタブレットでデータを入力している。次はケージに手をのばすが、そこにモルモットはいない。ロニがブラッシングをしていたためだった。


「あれ?」

「こっちにいます。頻繁にブラッシングしないといけないらしくて……。終わったので大丈夫です。どうぞ。」

「ありがと。任せてよかった。僕はあまり生物の世話は得意じゃないからな。」


 ベイアルに抱かせようとすると、そのまま持っててと持ったまま、近くの椅子に座る。ベイアルは目の前で、採血器材を取り出す。


「モルモット落ち着いているならこのまま採血するから、お願いね。」

「はい。持ってます。」

「うんうん、採血するねぇ。ロニ、質問答えたから僕の要望に応えてほしいな。」


 採血は手際よく行われ、モルモットも暴れる様子はなかった。軽くケージを掃除し、中に戻す。


「要望ですか?」

「そそ、ロニは自分を指すとき『私』っていうよね。それを『僕』にしてほしいかな。ちょっと機械と話しているみたいでね。そっちのがかわいいしね?」

「僕?ですか?問題ないです。ただなじむまでに時間がかかります。」


 モルモットのセキュリティ錠をかける。様子を見たいからと作業している台に置く。


「最近意味のない質問が増えたねぇ。興味なかったものに興味が出てきたのかな。いいことだね。『意思』に影響を受けたのか別の何かに影響を受けたのか。影響の出どころが僕であるとうれしいけどね。」

「これはいいことなんです?覚えておきます。」


 そのままベイアルは研究に戻り、それを少し手伝っていたら午前中が終わった。最近ダヴィードのおかげで使おうと思えて来たチャットをファナイあてにメッセージを送る。昼食を取ろうという内容を送る。快諾する内容がかえってきた。





---

「ロニから誘われるとは思わなかった。」

「チャット使えるようになったからおくってみました。どうです?」

「ばっちりだよ。タブレットで連絡取れるようになったのはいいな。どんどん送ってくれ。」


 オペランドの食堂に来ている。ファナイの隣にロニは手を合わせて食事を始める。それと同時くらいに、今日の天気や気温を伝える電子版にニュースが淡々と流れる。


『連続脱走事件の犯人が発覚。セキュリティに問題なし。犯人は以下の通りです。』


 ただロニにはそのニュースが目に留まる。普段なら流す案件だが、ゆっくりと字列が流れる。目で追うのが必至だ。時が止まった気配すらするのに、文字は流れていく。ただ、気にしていた文字は見えなかった。ロニは胸をなでおろす。


 それを別の意味で受け取ったファナイは笑顔で話しかけてくる。手が止まってるのも気にされたかもしれない。


「犯人つかまったのか。よかった。」

「そうですね…。」


 そのファナイの言葉も先ほどの確認で彼の名前が挙がっていたら、聞けなかった。信用は裏切ってはならない。ダヴィードは今どう思っているのだろうか。チャットを見るのが怖かった。でも見なければならないとファナイと別れたら見ようと心に決めた。


 初めて物がのどを通らないという感触をロニは味わう。

 食事を胃に押し込んで、研究室に戻る。ベイアルはまだ帰ってきてない。タブレットを確認するとチャットが来ている。半目で恐る恐るタッチして文を見る。


『ニュースの件は気にするな、ばぁか。あいつらがへましただけだ。』


 ホッと一息すると、いきなり研究室の扉が開く。


「ベイア…。ロニ?ベイアルはいないのか。」

「いないです。どうしたんですか?」

「昼食の時に忘れ物をしてな。渡しといてくれ。」


 はいと、受け取ると電子系が大好きな彼にしては珍しく本だった。よく考えれば、納得できるものだった。アイルクリフに本を頼むのは理解ができる。研究机に本を置こうとすると、アイルクリフがロニの頭に手をおいた。


