放課後と卵焼き

 約束の品を調達するためHR《ホームルーム》が終わったあと、自販機で適当にジュースを買って亮のいる教室へ向かう。


「亮。約束のやつ持ってきた」

「本当に持ってきてくれたんだ。ありがとう」

「なんでそう疑いが……」

「透夜はケチかどうかなって?」


 亮がとぼけたような顔で腕を組んで首をかしげながら言った。


「奢って損した気分だ」

「ちょっと金欠気味だったからこれは本当に感謝しかない」

「それならそうと普通に言えばいいのに。ほら、帰るから行くぞ」

「了解でーす」


 片手に鞄を持って大きく手を挙げながら駆けてきたところでジュースを渡して廊下を歩く。

 ごくごくと音を立てながら飲み、満足そうな笑顔で階段を降りて行った。

 亮と帰るのは久しぶりで透夜もつられて笑顔になっていた。


 駅まで歩いて同じ時間の電車に乗り、扉付近の席に座った。

 亮は空いている席がなく立っていたので、変わろうかと聞いたが遠慮された。


「今は天野とどんな感じ?」

「どんな感じといわれると、友達になったという感じ……?」

「随分釈然としないね。何か引っかかるのかい?」

「いや、多分そうじゃない。今日は香織に不安で中途半端な友達とクラスの人に説明したら上書きでちゃんとした友達に変えられたし、どちらかというと俺の問題かも」


 亮がふうんと聞き流しながらまたジュースを口にする。


「その問題って?」

「簡単にいうと自信が持てるもの、お気に入りがどうこうという話がお昼にあってそれでよくよく考えれば俺にそういうものがないから自信がないのかと」

「ははーんなるほどなるほど」


 首を縦に振りながら透夜の話を今度はしっかり聞いていた。


「亮のお気に入りはなんだ?」

「ぼくは透夜だよー」

「うわ……」


 物をいうと思っていたら透夜を指名されて思わず身震いと背筋が凍りつきそうになった。


「そんなに引くことでもなくない? 物としてじゃないよ、人としてお気に入りってことだよ」

「あ、なんだそういう。まさかの発言でぞっとした。理由とかはあるか?」

「理由は、落ち着くというか。こう、一緒にいると話せないことも話せる気がしてね。長い付き合いになるからだけだと思うけど、とにかく安心するかな」

「なるほど……」


 つまり、安心できるからお気に入りであるということ。

 それは透夜も亮に対して似たような感覚を持っているので、お気に入りといっても過言ではないが、腑に落ちない感覚がする。


「透夜のお気に入りは多分ぼくじゃないよ」

「どうしてそう思うんだ」

「その顔を見ればわかるよ。共感できるのに腑に落ちなくて難しい顔をしてる。お気に入りは結局人それぞれで、自分のものでしかない。意外と身近なものだったりするんだよね、こういうのは」

「その身近なものが見つからなくて困ってるんだけど」

「うーん、透夜なら好物とは別で考えてるし、深く考えずいいなって思った事やものがそうなんじゃない」

「すごい適当になったな」

「難しく考えてお気に入りよりなんとなくでも居て欲しい方がいいでしょ?」


 ぼくみたいにと指をさして言った。

 なんとなく一緒に居て欲しい相手、か。

 深く考えずに頭に浮かんだのは――


「香織……?」


 そう呟いた瞬間、電車が停車してドアが開いた。


「なんか言った透夜?」

「いや、なんでもない。香織が卵焼き作ってくれるのを思い出しただけ、だと思う」

「いいなーぼくも食べたい」

「俺の家でだけど来るか?」


 行きたいけど明日は平日だからいいやと返された。

 最初に頭に浮かんだ顔が香織だったのは卵焼きの約束をしていたから香織のことが思い浮かんだんだろう。きっとそうだろう。

 でも、無意識に思いついたのがこれだった。

 卵焼きが好きなのは自覚しているが、ここまで好きだった気はしない。

 自分でもよく分からず、頭を抱えた。


「あ、駅ついた。それじゃあね、透夜」

「おう、また明日」


 透夜は亮に手を振り返してドアが閉まる音をゆっくり聞いてから考えることをやめた。


 ■■■


 階段をのぼり、ポケットにしまってある鍵を取り出そうとした時、香織が扉の前に居て目が合った。

 胸が締めつけられるような感覚に襲われ、目線を逸らしてしまった。


「早いな」

「そうでないと間に合わないと思いましたので、これを」


 卵焼きが入ったタッパを透夜の手に渡される。


「暖かいということは出来たてか。ありがとう」

「本当に申し訳ないです。まさか食べられてしまうとは思っていなくて、なので今日は少し多めにしました」

「夕飯じっくり味わう。本当にありがとう」


 そそくさと部屋へ入り、タッパを開けてひとつ口に運んだ。

 相変わらず美味い。

 けれど、いつもより甘く感じておかしいと香織にメッセージで聞いてみるが、いつも通りですと返された。

 また一口入れる度に甘さは増していき、美味しいのは間違いないが、タッパを閉じた。

 もう満足というくらい口の中は甘ったるくしょっぱいものが食べたくなる程だった。

 なんでだろう、さっきの香織の顔が頭から離れない。

 健気で学校ではあまり見せない慎ましい笑顔で、卵焼きを渡してきた時のあの顔を。

 不安とか自信が無いならその場から逃げるはずだが、そうではなく胸が痛み始める。

 頭も熱くなるような気がして、念の為に熱を測ってみるが平熱である。

 このわけのわからない感情が怖い。

 香織のことを思うと余計にまとわりついてきて自分を制御出来なくなりそうになる。

 得体の知れない感情を忘れようと枕に顔を突っ込んでそのまま寝伏せた。


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