異変出会い
ロニはアサルトライフルを手に森へと足を進める。今日も実験動物の脱走が発生していた。ここまで三日連続の脱走に、管理部所属のアレイが捜査している。じきに原因はわかるだろう。システムの故障か、フローの失敗か出てきた結論はそこらへんだろうと、ベイアルは言っていた。
実験動物を見ていると研究室の出来事を思い出す。ベイアルはサイレンが響いている最中、出ていこうとするロニの手をつかむ。
「実験動物に用事があるからついておいで。」
「用事です?行きます。掃討終わっていなかったらいけないので、研究室にいなかったらタブレットに連絡お願いします。それではいってきます。」
いつものように手をひらひらとさせて、ベイアルは応じる。
目の前の実験動物は今回はサイのような見た目だが、肌は鋼鉄のように固い。何度か撃ったが全く反応がなかった。縦横無尽に動きまわる。ロニは考えあぐねていた。
実験動物サイもどきの近くにファナイがいることが、目につく。電気銃を下げて、懸命に撃っている。一番サイもどきに傷を付けていることから威力は保障されいているだろう。
人海戦術でサイもどきを無力化し終わると淡々と機械が、処理をしている。数人が大けがを負っているのを目の端でロニは確認する。サイもどきが暴れまわった時に巻き込まれた人たちだ。その中に見知った顔がいるかを見る。腕を抑えて、うずくまっている少女に目が行く、パステルグリーンの見覚えのある人だった。
心配にはなるものの上機嫌なファナイに押されて運搬機にロニは乗せられる。ファナイは電気銃を渡して来る。
「今回はいい検査結果が出た気がする。な?」
「見てました。ちゃんと電気圧縮できてると思います。」
「だよな?あ、ご飯は一緒できるか?」
少女のことを忘れ、ファナイとロニはオペランドの食堂に向かった。昼食後、研究室に戻るとベイアルが研究室でソファーに寝転がり、仮眠をとっていた。白衣を脱いで、Tシャツズボンの恰好で寝ている。彼の人間らしいところを見たのが初めてのロニは驚きつつ、起こさないように忍び足で資料を読む用のデスクの椅子に座る。ベイアルは起きる様子はなく、ロニは少し長い髪に癖がつきそうだなとぼんやりと思い眺める。
昼休憩が終わるチャイムとともにのそっと、ベイアルが上体を起こす。ロニはそのままタブレットで昨日読んだ本のメモを見返していた。頭を掻きながら髪の毛を整えロニに近づく。後ろから、タブレットを覗いて書いてあることを見るが、ロニが気配に気づき振り向く。
「おはようございます。」
「それは『意思』?確かデータでは残っていない、実用性の薄いと判断された本だ。それをどこで?」
「アイルさんからもらい、ました。貴重なものですか?」
「ほぉ~ん、貴重ではあるけど価値自体は薄いね。いろんな人の文がごちゃっと書かれてるイメージの本だよ。」
ふわぁとあくびをして、ロニの問いに答える。かけてあった白衣を取り、タブレットを持って身支度を整える。ベイアルが起きたので、ロニも慌てて荷物をまとめる。
【S-Biyarr】と掲げられた研究室を後にして、生物区画に向かう。彼の研究室は生物区画に非常に近いため、歩いて行ける距離にある。歩くのかなわない場合は、自動列車を使うなり、少人数用運搬機を使う必要がある。
無言のまますたすたと歩いていくベイアルについていくのがやっとで、周りを見る余裕がなかった。左をふと見るといつの間にか研究棟を離れていたのか、見慣れた森が見える。
今は穏やかな風景が広がっているが、掃討作戦時には多くの人で溢れかえる場所だ。今日の掃討作戦の時に、見た少女は大丈夫だろうかと少し気にかかる。治療は完璧に施されるだろうが、昼は超えてそうで、今頃怒られていないかと不安になる。
急にベイアルが立ち止まり、ロニのほうを向く。
「忘れてた、ロニ、タブレットは持ってきた?」
「あ、はい、持ってきました。」
