管理掃討

 ロニはベイアルのもとで業務をこなすが、散々だった。指示はもらえず、何がしてほしいのかを察して資料を取りにいかねばならない。一週間経ったが全く分かり合えない。ベイアルに笑いながら欲しかったのはこれじゃないなぁと言われることはざらだった。


 研究棟の図書館に資料を取りに来て、ため息を吐く。ベイアルからもらった液晶タブレットにメモをした単語にまつわる文献論文を読む。本を読むには要件をつかむのが大切だとアイルクリフから教わったロニは斜め読みをしてこれかと思うものをタブレットにダウンロードする。本は置いてない図書館のため、備え付けの機械で検索、ダウンロードできる。膨大な資料なせいで、30秒ほどはかかってしまう。

 ダウンロードを待っている間に怒鳴り声が聞こえてくる。びっくりしてそちらをロニが振り向くと、見たことあるパステルグリーンが目に入る。


「なんでそんなこともわからないんだ!欲しいデータはこれじゃない!」

「すみません…。」


 申し訳なさそうに肩をすごめている少女をまくしたてるように早口で話す男性。男性をオークション会場で見た気もする。彼はどんな研究をしてたかはロニの印象に残っていない。大きな功績を残したアレイではないのは、ロニにもわかる。オークションに参加するアレイには条件はなく、だれでも参加できる。この怒鳴っていた男性は優秀なオペランドでも契約して研究を少し投げようとしたのがうかがえる。どうやら、上手くいっていないのはみたらわかる。


 怒鳴り声の主を遠巻きしてに他の人たちは、関わらないようにしている。ロニも目を向けただけで、積極的にかかわろうとはしない。とりあえずダウンロードが終わるのを待つだけだ。

 そこからは少女と男性がどうなったのかわからないが、ダウンロード中は怒鳴っている様子はなかった。図書館を後にし研究室の戻る。


「いやぁこれじゃないね。これ、僕が言った単語に合わせて斜め読みしたでしょ。」


 研究室に帰ってきて開口一番否定されたロニは肩を落とした。怒ってる様子はなく、図書館で見たような雰囲気ではない。


「素直な疑問なんですけど、なんであんな額を私に出して落札したんです?」


 驚いたようにスポイトを落としたベイアルは、紫の目を細めて笑う。よく笑う人物で、なぜ笑われているのかはロニには理解ができなかった。


「第一の理由として、可愛かったからだね。これが100。」


 16歳162cmであることや、彼の要望で左の横髪を三つ編みにしたのを思い出して納得しつつ、聞き返す。ロニは多めに見積もれば可愛いの範疇なのかもしれない。


「見た目です?」

「そうそう、大事でしょう?可愛くない男が、欲しい資料持ってこれなかったら顔をしかめるよ。」

「それを聞いたら納得です。」


 人間が感じる不快指数が視覚情報が伴うのは確かだ。彼はそれを重視する人間のようだ。


「第二にアイルが気に入ってるというオペランドに興味があったこれが100。単純に優秀なオペランドが欲しいこれが100」


 優秀だと思ってたオペランドがダメだったのだから、100は損失したって思いが、ロニの頭をよぎる。これはアイルクリフの株を買われてのことだからさらに重く乗る。それにさっき見た光景も後押ししいるかもしれない。


「後の100はアイルが頼んできたからかな。前のでも足りたから、いいんだけど、親友の頼みは死んでも聞けっていうしね。」

「頼みです…?」

「そそ、俺では知識は与えれるが、人生経験は詰めないからな。って。これで僕に向けた質問には答えたから、答えてほしいなぁ。」


 試験管と資料見ながら答えてくれていたベイアルの紫の瞳が、スッとロニを見る。液晶タブレットを見ていたロニも視線に気が付き目を上げる。


「なんでそうなのが僕には気になる。ん、これじゃ伝わらないな。うん、これだ。0062、どうして、君の行動に意思が乗ってないように見えるんだろうな?」


 度々意味のありそうな笑顔向けられるが、ロニには意図を読み取れない。ベイアルの知的好奇心を満たせるだけの回答を持っていないロニは、目を泳がせた。


「行動に意識が乗ってない理由はわかりません。」

「じゃあ、質問を変えよう。考えたことはあるのかな?自分がどう動きたいと思って動くことは?」

「動きたい…とかは考えたことないですね。アイルさんの時は指示もらってました。」


 素直に回答するロニにふふと笑いながら、ロニの持っていた液晶タブレットを奪い何やら入力している。


「考えたことないんだね。結構。これは、アイルに甘やかされてきたねぇ。僕は君を教育することにしようかな。大人の男性なんでね。」

「何かを教えてもらえるならうれしいです。」

「あ、でも全く君が思ってるものでもないよ。あと、君と契約して数日たってて申し訳ないけど、呼び方どうしよう?単純にロニでいいならそうする。」

「アイルさんも呼んでいたので問題ないです。数字で呼ばれるよりはうれしいです。」


 少しアイルクリフのもとで助手をしていた記憶が、ロニの脳内をよぎる。アイルクリフの指示を通して、算術式の使い方、考え方を教わっていた記憶だ。


「そこなんだよね。ロニ、君が今契約しているのは僕でアイルじゃないんだ。言うことは聞く、資料は的外れではないし、ロジカル的なことは理解できている。正直オペランドとしては優秀だろうね。普通のアレイだったら満足するだろう。欲しい資料がこれじゃないとは度々言ってきたけど、僕が欲しかったのは、君の観点で資料を見たやつだね。」


