お気に入り

 昼休みを知らせるチャイムの音が響き、いつも通り屋上へ向かおうと立ち上がる。

 それは隣の香織も同じでそのまま一緒に教室を出る前に声をかけられた。


「今日のお昼一緒にどう?」


 光葵が机を透夜と香織の真正面に向けて繋げている。

 教室内で一緒に食べようということだろうが、果たしてこれは乗っていい提案なのか。屋上には多分、亮が待っているから悩ましい。


「香織はどうしたい?」


 悩んだ結果、香織に振った。

 ひとりで決めていい話ではないし、屋上で食べるようにしていたのは元々香織がそうしていたのもある。

 香織は目を瞑り、少しの時間悩んで口を開く。


「許されるならここがいいですけど」


 答えは意外にもいいえではなかった。

 授業の都合でたまたま一緒になった人とは別にそれっきりにして逃げることもできる。香織のことだから授業だけは合わせて頑張るのだと思っていた。


「けど、屋上には――」

「亮のことなら俺が話を付けるから大丈夫」


 亮なら大丈夫だろうと連絡をとる。

 メッセージには『ジュース一本放課後に。事前連絡じゃないから』と返された。

 確かにいきなりではあったが、ジュースおごらないといけないのか。

 仕方ないと思いつつ、既読だけつけた。


「よし、いいよ。一緒で」

「そうこなくっちゃ。直斗もセットだけどいいよね」

「むしろそうして欲しい」


 流石に男子ひとりに女子ふたりは勘弁したい。

 各々自分の席に座り、弁当を広げる。

 光葵はコンビニで買ったパン、直斗はおそらく同じ場所で買ったハンバーグ弁当だった。


「ふたりともそれは手作り!?」


 身を乗り出して弁当を観察する光葵に気圧され、椅子の背もたれにぶつかった。


「一応そうだけど」

「作り置きですが、そうですね」

「作り置きできるだけすごいよ。ね、直斗」

「ああ、手作りなら中々のクオリティだ」


 配置がいいだの、見栄えも悪くないと称賛の声で嬉しい。


「俺じゃなくて香織のおかげだよ。褒めるなら俺じゃない」

「あれ、じゃあ雨宮くんのは天野さんから教えてもらったってこと?」

「そういうことになる。作ったもの自体は俺の手作りだけどやり方は教えてもらったよ。作り置きをする発想はなかったとあの時は本当に驚いた」


「おお……」と感嘆の声が光葵から出て、視線が今度は透夜から香織に変わった。


「よく見ると雨宮くんより色が綺麗……どれも美味しそう」

「むぐっ」

「特にこの卵焼きとか。キラキラ輝いてるみたいで溜息出ちゃいそう」

「ぅぅ……」


 声にならない声が口から出てきてしまう。

 全くもってその通りだから何も反論することはないのだが、見比べられて唯一どうしようもできない卵焼きのことを注目されると負けた気がしてならなかった。


「透夜も練習すれば私よりも……」


 香織が小声で透夜をフォローする。

 嬉しいけれど、きっと超えられる気がしない。

 久々に食べた美紀の卵焼きよりも香織の卵焼きの方が格別に美味いと思ってしまった。その美紀の手料理を見よう見まねでやっている透夜には到底及ばないとわかっていた。


「ねぇねぇ、ひとつ頂戴その卵焼き」

「あ、えっとこれは……」


 透夜の希望で作ってもらっていた卵焼きを光葵にあげてもいいのかと困惑した表情で香織が見つめてくる。

 正直にいうと、あげたくない。

 お昼の楽しみにしている卵焼きを誰にも渡したくはない。

 頭を抱えて悩んだ末に渋々頷いた。


「えっと、いいですよ」

「やったね、直斗。箸とって」

「はぁ、これを見越して一組多くとったのかい?」

「今回はたまたま。直斗のから少し貰う予定がずれただけ~」

「貰うのには変わらないんだな……」


 思わず引きつった笑顔になってしまった。

 それにしてもこの二人は友達にしては仲が良すぎる気がする。


「少し気になったんだけど聞いていいか? 二人は仲良さそうだけど、付き合っているのか?」

「それには僕が答えるよ」


 光葵が腹を抱えながら笑っているのを横目に直斗が説明してくれた。

