逃げて放した手をもう一度
教室へ戻ろうと亮と廊下ですれ違い肩を叩かれた。
応援してくれているみたいで安心して、振り返ることは無かった亮の背中に手を振った。
席に座り、次の授業を受ける。
この時間は眠気に誘われることが多いが、今は緊張でそわそわしていて全然眠くない。
黒板に書いてあることをノートに書き写す振りをしてなにを香織に言うか、書いては消してを繰り返しているだけ。
こうでもしないとはち切れそうな思いにやられて放課後まで我慢出来ない。
隣に伝えるべき人がいると意識しただけで、鼓動が大きく高鳴る感覚がある。
授業の音が段々聞こえなくなってきた。
休み時間になり、席を立つ。
歩いているうちに気がつくと屋上にいた。
まだ時間は残っているので、ベンチに座って何をいうか考える。
香織に伝えること。
結局離れても酷いことになったな。
違う、事実を言ってどうする。
香織は離れたくないと言ってくれた。それにはしっかりと答えなくてはいけない。
一度離れた……逃げたのにそばにいる資格があるのだろうか。
ない、そう思う。
傷つけたくない気持ちが本心ではあるが、自分でどうにかすることからは逃げ出している。
それでも、香織はそんな透夜を受け止めている。信じてくれている。
あとは自分が香織と向き合うだけ。
それさえ出来ればいいのにまた辛い思いをさせてしまう気がして踏みとどまってしまう。
本当は香織と一緒に居たい。
もうこれ以上友達は作らないと決めてから初めて自分から友達になりたいと思った香織と一緒に居たい。
こんなにも近くにいるのに心だけ遠くにあるみたいで苦しい今を変えたい。
意気地無しだな、またひとりで決められない。
眩しい。
太陽が容赦なく透夜を照りつけてくる。
なんとなくだけど、あそこに手を伸ばしたい気持ちがわかった気がする。
自信満々に輝いている、確かにあそこまで自信たっぷりだと羨ましく思ってしまう。
「いいな」
太陽に向けて手を伸ばし、そっと手を握りしめる。
開いた手には何もないのはわかっていても、不思議と暖かい気持ちになった。
今なら素直に言葉を言えそうな気がする。
「やっぱり……好きだな」
まだきっと透夜にしか見られていない香織のあの笑顔が眩しくて、安心する。
もう一度だけでも、いい。
自分の気持ちが相手に、香織に伝わった時、また離れてしまうとしても最後には見たい。
いやいや、離れるつもりはないんだけど。
「香織にとって俺はもう居なくてもやっていける気がする。昔のように怖がらずに一歩前へ踏み出しているから。それでも――」
それでも、隣に居たい。
「好きだけどきっと失望させてしまう。だからせめて、友達としてまだ一緒に居たい。それでいい、香織の頼れる人になれればそれでいい、はず」
頭の中ではそれが最適解だとわかっているのに、また胸が締め付けられるように痛い。
隣に居られるならそれで充分だろう。
香織のことが好きだとしても、傷つけたらまた後悔する。
だからといって離れたらまた後悔している。
これでいいはず。
なのに、瞳に溜まった涙が零れそうになる。
「好きだと伝えたら迷惑になると分かっているのにな……」
「そんなことはありません」
扉が開く音さえ気づかず、ふいに聞こえてきた香織の声に驚いた。
「やっぱりここに居たんですね」
「なんでここに香織が」
「透夜、今は何時かわかりますか?」
「へっ?」
急いでポケットからスマホを取りだし電源を入れる。
時間はとうに休み時間を過ぎ、6時間目をやっている真っ最中の時間だ。
よく耳を澄ませば確かに黒板をチョークで弾く音や楽器の音が聞こえてくる。
「もう授業始まってるんだ……でも、ならなおさら香織は授業どうしたんだよ」
「自習でしたのでこっそり抜け出してきました」
「香織が段々悪い人になってる」
「自習は終わらせてあるので大丈夫です」
「それならいいのか、な」
さっきまでの涙が嘘のようにほっと安心している。
「少し早いですが答えは出ましたか?」
「出たというより聞いて欲しい。俺はもうこれが答えと言っていいのかわからない」
「わかりました。ゆっくりでいいので落ち着いて聞かせてください」
香織が隣に座り、透夜の涙を拭った。
今度は逆か、そう思うと急に恥ずかしくなって目を合わせられなくなる。
一度視線を外して、空を見上げながら深呼吸をする。
「俺は香織の隣に居たい。でも、俺は香織のことが、好き、なんだと思う。けどそうなったら、離れた時みたいに苦しいことや辛いことがあるから離れるか、我慢するしかないんだと思う」
「隣に居ようとしてくれてるのは嬉しいです。でも、好きになるのを我慢しなくていいと思います。辛いことや苦しいことは勿論この先沢山あると思いますけど、私は透夜が居たから今まで挫けそうな時でも立ち直れたと思っています」
「助けになっているなら良かった。だが――」
「また、きっと辛いことがある。私は辛くても苦しくても透夜が支えてくれたから大丈夫でした。でも、透夜と離れることが今はもう一番辛くて苦しいんです」
香織が透夜の手を包みながら言った。
温かいと同時に戸惑いで手を振り払いそうになるのをぐっと堪える。
「逃げた俺の手をもう一度掴んでくれる、のか」
「はい」
「こんなに情けないとしてもか」
「情けなくなんてありません。一度しっかり私に手を伸ばしてくれた優しい手です」
「裏切るかもしれないのに好きになってもいいのか」
「いいと思います。私は透夜に裏切られないようになりますから」
「なんだよそれ」
緊張の糸がぷつんと切れた感じがして、吹き出して笑った。
迷いが晴れたように清々しい気持ちになっていた。
「俺は、決めた。香織の隣に居たい。例え、そう必要のない人になったとしても俺は近くに居たい」
「私もです」
「だから、その」
大事な一言を添えるだけなのに、口がうまく動かずあの時の光景がフラッシュバックして手が震えてくる。
やっぱりまだ怖い。
失望させたくない気持ちが出てきて言葉が詰まる。
相思相愛なのだから、告白が失敗しないとしても、この先で失敗しないとは限らない。
不安でいっぱいな状態の透夜を香織が見て、包まれた手がきゅっと握られる。
「透夜は自分のこと信じていますか?」
「あまり信じてないかな……」
「私は透夜のことを信じています。だから透夜が好きです」
「俺は……」
香織のことは信じている。
こんな弱りきった透夜を受け止めようとしてくれているから。
自分には自信がなくても、信じてくれている人がいる。
それが分かった途端、喉に突っかかっていた感覚が消えてはっきりと口にする。
「俺も、香織のことを信じている。だから、好きです」
扉越しに後悔した時とは違ってすんなりと言えた。
溜まっていたものが抜けてすっきりした気分になる。
包まれている手を返し、香織の手を握る。
香織の答えを聞くのが不安で少し強く握ってしまっていた。
それでも、香織はそっと握り返してくれた。
「好きだから。俺と付き合ってください」
「またこれからよろしくお願いします」
こちらこそとは言えず、また頬に涙が流れそうになって空を見上げる。
香織に気づかれて涙を拭こうと顔を近づけてくるのを今度は抵抗して、空いた片手で涙を拭いた。
香織に向き直して、口にする。
「ありがとう」
満たされた気持ちでまた泣きそうになるのを我慢する。
チャイムが鳴ったことを合図にベンチから立ち上がり香織と一緒に屋上から離れた。
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