「ここ数日の間、毎日実験動物が逃げているだろう?それが人為的ぽくて、リエントラントとか管理部がうるさいんだ。許可書を君のタブレットに入れてあるから、ないと入れないところだった。」
ベイアルは優秀でよかったと、安堵の表情を浮かべる。放任主義宣言をされた時に入れられたものの一つだった。アレイが許可するときに発行される書類は一通りタブレットに入れられていた。オペランド単独で得られる権利と、アレイが許可して得られる権利があるため、管理としては問題ありそうだが、ありがたいものではある。
認証が必要なドアが前に見える。上には『生物区画』と書かれており、明確な境目がある。ベイアルは認証パネルに手をかざすと軽快な電子音のあとに、ドアが自動で開かれる。認証パネルの下をベイアルが指をさす。『区画移動許可』をタブレットに表示させ、指さされた先のタブレットサイズの四角い穴に置く。すると読み取りが発生した後、同じく軽快な音で歓迎される。
「これ手間だけど毎回やってね。僕がいるときは僕自身がさぼりガチになりそうだから注意。ロニ単独でも開くから、ここ来たいときは僕に言ってここ来ていいからね。」
はいと返答する。ドアをくぐると目に入ってきた景色に驚く、もう少し檻でできた地区だと思っていた。大きな機材が見え、人が多い。生物区画は草花に囲まれていると思っていたが、違った。
「人が多いですね。」
「迷子にならないようにね。用事があるのは、エリア『D-13』かな。今日は特に人が多いからね。」
確かに周りにはアレイだけでなくフローの姿も見える。フローは全員作業服を着て、マニュアルを持っているため、ロニの目には新鮮に映る。アイルクリフのところにいたときの生活で関わるフローはそこまで多くなかった。生物を生かすには手がかかるということだろうかと頭の端で考えながら、またも歩みを進めたベイアルを必死に追う。
エントランスホールのように左右と前に通路が広がり、ベイアルは前に進む。通路を進み目の前にДと記載されたエレベーターのボタンを押す。
「道は単純だから迷わないと思うけど、地図はタブレットにいれたから後で見てみて。ちょっとこっちの知り合いに挨拶と君が来やすいようにしとこうと思って。」
なんでそこまで丁寧に教えてくれるのかと疑問を抱いたことを先回りで答えられる。意識的に動くを念頭においてはいるが、まだ自分から動いくような行動はとっていないと思っていた。動きやすいようにはしてくれるとベイアルのやさしさが伝わる。
ベイアルは話したいこと以外はあまり話さない性質のため、誤解されやすいように感じる。本人はすべてを伝えたつもりでも、ロニも意図がつかめないこともしばしばある。親しみやすい口調とは裏腹に近寄りがたいのだろう。
13階に到達したことを音が通知してくれる。ベイアルの後に続いてエレベーターを降りると、強化ガラス越しに大きな動物が見える。あれは大きさ的に象だとロニは驚く、こんな大きな生物まで管理されているのかと呆気にとられる。
ガラス越しに眺めていると、カツンッと音を立てて大柄な男性が訪れる。どんどんと近づいてくるにつれて、はっきりとわかってきたが、図書館で怒鳴っていたアレイだった。
「ようこそベイアル君。君から来てもらうようなところではないが、すまないね。」
「大丈夫ですよ。今日はモルモット借りと、先日契約したばかりで勉強不足のオペランドに少し教えてようかと思いましてね。」
アレイはお世辞を述べる。ベイアルが他の人と話しているのを見る。誰かを下げて物を言うような人間でないように思っていただけあって少しショックにロニは思う。軽く挨拶を交わし、男性がモルモットはこっちだと先導する。ベイアルがロニに耳打ちする。
「彼気難しいから、合わせないと協力してくれなくてね。」