「元気そうで何よりだ。」

「はい、元気です。」

「ベイアルに任せてよかった。少し表情が柔らかくなったか?いい傾向だ。」


 アイルクリフは嬉しそうだ。あ、そうだ。よかったら食べてくれと、チョコレートをポケットから出して、渡される。お礼を言って受け取る。


 ロニはベイアルのところにいるのもアイルクリフのおかげで、今のロニがあるのは彼のおかげだと最近感じ始めた。彼の期待には応えたいと思う。


「僕のオペランドに何してんの、アイル。名残おしいなら手放さなきゃいいのに。」


 いつの間にかアイルの後ろに立っていたベイアルが、笑いながら研究室に戻ってきた。ふたりを避けて、ソファーに腰かけた。

 ロニはベイアルに目の前にいる人からの預かりものをベイアルに手渡す。お礼を言うと彼はこちらに目を向けることなく、本に目を落とす。


「俺じゃだめだからお前に任せたんだ。ロニ…髪型変えたのか。」

「僕が変えさせた。そして、一人称も変えるように言ってみたら、変えちゃうから困ってる。」


 ソファーに腰かけたまま彼は本から目を離さず、笑って答える。お前の趣味かとあきれた声でアイルは返す。ロニはこだわりはないから問題ないとは考えてる。


「ロニ、何かあれば言え。そういえば、俺のところにいたときは、連絡する必要なかったから連絡先知らないな…。タブレットあるか?」

「あ、あります。」


 ベイアルにもらったタブレットをアイルクリフに渡すと、彼は自分の端末を出して、画面をタッチし入力していく。ロニは彼が操作している様子を眺めて、久しぶりにこの光景を見るなと思う。すぐさま顔をしかめる彼はこだわりの強いため、人の端末すらいじりたくなるとは前に言っていた記憶がある。多分自分の端末に思うとこがあるんだろうと、ロニは思う。


「はい、タブレットのトップは整理しろ。資料は最低2タップしてから開けるところに入れとけ。」

「わかりました。気を付けます。」


 返されて画面を見れば最近調べていた。アレイレイドのマップなどのベイアルの研究には関係ない資料たちだ。確かに見られたら困るというわけではないが、関係ない資料を調べるのもどうなのだろうと問われれば困る。

 途端慌てながらアイルクリフは時計を確認する。昼休みの終了を告げようとしていた。


「やばい昼一でこいといわれていたんだった。じゃあなロニ、ベイアル。」

「ハイハイ、またねぇ。」


 アイルクリフは勢いよく研究室の出口に向かい、ベイアルはひらひらと手を振り、視線はいまだに本から離さない。ロニも手を振りながら見送ると、笑顔でまたじゃあと返される。


 彼を見送り研究室に戻って、アイルクリフの連絡先を確認しようとタブレットを見ると、チャットに通知が来ている。ダヴィードからだった。アイルクリフが来たことにより中断していたようにも思い、申し訳なくなる。通知マークがあるということはアイルクリフは見ていない。

 彼のことを個人的な情報を除きみる人には思っていない。ロニは周りの人に全面的に疑っていないため、アイルクリフは先ほどのような忠告をしてくれたのだろう。


『夕食後に会いたい』


 チャットを開くとそんな文章が書かれていた。予定もないし、了承の旨を伝える文を送る。何かを聞く必要はないと思い、チャイムとともに業務を開始する。




---

 夕食後にファナイも別の友人のところに行っているので、ロニも心おきなく、ダヴィードの宿舎ではなく、フローとオペランドが使うセルフサービスのカフェのようなところにいるとチャットに来ていたので、そこに向かう。


 簡素なテーブルと配給が置いてあり、お金を入れて、インスタントの食品、飲み物など、すきなものをもってテーブルに行くシステムだ。夕食後ということもあり、二十代そこらのフローとオペランドでまばらなりにも人がいる。


 ダヴィードが手を振っていることに、インスタントの熱いお茶を入れて呼んでいるテーブルに向かう。よく見るとダヴィードともう一人いた。彼と同じくパステルグリーンの少女がいる。オークション会場と図書館で見た少女だ。彼女を最後に見たのは、腕を抑えてうずくまっている様子だった。ちらりとそちらを見ると、何もなかったかのように、半そでの服から綺麗な腕が見えている。ちゃんと治療されたようだ。


「こんばんは。」

「悪かったな呼び出して。あれから考えたからお前に知恵を貸せ。ちゃっとでも打ったが、つかまったやつらは俺の仲間だが、全く気にしなくていい。」


 テーブルにはロニの持ってきたお茶と二人の前にはミルク入りの珈琲が置いてあり、真ん中には少ないが、クッキーが置いてある。

 円形のテーブルにつく。目の前の少女は、不満があるようで、ロニより少し幼い顔で眉間にしわを寄せる。


「ちょっと説明もなしにこの子誰よ。兄さん!」

「この間の脱走のときに見られて止められた、オペランドのロニだ。」

「今日の一斉につかまったのに含まれなかったのは、この子のおかげじゃない!?」


 高い声で少し張り上げて言う少女を悪かったとなだめる26歳男性。彼女の声すら周りの話声に埋もれる。金色の目がロニを見据えて、笑顔を作って礼儀よくごきげんようとあいさつをする。