 つまりベイアルの出した単語ではなく、ベイアルやってる研究を横から見て、ロニが考えてここはこれが参考になると思う資料を持ってこいということだ。アイルクリフの指示に従って資料をもってくるだけだった彼にとっては、やることが変わってくるだろう。


「私の意見ですか…。」

「そう、思ってるより僕は放任主義だし、アイルは世話焼きだ。全部を自分でやって何なら君に知識を与える、物を与えてたはず。僕はロニを一人の人として接しようと思ってる対等な立場として。」

「放任主義、自由を認めるってことですよね。」


 そうそう、と頷きながら、液晶タブレットをロニに渡す。消えた画面をタップすると『ロニ専用』と左上に表示される。数字ではなくアレイ同様に呼称として書かれている。


「君は自由にしていい。僕の研究をつまみ食いして、考えた資料をくれてもいい。本を読んで過ごしてもいいし、400万に似合うことをしなくたっていい。傍にいる範囲なら何でも。できれば意見して。僕からの話は以上かな。」


 話したいだけ話して満足したのかベイアルは、研究に戻る。広い研究室は帰ってくるときと同様に、メモの音と試験管の音が響いている。どうしようと考えていると、サイレンがなく。

 スッと液晶タブレットをもって、静かに行こうとするロニを振り向きもせずに、声をかける。手元は止まっていない。


「サイレンがうるさいな。最近多いね。行ってくるんだよねロニは?」

「はい、行きます。」

「なら、掃討行くときは元気にいってきますとただいまは言ってほしいな。」

「わかりました。い、いってきます。」


 元気にとは言い難いが、初めて行った言葉に戸惑いながら言えば、ベイアルは手を振ってくれる。あってたと喜んで出ていく。

 いつものようにオペランドの基地に赴くと、険しい顔したファナイがいる。気にかけながらアサルトライフルと視界補助のゴーグルを手に取って位置につく。運搬機に乗り込む。ファナイがいつものようにとなりに乗る。彼は手に普段とは違う武装を手に持っていた。銃の形状をしているが、アサルトライフルよりはリーチの短い。


「ファナイその銃は何です?」


 素直な質問を口に出すと、嫌そうな顔をしながら、銃を渡してくれる。興味深そうにロニは見ると、電気銃ということがわかる。ただ、電気銃は人に使うものという認識だ。算術式を用いたものだ。算術式はプログラムみたいに電気に意味を与える力のことで、才能がものをいう概念だ。この国で生産されてた全ての電気に、アレイたちは意味を与えれる。


「主人の研究成果だ。算術式を用いた最新の電気銃だ。今回逃げた実験動物は耐久力のありそうなやつらしい。威力を調べてほしいとのことだ。」

「威力ですか。算術式を用いて電気の圧縮効率上げたんですね。」

「そうなの、もうね、正直使うのすら怖い。使わなくていいなら使いたくない。でも、使わなきゃいけない。」


 下を向いて電気銃を見ようとしないファナイにいつもとは違う雰囲気を感じる。彼はこれを使わないという選択をしようとしていた。オペランドがアレイの要望に添わないことは多々あり、それらは別に悪ではない。


「目標が先に掃討されたとでもいえばいいからね。ロニならどうする?」

「どうって…どうしましょう。最近よく行動について問われます。困りますね。ただ私なら使います。」

「…ロニだもんな。そう思った。いいよそれでこそロニだ。嫌ならやめればいい、やりたいならやればいい。それが許されることをロニは理解する必要があると思う。」


 頭をポンポンと軽く叩かれ、笑われる。勇気が出たとファナイは電気銃を手に取って、ゴーグルをはめる。それにつられてゴーグルつけるが、電源入れていなかったと電源を入れる。今回は前回と同じ場所に降ろされることから、前回と同じ場所の実験動物だろう。

 ロニはファナイの言うことを少し反芻していた。「嫌ならやめることが許される」ということは行動の自由で意思だ。ベイアルが言ったことはこれかもしれない。そういえばとロニはアイルクリフにもらった本を思い出した。

 考えている間に運搬機が止まる。続々と降りていきファナイに続いてロニも降りる。そこからはなれたもので、数十人のオペランドによって鎮圧された。ファナイも電気銃で貢献しているのを見届けた。

 鎮圧が完了すると同時にまたサイレンが鳴り響き、もう一体の実験動物の脱走を知らせる。度重なる脱走に不安を抱きつつ、次の標的が出てきた瞬間を目がけてアサルトライフルを打ち込む。

 新しく脱走した動物も鎮圧され、インカムにも終了したと告げている。運搬機の隣のファナイはつかれている様子だが、「最近多いな脱走」と愚痴をこぼすだけの元気はあった。

 基地にそのまま戻った。戻るころには就業時間を超えているため、研究室に連絡を入れるとかえっていいよとベイアルに言われ、帰路につく。

 自室に戻っているとまだロニのルームメイトである。ファナイは帰ってきてないことを確認すると持って帰ってきたタブレットを机に置き引き出しから、アイルクリフからもらった本を手に取る。紙媒体の本は珍しく、図書館にはおいていないため、個人の趣味で買うしか手段がない。そんな貴重なものをわざわざくれていることがわかる。


「『意思』…。」


 背表紙を見て思わず口に出す。情報としては完璧に今ロニが求めていた情報だ。ロニはメモをするためにタブレットを開き、本を読み始めた。

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