 どうやら二人は幼なじみで家が近く、高校までずっと一緒の学校で過ごした仲で、放課後はよく一緒に帰っていたそうだ。

 なるほど、それなら納得がいく。


「君たちの方こそ仲が良さそうだけど僕たちと同じではないんだろう?」

「俺たちは今年知ったばっかだ。最初はちょっと驚いたけど、俺の勘違いでなければ今は友達だよ」

「ちゃんと友達です」

「だそうだ」

「あんなこといってしらけるつもりですか?」

「違う違う。……自信がなかっただけだよ」


 友達であるのは間違いないと香織もわかっている。

 それでも、もしかしたら違うかもしれないという疑念が纏わりついてくるから確認したかった。


「僕も自信がないのは少しわかる気がするよ。自分はこう思っていても相手も本当にそうなのかと不安になるというのかな。そんな感じがよぎる感覚がするね」

「相手は信じられるんだけど、自分の考えは信じられないみたいですね」

「うん、多分そういうことかもしれない」


 自分に自信がない。

 あまり考えていなかったことだったが、確かに自信がなくて震えたことが前にも一度あった。


「そういう時、直斗はどうしたんだ?」

「僕は光葵と一緒に考えた。考えて、考えて。その結果はどうなったと思う?」

「どうなった……答えを見つけた」

「正解ともいえるし不正解ともいえる」

「じゃあなんだよ」

「もしかして、人それぞれということですか」

「ああ、正解だ。もう天野さんは答えを持っているのかな」

「いえ、今はまだ。もう少しで見つかりそうな気がします」

「そうか。なら焦らずゆっくりね」


 自分だけ置いていかれているようでもやもやする。

 腕を組んでよく考えてもなにが言いたいのかあまりはっきりとはしなかった。


「雨宮くんは難しく考えすぎ。要は自分で自分を信じられないならそうなれるきっかけを探せばいいの。よくあるでしょ、お気に入りのものを持つといつもよりも自信がある時、みたいな」

「フェイバリットアイテムか。日常でないと困るものくらいでそういうものはないかもしれない」

「……フェイバリットってなに」

「大のお気に入り。特にお気に入りのことだよ」


 小声で光葵が直斗に意味を聞いているが、近くにいるせいで全部筒抜けだった。


「香織のお気に入りなものはなんだ?」

「私は近くにあって、近くにないものですね」

「なぞなぞか?」

「当ててみてください」


 近くにあって近くにないもの。

 学校は違うか。近くにあるものだけど、流石にスケールが違うというか、そんな人がいたら会ってみたい。


「それは物? それとも人?」

「人、ですね」

「ふーん……」


 光葵と直斗にはばれないように腕を組んで親指を立てる。

 人と聞いて誰だろうと思い、ダメもとで自分かと香織にきいてみた。


「どうでしょう。当たっていると思いますか?」

「なんだよその意地悪な答えは」

「まぁまぁ雨宮くん。答えは人それぞれだから」


 直斗の横槍で納得がいかないまま会話は終わりお昼ご飯も食べ終え、光葵と直斗は元の席の位置に戻った。

 もやもやした気持ちをどうにかしたいと思い、残り十分しかない昼休みだけど屋上へ向かうのに教室を出た。

 廊下に出てもじめじめして余計に落ち着かない気分になり、足早に廊下を歩く前に香織に手を掴まれる。


「さっきの質問の答えを聞かせてください」

「それを答えたら教えてくれるか?」


 小さく一回だけこくりと頷く。


「答えはない、だ。俺は多分友達でしかないからそれはないと思った」

「どうして……そう自信がないのですか。透夜は充分にお気に入りです」

「いやだって、俺は別にすごいことしてないし、当たり前のことしかしてないから」

「その当たり前に私は助けられているんですけどね」


 掴んだ手を今度は優しく握られてからゆっくりと力が入って手放された。

 何か強い思いを込められた気がしたが、その気持ちには気づけなかった。






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