「私は0777よ。好きに呼んで。兄さんはサナと呼んでるわ。貴方…よくみるとあったことあったかしら?」


 お兄さんというからには、兄妹なのだろう。見た目も口数の多さも似ているとロニは直に思い。会ったことがあったことを無効も理解していたことにも驚いた。


「0062です。オークションで一緒でした。」

「やっぱりそこであったわよね!ロニさんね。とりあえず、兄さんがお世話になりました。これからもお世話になります。」

「いえいえこちらこそ。」

「なんかすごいしっかりしてんなお前ら。」


 テーブルに肘をつきながら、二人の会話を笑顔で見ていた。挨拶をしっかり交わし、スーンと呼ぶことを許可される。


 スーンから話を聞くと彼女とダヴィードは兄妹だと、証明するものがないとのことだ。彼女らは兄妹だと思っているし、それでいいだろうと納得している。マリューチェとメニィーチェは双子ということが証明するものがあるため、周知の事実だ。


 スーン自身が仕えているアレイはやはり図書館で怒鳴っていたアレイだった。たまたま二人は生物区画の勤めだった。それは接点もあるだろう。ダヴィードは彼女がひどい目にあっているのを知っていそうだ。


「身の上話はここまでにして、作戦立てようぜ。」


 作戦というのは脱走のだろう。彼女も脱走を考えているのか、自分のように知恵を貸しているのかどちらだろうと、ロニは思う。


「国から出るには船がいるんだよな。サナは何か知っているか?」

「船ねぇ。月一の物資船の船着き場が生物区画から近いのは、知ってるわ。」

「生物区画が一番資材を食いますから、道理です。物資船であれば忍び込める思います」


 生物区画から物資船に乗り込んで脱出とするとして、船着き場の場所が問題だ。ロニは場所を知らない。


 二人に見せるようにタブレットで地図を出して、見ると船着き場の記載がある。スーンがここだわと指をさす。『D-13』から程近いことがわかるが、今度はダヴィードが、物資係のフローから話を聞くと監視カメラが多いと話を聞いたなといっている。


「監視カメラを壊さなきゃいけないのね…。」

「壊すよりは切ったほうがいいです。どうしても物理的な証拠が残るので、証拠を残さないほうが、いいはずです。」

「落札額から優等生だと思っていたけれど、あなた頭の回りがいいけど、正義感はないのね…。」


 スーンが不思議な目を向けてくる。意図が読み取れず不思議な顔を返してしまう。ダヴィードはこれこれと笑っている。


「いっただろ?サナ、あほだよなこいつ、こいつこれで人生順風なんだぞ。管理部に突き出せばいいのにな?」

「ホントそうね…。私みたいにアレイに恵まれないというわけでもないわよね。」

「あ、それは心配でした。珠に見かけていて…えっと図書館で怒鳴られているとかです。」

「アレ最悪でした。見てても入れないですわよ、あんなの。落札しておいて勝手すぎるわよ。腹立つわ、こっちから解約できないの。」


 不満を活力にできるタイプの人間だからここに集まっているんだと、ロニは再確認した。この二人はロニには理解できない思考をしていて、聞けば聞くほど興味がわく。この脱走劇の執着を見てみたいと思う。


 そんなことを考えていると、『意思』にかかれたことを思い出す。被害者が加害者に恋をしたり、協力的になることがあると記載があった。それに似たものを今感じる。興味から国に不利益になることをしようとしている。


「だから外を見たいの。ロニさんは協力してくれるわよね?」


 再度確かめるように彼女から頼みこまれる。下からのぞき込むように、きれいな少女にうかがわれれば、断る人は少ない。ロニは興味に動かされて、快く協力しようと頷く。


「問題ありません。」


 そのあとは雑談相談などを繰り返し、スーンの連絡先を聞き、交換する。夜も更けて解散した。


 脱走のために各々やるべきことを決めていた。ロニはセキュリティ学を少しかじっていたので、カメラを切る役割だ。スーンは道のりの確立、ダヴィードはフローから作業着を用意するといった具合だ。それぞれ用意を始めた。

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