隙のできた告白

 透夜が香織と別れても席が隣であるせいか、差ほど距離は変わらなかった。

 変わったとすれば心の距離が遠くなって話す時間も少なくなり、昼休みは屋上に行くことなく、教室で亮と弁当を食べるようになっていた。

 亮は理由を深く追求することは無かった。

 けれど、最後の方に小声で「透夜なら天野を救ってくれると思ったんだけど……」と聞こえた。

 気がつけば弁当を作らなくなり、また学食を食べるようになって確かに元通りになったと実感する。

 今はもうわざわざ弁当を用意するのは面倒だと思ってしまう。

 こんな姿を見られたらまた怒られるのだろうか。

 乾いた笑いが出てすぐに引っ込めた。

 一学期で最後の昼休み。喉が渇いてペットボトルに手を伸ばすが中身は空っぽになっていることに気がつかず、蓋を開けて口に運んでからようやく気づいた。


「飲み物買ってくる」


 亮にそう告げてから教室を出て体育館近くの自販機へ向かう。

 何にしようかとにらめっこしていると階段から誰かが降りていくのを目にしたような気がした。

 気になって視線を移すと名前がわからない人と香織が居た。

 もうひとりではないということに安心すると同時にどうしてあそこに居るのが自分では無いのか行き場のない怒りを覚えた。

 香織が透夜以外とはどんな話をしているのか気になってしまい、跡をつけることにした。

 気づかれないようある程度距離を取りながら背中を壁に預ける。

 けれど、おかしいことに進めば進むほど人気のない場所になっていく。

 なにをするのかそわそわしていた時に「付き合ってください」という一言が耳に入り壁から少し顔を出して覗いた。

 男子が香織に震えている手を伸ばしている。

 告白をするところは初めて見たが、見る方まで緊張することに驚く。

 香織ならいつかこうなるのではないかと思っていたからすぐに良かったなと心の中で祝福しようと思ったが、一向に手を取る気配がない。

 不思議に思い、香織の顔を見ると嫌がっているように見える。

 微かな変化でしか顔に表れていないが、長く一緒にいた透夜にとっては一目瞭然でわかる。

 困った表情をしながら手を振り、告白を断っている。

 なにが香織にとって気に食わなかったのか遠くからではわからない。

 どうしてと男子は説得を試みているようだが、香織の表情は一切変わることなく拒否している。


 (そこまで頑なに嫌うことはないのではないか)


 攻め立てるように迫る男子にいよいよ堪らなくなったのか香織は一歩と後ろへ引く。

 男子が手を出そうとした時、咄嗟に体が動いて男子の手を弾いた。


「痛っ……」


 男子は手を抑えて香織から引いた。


「大丈夫か」

「透夜……どうして」

「偶然にも姿が見えて俺以外と楽しくやっているか気になって跡をつけたら危ない気がしたから割り込んだ。迷惑だったか」

「すごい助かりました」


 ほっと胸を撫で下ろしているのを見て透夜もため息をついた。

 どうやら考えは間違ってはいなかったらしい。

 男子の方に目線を戻すとおろおろと動揺していた。


「あの人は誰なんだ?」

「私の元隣の席の人です。透夜が傍からいなくなったことを知って近づいたそうです」

「なるほどな」


 香織とまともに関わりがあるとすれば確かに去年に隣の席になった人は充分に有り得る。

 今になって近づいたのはやはり朱音が言っていた香織の雰囲気が変わったからだろう。


「君はどうして香織に告白したのか聞いてもいいか?」

「……今ならフリーだし、チャンスだと思ったからだよ。でも、お前が邪魔した」

「俺の事は今、関係ない。理由はそれだけか」

「そうだけど……?」

「はぁ……」


 顔に手を当てて相手に聞こえるくらい大きなため息が出たと同時に隠していた怒りが少し表に出そうになった。


「お前だって隣で絶世の美女だったから近づいたんだろ? 違うのか?」


 違うと言葉をかき消す強さで答える。


「なら君はどうして香織と隣だった時に近づかなかったんだ」

「そんなの決まってんじゃん。怖かったからだよ。みんなが近づこうとしないんだ当たり前でしょ」

「香織が嫌がる理由がわかった。もう充分だ」

「嫌がる理由ってなんだよ」


 心を落ち着かせようと深呼吸して相手を見つめ直す。


「わからないのか。君は香織を見ていない。天使様としての像の香織でしか見ていないから嫌われるんだ」

「そんなのわかるわけ――」

「ある。しっかり見ていれば」


 もう無理かもしれないとわかっていても、香織ができる範囲で努力して繋がろうとしていた。だからこそ、透夜と繋がることが出来た。

 同じ香織の隣の席だった人ならば、それは目の前の相手だって可能だったはずだ。


「それに俺は香織を助けたかっただけだ。悲しんでいる人が隣に居て見過ごせなかった。そうしているうちにいつの間にか友達になって……大切になっていただけだ」

「でも今は友達でもなんでもないだろ? 邪魔をしないでくれないか」


 透夜を無視してぐいっと一歩詰め寄ってくるのを見て香織が透夜の背に隠れる。


「もう諦めろ。今のままならこの先香織には伝わらないから」

「偶然隣になっただけのくせに……」

「偶然、そうだな。でも、その偶然で俺は香織を知ることが出来た。もしかしたら今年の初めも去年のように怖かったはずだ。それでも一生懸命に逃げずに向き合っていこうとしている香織を俺は助けたいと思った。君も香織のことをよく見ていれば振り向いてもらえたかもしれないな」


 相手の最後の抵抗も虚しく終わってしまい、いよいよ言い返せなくなった相手は苦い顔をしてどこかへ走り去ってしまった。

 思えば香織との出会いは偶然で席替えをする日に休んでしまったことからだった。

 余っている席に座った隣が香織で、まだ本性を出していない顔が懐かしい。

 ふっと軽く笑ってその場を後にしようと一歩踏み出す。

 いま香織の顔を見たら、また逃げた後悔が押し寄せてくると思ったから。

 それでも、体は動けなかった。

 背中に抱きつかれた香織を引きはがしてまで、逃げるようなことは出来なかった。


「香織、そろそろ戻るから離れてくれないか」

「嫌です」

「嫌って言われても」

「透夜と離れるのはもう嫌です!」


 背中に回された腕に力が入り離すまいと思いっきり締め付けてくる。

 女子高生の細い腕ではぎゅっと力はあるものの簡単に振りほどけそうで、全然痛くない。

 無理やりに剥がしてもまたくっついてくる気がして諦めた。


「透夜と離れて改めて知りました。あの時に差し伸べてくれた手を。もう、この手を離したくないんです。それでも、まだ離れていないと駄目ですか……」

「俺は香織から逃げたのにか」

「それは私の為ですよね。いきなりで驚きましたけど」

「そんな俺を香織はまた掴んでくれるのか」

「何度でも掴みます。透夜のことを信じていますから」

「俺は――」


 答えを出そうとしたところでチャイムが割り込んで入ってきた。

 透夜は気をとられて口を噤んだ。


「こんな時に……」

「流石にそこまでは縛れないですね」


 ぱっと腕の力が緩み、前のめりに倒れそうになる。


「放課後、屋上へ来てください。待ってます」

「どうし……いや、違うな。答えを待っててくれ」


 はいと香織が返事をした後、二人で一緒に走って教室へ向かった。

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