ごめんねと、勉強不足といったことに対する謝罪だった。あのアレイの男性が気難しそうなのは図書館で理解していたロニは、こくこくとうなずく。アレイは何やら最近の脱走事件について述べている。管理部がうるさいなどといったことをぶつぶつと、ベイアルに愚痴っている。多分彼は聞いていないということがロニの目から見ても明らかだ。
ロニは物珍しいものが周りにあるため、キョロキョロとみる。象と目が合いちょっと気まずそうに下を見ると、パステルグリーンの短髪作業着の男性が掃除している。同じ色に最近なぞの縁があると思いながら、前にいるベイアルの背中を追う。
小さい研究室のような部屋にたどりつく。数人のアレイとオペランドがいる。生物区画に入ってからはアレイよりもフローをよく見たが、ここは逆に一切フローがいない空間だ。
奥にある温度管理室と書かれている部屋に入ると、ケージがたくさん並べられていた。
「ベイアル君すまないね。いつもならオペランドに頼んでいたのだが、昼前の脱走のせいでけがをしてね。今治療を受けているらしい。全く使えない。」
「いなくても問題ないですよ。僕も二年ぶりくらいに契約しましたし、一人でもレビューやっていけますし。」
ところでどこですかと話を切り上げるベイアル。ああ、そうだったねと落ち着いて、モルモットの入っているケージをアレイは指さす。電子錠のついた一番丁寧に扱われているモルモットだ。ケージを持ってきて、ロニが抱える。名前はなんだろうとみると数字と英字しか書いてなかった。
世話に必要なものはここにあるからと説明を受けたが、あやふやなこともあり、オペランドにすべて任せているんだろうなという印象を受ける。
「すみませんが、ここのエリア度々借りることもあるのでよろしくお願いします。あ、僕が忙しい時はこの頼れるオペランドだけ来ることもあるので、よろしくお願いしますねぇ~。」
圧力を込めて頼みこむベイアルにおおうと少し後ろに引いて、応えるアレイ。ベイアルは用事が済んだのか、モルモットの対価である研究資料を渡す。そのまま礼だけをつげて、エリアD-13を後にしようとすると、けたたましくサイレンが響く。
エレベーターをおりてすぐだったこともあり、ベイアルが持って帰っておくよとケージを手から取られる。
「あ、地図見てもらってここからこっちに行くとオペランド基地は近いからね。」
指さしとタブレットの地図で教えてくれる。放任主義だと言ってはいるが、ロニに不利になりそうなことは早めに教えてくれるので、大切にはされていることは感じる。
「ありがとうございます。いってきます。」
「いってらっしゃい。モルモットと待ってるよ。」
ベイアルはそのままモルモットを片手に研究室に戻っていった。ロニはベイアルに教えてもらった道を通ろうとタブレットの地図を再び見る。少し進むとセキュリティ錠がたくさんついた扉のエリアにたどり着く、不安にはなるが地図とあっているため、そのまま進む。
すると象を世話していたパステルグリーンの短髪の青年がいるのを目にする。また変な縁だと気になってくる。そのまま、気づけば足を彼に向けていた。
遠目で何をしているかはわからなかったが、近くに寄るとセキュリティ錠をいじっていた。
「何…してるんですか?」
「てめぇ!見てたのか!?」
話しければ慌てたように口を開いた。目を見ると動揺が浮かんでいる。セキュリティ錠の扉の奥には、獣の咆哮が聞こえる。彼はもしかして逃がそうとしていたのかという思考に至る。素直に言葉にして疑問をぶつける。
「まさか逃がそうとしていたのですか?」
「この錠前が壊れてそうだったから直そうと思ってな…!」
目の動揺、錠前だったらアレイが直すはずだ。見てくれからしても、いいものは与えられてそうではない青年だ。そんなわけがない。
「それならアレイの方が直します。私はオペランドです。貴方を管理部に言うだけの資格はありません。話してください。」
「…信じねぇ。アレイは俺らを機械と一緒に扱いやがるし、あいつ以外のオペランドは高見から見てくれやがる。そんな奴に話すかよ。」
