花火パーティー

 約束の週末、もとい土曜日。


「そろそろ時間だな」


 透夜はブラウンの半袖シャツにジーンズパンツ、上には薄手のパーカーを羽織っている。

 一応外へ出る用の服装にしたが、最近は着る機会がなかったせいか、少し違和感を感じてしまう。

 手に花火を持って、部屋を出ようとドアノブに手がかかったところで呼び鈴がなり、そのまま出た。

 そこには長袖のシャツワンピース姿で待っている香織がいた。


「わざわざ待っててくれたのか」

「透夜と行きたかったので」

「そう、か」


 躊躇い気味で返事をしてしまい、体調の心配をされたが、すぐに否定した。

 15時の空はまだ明るく当然のように陽が射してくる。

 透夜と行きたかったと言ってくれたのは嬉しかったが、それと同時に苦しさを覚えた。

 ゆっくりと駅へ向かう透夜と香織の間に会話は一言もなかった。

 気まずいとわかって声をかけたくてもなにを喋ればいいかわからないし、気の利いた言葉なんて持ち合わせていなかった。

 無言で改札口を通り、電車に乗る。

 がたんごとんと電車が揺れている中で、香織は座って透夜はその前を立って乗っている。

 海に行った時とは逆で、香織に隣が空いているから座らないかと聞かれたが拒否した。

 友達として隣に座るのはいいが、今はもう香織を友達としては見ていられない自分がいて怖かった。

 後に亮が電車に乗る駅に着き『どこどこ』とメッセージを送ってきたので、周りを見渡す。


『3号車』

『あ、いた』


 探すまでもなく、透夜たちを見つけたようだった。

 じゃあ聞くなよと言いたくなるのをぐっと堪える。

 これもいつもの弄りな気がしたからだ。


「おーいこんばんは」

「こんばんは」

「亮、もしかしてわざとか?」

「メッセージのことなら違うよ。流石に電車じゃふざけられないし」

「疑って悪い」


 大丈夫だと返してくれたが、透夜は違和感を感じる。

 亮と仲良くなって互いにふざけることはあってもそれはどちらもわかった上でやっているのに、今回は透夜にとってわからなかった。

 少し神経質になっているかもしれない。


「今日もしかして体調悪い?」

「いや、そんなことはないんだが」

「無理せず言ってくださいね」

「心配してもらって悪い」


 深呼吸をして心を落ち着かせようとしてみる。

 幾分かスッキリして暗くなる外の景色をぼんやりと眺めた。

 学校の最寄り駅から三本手前にある駅で降りて、十分程度で光葵の家に着く。

 既に直斗は先に到着していたようで花火の準備をしていた。


「おは……こんばんは」

「こんばんは。今は、もうおはようではないね」


 級友におはよう以外の挨拶を使うのは初めてだからつい口癖のように先に出てしまった。

 隣で亮も口に出しそうになっていたが、透夜が先に間違えたおかげで口に出すことなく口を手で塞いでいる。


「あ、来た来た! ちょっと遅い!」


 ベンチに座っていた光葵が透夜たちに気づき、サンダルを擦りながら走ってきた。


「でもちょっとなんだな」

「明るすぎても駄目じゃん」

「それはごもっともで。とりあえず花火は一通り買ってきたんだけどこれでいいか」


 手に持っている花火をベンチの上に広げる。

 透夜と香織が一緒に選んだ花火に亮が持ってきた設置型の花火、そして光葵と直斗が選んできたパーティーセット用の花火があった。


「わぁ……! すごい量」

「殆どそっちの分が多いけど被らないように持ってきた甲斐があった」

「うんうんほんとにありがとう。直斗、お線香とロウソクは?」

「もう用意し終わりました」

「花火パーティーはじめ!」


 光葵の合図で花火パーティーが始まった。

 とりあえず定番の手持ち花火に火をつける。

 バチパチと散らす火花を光葵の庭の砂利に向けて放つ。

 久しぶりの花火は面白かった。

 設置型の花火は遠くから見ていてキャンプファイヤーを思わせるほどの素晴らしい景色で、壮観といっても差し支えないと思う。

 最後に透夜と香織で選んだ線香花火で誰が長く火球を保っていられるか選手権が光葵の提案で始まっていた。

 負けないよと文字通り火花を散らす戦いになり、一番最初に落ちたのは運悪く風が吹いたせいで落ちてしまった亮。

 その次に、直斗、光葵と続いて、透夜と香織の火の玉はまだ落ちていない。

 火花が落ち着いてきて、火球が段々と大きくなる。

 もうそろそろ落ちていきそうだと思った時、香織の線香花火が近づいて火の玉が触れ合ったまま落ちた。


「これはどっちも1位だね」

「えぇ〜こういうのは白黒はっきりした方がいいんじゃないの」

「まぁまぁ、仲良い2人だからいいではないですか」


 ぶぅと頬を膨らませている光葵に苦笑いをした。

 実際、最後の方は偶然というより意図的に近づかれた気がしたからだ。


「香織、まさか」

「風を避けようとしたのもありましたが、もう落ちてしまうと思ったら透夜のにくっつけてしまいました……ごめんなさい」

「いや、わざとじゃないならいいんだ。偶然だよな」


 視線を外して天を仰ぐ。

 時刻はまだら17時くらいなのに空は線香花火のように綺麗に輝いている。

 ふと花火屋の店長の話を思い出す。

 やはり、終わりを楽しむという意味が透夜にはわからなかった。

 線香花火は確かに華やかで見惚れそうではあった。

 でも、終わってしまえばそこで続かなない。


「どうかしました?」

「大したことではないけど、店長の線香花火の話を思い出してて……それがわからないなと」

「またやりたいと楽しみを作れるのが線香花火の魅力だと思います。比較的に手軽に出来ますし、それにオマケで二本付けてくれたのもそういう意味合いがあると思っています」

「またやりたい気持ち、か。また来年もやりたいな」

「はい。私もです」


 隣で微笑んでいる香織の顔を直視出来ず、また空を見上げて視線を逸らした。

 頬が赤く染まるのが透夜でもわかる。

 陽が落ち始めて暗くなっているおかげで隣にいる香織にはバレていないみたいだ。

 自覚したくない気持ちが胸にあり、違うと否定する。


「透夜、――」

「えっ?」


 唐突に告げられた言葉に動揺して、なんと言っていたか聞き取れなかった。


「ですから、す――」

「やめろ!」


 香織の続きの言葉をかき消すように強く否定した。

 遠くで花火をしている最中だった亮たちも透夜の叫びに驚き、視線が集中する。


「透夜……?」

「やめてくれ……」


 やってしまった、そう思った時にはもう体が動いて走り出した。

 とにかくその場から逃げたくて堪らない気持ちが胸を締めつけてくる。

 駅まで全速力で走って力尽き、その場で呼吸を整える。

 後ろから透き通るように綺麗な声が聞こえてきて予想通り、香織の声だった。


「どうして逃げるんですか」

「ごめん……」

「涙が」


 必死に逃げてきたせいで、瞳に溜まっていた涙さえわからなかった。


「今はひとりにさせてくれ」


 その言葉を最後にその場を離れ、振り向くことなく改札口へ向かう。

 もう後ろから追いかけてくる様子はなかった。

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