2人で帰る道

 ほんのりと暖かく、けれど心細い柔らかな手を握っている。

 自分から逃げたはずの手にしっかりと握られていて、簡単には解けそうにない。

 それが今は心地よかった。

 歩いている人に見られるのは少し恥ずかしく、距離を近づけて隠していた。

 手を握っているだけで恥ずかしいのはなんだか子供っぽいと思ったが、香織はまだまだ子供だからいいと返してくれた。

 電車に乗って揺られていく。

 前は隣に座ることがなかった香織が今回は隣にいる。

 今まで、ごく普通で毎日のように当たり前の光景のはずなのに嬉しかった。


「今日は隣に座ってくれるんだな」

「前回は……恥ずかしかったので」


 透夜から視線を外して俯きながら答える。

 香織の頬が赤みを帯びていて、嘘はついてなさそうだった。


「でも今は、隣に居たいです」

「ありがとう」

「急にど、どうしたんですか」

「いや、ちょっと嬉しかった。あと別に俺が嫌なわけじゃないと分かってほっとした」

「好きな人を嫌なわけないじゃないですか」

「そうだけど、でもひょっとしたらという気持ちがあった」

「もしかして信じてもらえていませんか……?」

「前までは。今はもう安心できるよ」

「それなら良かったです」


 透夜に信頼されていると分かって満足したのか、上機嫌になっている。

 きっと周りの人はこの事には気づいていないだろう。

 椅子に座ってほっとしたせいか、眠気に誘われ欠伸が出る。


「香織、悪い少し寝てもいいか。屋上のことで疲れがあるみたいだ」

「こっちに寄ります?」

「やりたいことはわかるけど流石に身長差が合ってなくて余計眠りにくいよ。降りる駅の一個前で起こしてくれ」

「わかりました。おやすみなさい」


 香織におやすみと返して、背もたれに身を任せて目を閉じた。

 人が少ない電車の中はとても眠りやすい。

 体は上下に揺られるけど意識はゆっくりと遠のいていく。

 けれど、腕にぽすんと何かが当たり、目が覚めそうになる。

 いや、何かではなくこれはきっと香織だと思う。

 まだ眠い目を細く開けてみると、やっぱり香織が透夜の腕に寄りかかっていた。


「まだですよ」


 小声で教えてくれているが、起こしたのは香織だと突っ込みたい。

 でも、眠くて力が入らず、それは叶いそうにないと諦めた。

 まだぼんやりとした頭で外の景色を見ても何も思えなかった。

 隣にはいつも以上に身を任せている香織がいるだけなのに、特に何もないのにふと楽しいと思った。

 透夜から見ても香織は友達以上に見えている。

 それでも、やっぱりまだ好きになる踏ん切りがつかないので、情けないなと思ってしまう。

 今までは香織の為ならということは難なく出来ていたけれど、今度は透夜のことだ。

 思っていた以上に過去の傷は深く苦い。

 もしかしたら、また挫けそうな時もあるかもしれない。

 急に好きになる必要は無いと言ってくれたのは嬉しかったけど、実はもうほぼ好きになっている。

 どうやったら怖くなくなるのか、透夜にもわからない。

 考え事をしているうちに目が覚めてきて、欠伸をした後にゆっくりと背伸びをする。

「んっ……」と居心地が悪そうな声が隣から聞こえてもぞもぞと位置を変えている。


(香織も疲れていたのか、言ってくれれば良かったのに……)


 心の中で文句を言うけど、透夜の為に我慢していたのだろう。

 誰かの為になにかをすることは良くあるが、逆は殆どなくこそばゆくて居たたまれない気持ちになる。

 でも、不思議と嫌ではない。

 素直に嬉しいとは言えないけれど、悪くない気分になった。

 外の景色をまた眺めると見慣れた街並みが見えてきて、丁度降りる駅一個前だったので、香織を起こす。

 寝ぼけているせいか、頭を窓にぶつけそうになってなんとか手のひらで受け止める。


「寝るなら部屋に着いてからな」

「じゃあ透夜の部屋に行きます」

「着替えなくていいのか」

「……すぅ」

「寝るな寝るな」


 また寝落ちしそうな香織を揺さぶって意識を戻させる。

 外で手を握るのはまだ抵抗があったものの、ふらふらとしている香織を手放したら衝突事故が起きてもおかしくなく、手を引いてマンションまで連れ帰った。

 部屋の前に着いたので、手を離そうと力を緩めるが、解かれる様子はない。


「部屋着いたからそろそろ」

「このままでいいです」

「分かったから手を離してくれないか。鍵が取れない」

「片手で取れば大丈夫です」

「いや、鍵が握られた手の方のポケットにあるから取り出せないんだが」

「むぅ……」


 眠そうなのと不服が合わさり可愛い反抗の声が出るが、透夜のポケットを探り鍵を渡される。


「……ありがとう?」

「どういたしまして」

「起きてるだろ」

「眠いです」

「離してくれないんだな……」

「離れたくないので」


 仕方ないのでそのままソファへ連れ込み、一緒に座る。

 しばらくして、また寝始めてようやく開放された。

 まだ夢のような感覚だった。

 手に残る握られた感覚は本物で間違いないはずなのに、香織と透夜の手を何度も見返してしまう。

 またあの手を掴めて嬉しい。

 もう離したくないと思い、今度は透夜から香織の手を握る。

 眠っている香織の手は優しく暖かい温もりがあって、握っている透夜まで眠くなりそうだった。

 まだ信じられない透夜は首を思いっきり横に振るが、景色は変わらない現実のままだった。


「やっとつかめたぁ……」


 香織がそんな寝言をこぼした。

 きっとこの前話してくれた落ちていく夢だろう。

 心なしか笑顔になっているように見える。

 もう離さないからと寝ている香織に小さく呟いて、気長に起きるのを待った。





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