仲間作り
欠伸が出そうなほど眠い朝。
騒がしい廊下を歩いて教室の扉を開けようと思ったが、一瞬ためらった。
異様なほどに中は物静かで、電気はついているから誰かいるはずなのに声がしない。
扉を開けると視線が透夜に集まり、驚いてしまう。
その間に香織が透夜前を通り過ぎて廊下を走り去っていった。
「っあ」
朝から声を出していないから上手く発声が出来ず、擦り切れた音になって消えた。
教室に荷物だけ置いて透夜も香織の後を追う。きっと、向かった先はあそこだから。
屋上への階段を歩き、重い扉に手をかける。
扉越しに香織の姿が見えて、扉を力いっぱいに押し開ける。
香織は空に手を挙げて、何かを握っていた。
透夜に気づいた香織が振り向くが、体勢が崩れ頭から倒れそうになる。
考えるより先に体が動く。
間に合え……!
倒れそうな体に手を伸ばして掴む。
そこまでは良かったが、ここからどうするかは全然わからず、香織の頭を胸で受けてしまい、呻き声が出た。
そのまま香織は太腿にずり落ち、じりじりと痛む胸をおさえこむ。
なんとか大事に至らずに済んで良かった。
香織は大丈夫かと様子を見るが、全然動く気配がない。
さっきの衝撃でなにかあったのかと思い、息を確認する。
ふぅと小さく息はあるからとにかく大丈夫ではあった。
空を見上げて今年で一番かもしれないくらい大きなため息が出た。
「っはぁ、はぁ、はぁ……」
息をすることを忘れていたくらいに切羽詰まっていたのだろう。
荒い呼吸を抑えて、一気に空気を吸い込む。
「ふぅ。いてて、まだちょっと駄目か」
当たった部分をさすって痛みを和らげようと試みる。
まだしばらくは痛みそうで我慢することにした。
「香織、起きろ」
太腿の上にいる香織に耳元に小さく呼びかける。
「あ、あれ。死んでない」
「恐ろしいこと言うな、俺の太腿の上で」
「太腿の上……? どうして透夜が上にいて」
目が虚ろではっきりしていない。
ゆっくりと状況を説明してようやく理解したのか、顔を隠した。
「ね、寝顔を見ました……!?」
「もう前から見たことあるし、それより体は大丈夫か?」
「えっとはい。透夜が体を張ってくれたおかげで私は無事みたいです」
透夜を見上げたまま目を瞑ってこくりと頷いた。
「教室で何をしていたか聞いてもいいか?」
「……友達を作ろうとしていました。でも、結果は駄目だと拒絶されてしまって」
「通りで教室が静かなわけだ」
「全然上手く行きませんでした。話したら貴方とは一緒に居たくないと言われたときは流石に心にきましたね」
よく見ると香織の瞳が涙で潤んでいる。
普通の人ならよくある話、ぼっち特有のお喋りが上手くできないからで済むかもしれないが、香織にとっては違う。
近づきたいと思っても、みんなから離れられて、遠ざけられて、教室に居場所がないと感じるようになった。辛くて当然だ、仲良くなりたいと努力してもそれが全部無駄になって、ただの女子高生に変わりはないのに特別扱いされて、いつの間にか孤立している。
逃げた結果ではなく、努力した結果がこれなのはあまりにも残酷だと思った。
「全部が全部上手くいったらそれはそれで怖いな。人には得意不得意あって、それは人間関係でも同じで香織のことが苦手、不得意な人がいる。今日はたまたまそうだっただけだよ」
「だといいですね」
「その言い方は光葵に失礼だよ」
「……はい」
風の音しか聞こえない沈黙が続く。
なにか話そうと思っても、すぐに忘れて口にできない。
それでもなにかを話そうと考えていたら、先に口を開いたのは香織だった。
「私は、自分の力じゃ、やっぱりどうしようも出来ないんですね」
「それでもやろうとしたからすごいよ」
「ありがとうございます」
また沈黙が続きそうになるのを今度は透夜が繋ぐ。
「話題変わるんだけどさ、屋上でやってたこと、あれはなにしてたんだ?」
「なにと言われると難しいけれど、あえて言うなら祈り、だと思います」
「祈り……」
「はい、きっと届きそうない場所への」
そう言いながら透夜の太腿の上で空を見上げて、太陽の方に腕を伸ばして手を握る。
「私は時々同じ夢を見ます。太陽のように輝いた物体が真上にあって手を伸ばそうとすると立っていた場所が消えてそのまま落ちていく夢を」
「まるでイカロスの翼みたいだな」
「どういうのですか」
「俺も詳しくは知らないけど、蝋で固めた翼で自由に飛べたけどその自由に固執して太陽に近づいたせいで翼が溶けて落っこちた話」
「自由を求めすぎた結果は悲しいですね」
「事前にそこへは行くなと忠告は受けていたらしいけど、それでも太陽に憧れて行きたかったのかなと俺は思う」
「憧れ……確かにそうかもしれません」
香織は握った手を胸元に持ってきて目を瞑る。
「私は昔の自分に憧れて、でも、もうそこには手は届かない。そういうことですか」
「別に憧れに手を伸ばさなくてもいいだろ?」
「それならどこに――」
「ここでいい」
透夜は香織の手に被さるように包み込む。
握られたことに驚いて香織は目を見張る。
「今の自分が届く場所に手を伸ばす。昔の自分に出来たから今も出来るという人はいるけどそんなことは無い。土台が違うから、だから少しずつ近づけばいい。俺はいつでも香織の力になるから」
香織の頬に涙が流れた。
また一筋、一筋と流れて、声が詰まりそうになっている。
「タオルはいるか?」
「………用意周到です、ね」
「この暑い中を歩くと汗が出るからな」
「下さい」
手に握っていたタオルを香織の顔が隠れるように広げてそっと被せる。
香織は寝返って横になり、嗚咽で体が震えているところを透夜は背中をさすった。
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