上から言われれば答えるのが常識だと思っていたロニには、応えないという選択肢があることに驚きだ。最近のロニの学びたいと思う、意思と行動に伴うことだった。彼の行動、意思に興味がわく、知的好奇心がわいてくる。できれば彼を知りたい。彼を知ればなぞが解けると思う。
ロニは脱走をさせよとしている事実より、それに至るまでの過程が気になった。
「…答えないのは信用ができないからですか?私は貴方がなぜ脱走をさせようとしているのかとかのが、気になります。貴方に興味があります。」
まくしたてるように質問と言葉を紡ぐロニに戸惑いながら、脱走させていることを決定的に決めていることに対する不満を顔に出している。青年はセキュリティ錠から手を離して頭をかく。
「なんだなんだ、変な奴だな?いわなそうだが、信用できるもんはねぇな。」
「信用が大事ですか、わかりました。ありがとうございます。では、理由を聞いたら手伝います。連絡先交換できるものはありますか?」
「手伝う?連絡先?は?お前ばかか?」
彼は笑っているが、なぜ笑われたのかがロニはわからない。相手が笑顔なのになぜか不快にロニは感じる。彼が馬鹿といってきたことに対しての不快感だろうが、ロニは気づかない。
「お前は俺と同じあほで、そこら辺のオペランドとアレイとは違うな。いいぜ、生物を脱走させて、どさくさに紛れて俺らはこの牢獄から出ようと思ったんだ。」
何が信用につながったのか、理解はできなかったが、結果的に良かったとロニは胸をなでおろす。牢獄という言葉が引っかかる。どこに牢獄があったかもロニは知らない。
「牢獄…?どこですかそこは。」
「勉強はできるんだろうが馬鹿だなお前は。この国が牢獄だ。お前たちは掃討やアレイが生成した危険物も扱わされるんだろ?そんなのは本に出てくる囚人と一緒だろ。不満はないのかよ。」
不満があるから外に出るは納得できる感情だったため、ロニは言及しなかった。
ただ、人すら大切な資材であるこの国は、アレイ以外の出国を認めていない。単純な労働力であるフローの彼らは外に出る機会は一切といっていいほどない。そしてそれが破られることは罪であるため、失敗をすると囚人となり臨床実験、人体実験等に使われる素材になる。
「不満はないですね。この国からでたいんですね。でも、一人で出ても海に囲まれたこの国から出れないですよ。船が必要です。」
液晶タブレットの地図を見せる。彼は食い入るように見て、頭を抱えて悲しそうにする。急に頭を抱えた彼に戸惑うロニはどうしました?と声をかける。
「船かぁ…。ねぇな…どうしよう。まぁいいや。脱走はやめだ。あと、脱走させる理由を教えたんだから、たまに知恵と面かせ。小型タブレットがあるからほれ連絡先。」
「船は私も知らないです。連絡先はこれです。」
連絡先を交換し、ホントに言うなよと口を酸っぱく念押しされて、彼と別れる。ロニは長居していまったと、基地に急ぐ。フローの彼は別の道へと消えていった。
「は、フローの方の名前聞き忘れました。」
はっと立ち止まり、タブレットのチャットのようにメッセージを送れるアプリを起動し、今日会ったフローに自分の名前と相手の名前を聞く文章を送る。
掃討作戦後タブレットを確認すると、彼からメッセージが来ていた。話していた時と同じように少し荒々しい口調で来ている。二言ぐらい馬鹿やあほといった文が来ていた。これが彼のコミュニケーションなのだろうとロニは納得した。
『ДавИД』と字列が見える。「ダヴィード」と読むのだろうとロニは解釈し、次からそう呼ぶことにした。フローは配属場所で頭文字が決まりそこからは番号のように記号がつながってくる。オペランドと似ているが非なるため、名前の読み方に自信はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます