切捨て賭け

 捨てられた。0062というオペランドは主人であるアレイに捨てられたのだ。

「解約ですか…?それはアイルさんから…?」

「そう、手放したいといわれた。君は面倒見のいい彼と相性がいいと思っていたのだけれど。」

「私からも理由がわからなくて…。」


 目の前の女性に渡された解約と書かれた紙を握りながらロニが答える。女性はオペランドを管理人、リエントラントと呼称される人達だ。青みがかった灰色にセミロングの髪を耳にかけ、うーむと悩む。くすんだマゼンタの目は少年ロニを見る。彼女は何やら液晶タブレットにペンでメモを取り、興味ぶかそうにうんうんしてる。

「0062はオークション興味ない?聡い君をもっと輝かせるにはそれがいいと思う。競り落とされれば拒否権はないけど、給料的にはいい感じよ。それに今欲しいって言ってる人に君を渡すにはちょっと、今までアイちゃんが払ってたのと違いすぎてね…。」

 今まで契約していたアレイの専攻であるセキュリティ科学から、社会科学、生産科学といった分野が違いすぎるアレイが助手を応募していた。実験テーマ、専攻から人数が必要なことがわかる。いくら契約できても大人数のオペランドに分配してしまえば自分の取り分は少なくなる。


「知識足りない分野ばかりですね。あと給料を考えると掃討作戦の時にアサルトライフルを使えないのはちょっと困ります。」

「そこなんだ…。まっいいかぁ。」

「オークションて何するんです?」

 あぁじゃあねと追加で書類を渡してくる。見るとオークションに出る条件といつ開催、出場枠など詳細が書いてある。Sと書いてあることからここのエリアに対しての書類ということがわかる。

「読んでもらったらわかるけどね。ギリギリなんだよね年齢。あと枠がSから出せる人は一人だから。リエントラントの承認もいるからここで決めてほしいかな。」




----

 管理人室をあとにする。あのまま考えつかずロニはサイン、必要事項を書いた。この後の予定がなくなり、いつもならおかしを渡される時間だなと壁に表示されてる時間を見て思い自室に向かうと、常人であれば会いたくないと思う人間がいた。自身の感情に疎いロニは疑問には思うが、平然と名前を呼ぶ。

「アイルさん、どうしたんですか?私忘れものしましたか?」

「そういうわけではないが、クッキーと本を渡そうと思ってな。あ、解約してすまんな。今日お前が対応に向かってるときに思うことがあってな。俺がお前を解約したのは、お前は生きるのに俺が殺している気がしたからだ、お前のせいではなく俺のエゴだから、気にするな。」

 普段から饒舌じゃないアイルクリフが言葉をあふれさせたけれど、ロニには一部しか伝わっていない。ロニは彼が本とクッキーをくれようとしていることと、何やら解約理由を教えてくれていることを理解して戸惑う。本とクッキーを直接手に渡される。思考が追い付いてないのに重みに慌てる。

「わ、ありがとうございます。解約の件は何とかなりそうです。」

「ん、ならよかった。じゃあ、元気で。」

 切り替えの早い挨拶をして、アイルクリフは帰っていく。取り残されたロニはのろのろと扉を開けて、自分の机にもらったものを置いて、二段ベッドの自分のベッドに倒れこむ。そのままスッと眠りに落ちた。



---

 休日の昼間、管理棟の中央、研究発表通称レビューが行われる円状の会場の裏手にオークションに参加するためにロニはいた。研究時に着用している服、掃討作戦時の服とは違い、パーティにでも参加するような正装。同伴するリエントラントのマリューチェもいつものスーツではなく、白い軽そうなドレスを着ている。


「緊張するねぇ。0062は初めてだっけ?」

「初めてです。アイルクリフさんが初めての主人だったのでこういうのはええと緊張してます。」

「あ、そっかそうだよねぇ…。若いもんね。」

 ははと乾いた笑いをマリューチェが、浮かべてリハーサルを聞いている。マリューチェは他の自身の管轄のオペランドに声をかけに行っている。ロニはマリューチェを目で追う。

 自分より若い少女に話している。パステルグリーンの髪を後ろで一つにまとめて、金の目があどけなく笑う。純粋な子だろうなというのがロニの印象だ。マリューチェから『0777』と呼ばれる彼女もオークションに参加するのだろうかとぼけーと思う。

 オペランドの管理は四桁の数字で行われ、名前が数字であるため、読み方を工夫してオペランド同士は呼び合っている。リエントラントは数字で呼ぶことが、義務付けられている。


 裏手にも伝わる音量で拍手が会場から聞こえる。司会の声が聞こえないが、オークションが開始したようだ。オークションの取り分はリエントラント半分、オペランド半分だ。マリューチェはワクワクといったように横揺れしていた。

 人の入れ替わりが激しく、しばらくするとロニの番がやってくる。会場のスタッフに手を引かれて会場に入る。スポットライトがまぶしい。中央に立つとアレイの顔がよく見える。熟練者と勢いのある若者といった印象を受ける。幸いなことにアイルクリフの様子は見えなかった。

 ロニには彼が誰かと助手契約をしたというのを聞いた記憶がない。意図して教えてもらえなかった可能性もなくはないが、そんなことがあれば友達のファナイは教えてくれるはずだ。


 司会がロニの経歴、学力、向いている研究などを読み上げる。ロニ自体は自覚がないことも多くいまいち頭に入ってこない。自分のことだが、どこか他人事のようにロニは聞いていた。

「それでは10万からスタート。」

 手を上げて額をいう人々、細かなところは聞き取れないが、50、100と一気に引きあがったが、200付近になると引きあがりが、緩やかになった。200付近で手を上げているのは、それなりにロニの見知った人だった。シェルターなどの研究をしているアレイたちのような気がした。アイルクリフに就いていたことを知る人物だ。研究内容的にはやりやすいかもしれないと少し思った矢先、手が上がる。

「400」

 ニコニコと笑顔を浮かべて、赤紫の若者が一気に額を吊り上げる。さすがにこれ以上は出せなかったのかざわざわしている。

 そのまま、落札という形でロニのアレイが決まった。赤紫の若者だ。人の好さそうな青年でよかったとほっとはした。

 ロニと入れ替わるように0777が会場に立った。若い女の子ってこともあり、150万ほどで落札されたのをマリューチェから教えてもらった。


 そこからの流れはスムーズでマリューチェではなく、彼女の双子のメニィーチェに書類をもらいサインと必要情報を記載した。

「マリューからこっち管轄になるから、ちょっと勝手は違うけど大体一緒だから。」

「はい、えぇと契約するアレイの方はどんな専攻を?」

「ベイアルだよな確か、あいつは前回のレビューを見る限り今は生物化学だ。」

 今はという言葉が引っかかるが、まず分野が違いすぎるとロニは思う。アイルクリフさんが言ってたことを思い出して、やっていくしかないと心を決める。

「まぁ、クリフからベイアルだと系統違うかもしれないが、多分いいほうだから安心していいよ。」

 ベイアルの情報入れておいたからとメニィーチェが、ロニにタブレットを渡す。資料の一枚目にベイアルの概要情報と休日明けからの契約ということが書かれていた。気難しい人じゃなくて良かった。学力が高く、あまりオペランドを取るタイプの人ではないのが気がかりなくらいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る